人生に休憩を④
安未果が憩吾を好きだと思っている兆候は全然見えなかった。 基本的にバイトでしか接する機会がないし、取り立てて仲がいいというわけでもない。
ただ憩吾としても、安未果のことをその他大勢と思ってるわけではなく、気にしていたのは事実だ。
―――安未果さんが、俺のことが好きだなんて気付かなかった。
―――確かに入ってきたばかりの頃、教育係として多少世話をしたことはあったけど・・・。
もちろん、あくまで仕事としてだ。 一緒に食事に行ったり遊びに行ったりするわけではなかった。 どう応えたらいいのか分からず困っていると、安未果のポケットが震える。
安未果はスマートフォンを取り出しぼんやりと画面を見つめていた。
「・・・誰から?」
「・・・クラスメイトからです」
“友達”ではなく“クラスメイト”という言葉に引っかかった。
「ごめん、ちょっと見せてくれる?」
「え?」
強引だが了承もなしに安未果の携帯を覗かせてもらった。
『安未果ー? 今どこにいんの? まさかのサボり? あの優等生の安未果ちゃんが?w 私たちが相手をしてやるから早く戻ってきなって。 孤児院育ちの安未果ちゃん』
―――何だ、この煽るような文章は。
―――それに孤児院育ち?
安未果は咄嗟にスマートフォンを隠す。
―――・・・あぁ、なるほど。
憩吾は悟り安未果のスマートフォンを奪ってカメラモードを起動した。
「先輩!?」
「突然だけど、ツーショットを撮ろう」
「え?」
「厄除けっていうのかな? 写メを見せて『私には彼氏がいるから』って堂々と見せつければいい。 『もう私は一人じゃないから』って」
よく分からないのか安未果は首を捻っていた。
「・・・先輩、それはどういう・・・」
「さっき言った言葉は嘘じゃない。 俺はいつも、一生懸命に生きる安未果さんのことが好きだよ」
「え・・・」
成り行き任せ、というわけではなかった。 改めて考えて憩吾は気付いたのだ。 意識していたのは恋愛感情ではないと思おうとしていただけということを。
―――安未果さんは孤児院育ち。
―――そして安未果の性格は真面目で責任感が強い。
―――だから本当の親ではない今の両親に、素直に甘えることができないんだ。
―――・・・その素直になれないというのが普段の生活にも影響が出て、孤立してしまっている状態。
そんな安未果を救ってやりたいと思った。 だが何故か安未果は首を横に振っている。
「その言葉だけで十分です。 私はもう、先輩が味方でいてくれると知っただけで・・・」
「どんなに口先だけで意地を張ろうが、俺にはもう全て嘘に聞こえるけどね?」
「ッ・・・」
「安未果さん自身から俺に心の内を開いてくれたからだよ」
「でも・・・」
憩吾は安未果に向き合った。
「俺と付き合ってほしいんだ」
その言葉に安未果は固まった。
「そしてこれからも甘えてきてほしい。 もし甘え方を知らないなら、俺が教えてあげる。 俺に安未果さんを守らせて」
「でも・・・」
安未果は両想いだと分かっても混乱しているようだった。 その姿を見て憩吾も冷静になり深く息を吐く。
「・・・分かった。 少しばかり急ぎ過ぎちゃったね、ごめん」
安未果は首を横に振った。
「俺たちはまだ若い。 これから先、何十年も生きていくことになる」
「・・・そうですね」
「人生は長いんだ。 今休んだくらいじゃ人生に何の支障も出ないさ。 だから焦らなくていい。 ゆっくりでいいから、自分の人生を過ごしていこう」
そう言って憩吾は安未果の手に自分の手を重ねた。 短かったが一人での休憩の時間は終わり。 それを安未果も感じ取ったのか手を握り返してくる。
手の先の温もりを混ぜ合わせ、二人は少しばかり困難な道のりも共に歩んでいくのだ。
-END-
人生に休憩を ゆーり。 @koigokoro
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