人生に休憩を③




「・・・安未果さんは頑張り過ぎだよ。 あまり頼りなさそうに見えるかもしれないけど、一応先輩だし人生経験も豊富だ。 意外と役に立つよ?」

「・・・」

「自分を見失う前に、安未果さんの本当の気持ちを教えてほしい」


そう言うと安未果はぎこちなく笑った。 初めて笑ったその顔が逆に切なく見えた。


「私の事情を話してまで先輩に迷惑をかけたくないです」

「笑うのも面倒くさいくらいに疲れているなら、無理して笑わなくてもいいんだよ」

「・・・」

「それに安未果さんからメッセージが来た時、こう言うのはあれだけど凄く嬉しかったんだ。 初めて安未果さんに頼られた気がして」

「え・・・」

「だからありがとう。 俺にSOSを送ってくれて。 相当勇気が必要だったよね」


そう言って小さく笑ってみせた。 安心させるように笑ったつもりだが、安未果は捉え方が違ったようだ。


「・・・こんな私が生きているだけで、どうして先輩はそんなに笑うんですか?」

「え? そりゃあ、安未果さんが生きていたら嬉しいからだよ」

「それだけ・・・?」

「もちろん。 些細なことかもしれないけど、とても大切なことだよ」


そう言うと安未果は細く息を吐き、自分のことを語り出した。 いや、語るというよりは吐き出すという方が正しいのかもしれない。


「・・・いつの間にか、声を出さずに泣くのが上手くなって。 自分の感情を押し殺すのも得意になって」

「うん」

「温かいご飯も食べられて、友達もいて、こんなに幸せ者なのに・・・。 いなくなりたいって思っちゃうんです」

「・・・うん」

「でも、死ぬのが怖いからただただ延命している。 ・・・こんな私が生きていてごめんなさい。 本当はもっと、生きたいと思っている人にこの命を捧げるべきなのに」


安未果は静かに泣いていた。


―――初めて聞いた、安未果さんの気持ち。

―――やっぱり普段は強く生きているように見えても、心はとっくに限界を迎えていたんだ。

―――一人で生きていける人間なんていない。


安未果はベンチの上で体育座りをしている。 バイトの時のように、全てを自分でこなす逞しさは影も形も見えない。


「・・・考えるのに疲れました。 もうずっと休んでしまいたいです」


休むという言葉が、死んで楽になりたいという意味だと分かっている。 それはあのスマートフォンに届いたメッセージからも明白だ。


―――でもできれば、安未果さんには生きていてほしい。

―――それが辛い選択肢であろうが、いつかは幸せが訪れることを信じて生きてほしい。

―――となると、ここは何を言えば・・・。


言葉を選んでいると安未果はチラリと憩吾を見た。


「・・・でも先輩が、私が生きていたら嬉しいって言うから・・・」

「?」

「もう死ねなくなりました」


その表情はとても真剣なものだった。 憩吾自身軽い気持ちで言った言葉ではない。 それは安未果を相手にしていなくても同じで、誰が同じ言葉を言っていたとしても憩吾は死ぬことを止めるだろう。 


「憩吾先輩。 嘘でもいいから『好き』って言ってください」

「・・・え?」

「お願いします」


しかし、安未果の言葉は予想していなかった。 だが考えてみれば、メッセージを送ったのが自分だということに意味があったのだ。


―――どうして俺にSOSを送ってきたのか分かっていなかった。

―――やっぱり安未果さんは、どこまでも誠実で素敵な人だ。


「・・・好きだよ。 安未果さん」


そう言うと安未果は涙を流しながら頷いた。


「・・・ありがとうございます。 ・・・そして、先輩のことをこんな私が好きになってごめんなさい」



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