南海漂流記~桃太郎異聞~

真砂 郭

旅館の女将の聞き書きより

おとぎ話は楽しいの?


幼いころに聞いた噂は何ですか

取りとめもなくあやふやな

さえずる悪意は好奇心


無邪気な殺意が鬼退治

殺戮と略奪の果て

お宝抱えて凱旋さ。


いいんでしょ

素敵でしょ

そして何より立派でしょ

血糊はどこかに捨ててきた

錦の衣装に染みついて

みっともないから

捨てちゃった


故郷の道筋

後で買い足す陣羽織

鎧の血の染み隠すため

ああ素敵

店の主人(あるじ)が誉めそやす


ああ、これで帰れる桃太郎

犬、猿。そしてキジ

彼らを縛るはキビ団子

いのちの代償キビ団子

そうとは知らず

戦いに連れてこられて鬼退治


それでも彼らは気にしない

団子を貰えばそれでよし

鬼が何だか知らないが

殺してしまえば

それでよし

それで良し


ああ、この桃太郎

実は少女でありました

彼女は昔、桃太郎

鬼の娘に産ませた娘

大きくなって若武者の

いで立ち凛々しい娘も

今は桃太郎


遠くて遥かな鬼ヶ島

探し求めて

漂着したのが桃太郎


鬼の娘に拾われた

遠路はるばるよう来たな

鬼の頭(かしら)に可愛がられて客人(まろうど)に

その暮らし

平和で豊かな鬼の里

何しに来たのか桃太郎

犬猿、キジはもういない

海の藻屑と消え果た


かつての娘を嫁にとり

娘も授かる桃太郎

何しに帰る桃太郎


それでも里が恋しくて

語って聞かせる故郷へ

思いが募る桃太郎

もう帰ってもいいじゃない

嫁の勧めがありがたく

涙を浮かべ桃太郎

ああ帰りたし、でも戻れないわけがある


家に帰って何と言うのか鬼退治

男の見栄か、爺と婆に何と言う

言い訳考え時が経つ

だったらこの子を身代わりに

娘は大きくなりました

気丈で立派な若武者に、化粧(けわい)を施し

桃太郎

海を越え波頭の彼方

山を越え峡谷の

辿り着いたは人の里


立派ないで立ち桃太郎

お宝携え凱旋だ

犬猿、そしてキジもいる

お供は帰りの道すがら

見つけてはキビ団子で手なずける

村の娘は誉めそやす

錦絵の如き

その若武者ぶりに惚れ込んだ


爺と婆も喜ぶが

娘と気づかぬ桃太郎

もう幾年、老いた二人は分からない

それでも二人は幸せで娘もそれ見て喜んだ

それからしばらく桃太郎

里の暮らしが続いたが二人は結局気付かない

二人の最期を看取ると桃太郎

お供を連れて里帰り

娘に戻って鬼ヶ島


親子はそれからも

いっそう仲良く暮らしたとさ。


語る娘は鬼ヶ島

客人招けば昔語りの物語

桃太郎の漂流譚

旅館の女将が伝えます


鬼は最初からいなかった

ヒトの心が生む異形の姿

みんなは笑って聞き入るが

おとぎ話を笑えるか

噂がうわさを招き寄せ、行違えれば鬼退治


最初の一言を誰が言ったと

誰も言わぬが歴史の綾というモノでしょう

貴方が知ってる桃太郎

その子孫が私です


あなたが見ている私です。

娘は微かにほほ笑んだ。

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