春のシンフォニア

真砂 郭

春は歌う

世界の果てからやってきた


君は何処からやってくる

海を越え

山を跨げば谷を抜け

河を渡って来るそのヒトは


歌声を聞け

その調べ忘れない

言葉に尽くす天使たち


舞う翼は映えて虹色に

オーロラは後光のように

天を彩る楽譜をめくる

星を墜とせば音符の記号


ああ、天上のシンフォニア

その音色(ねいろ)に聞き覚え

その音色(おんしょくは)は君のモノ

あの日のことは忘れない

魂の琴線震わせて

彼女のことは忘れない

その声になつかしさ

軽やかなその調べ


キミが逝ってしまった

キミが逝ってしまった

僕の探せない宙(そら)の彼方

綿雲に乗って微笑みながら

病室の窓を開け放てば

昇天の夢を説く祈りの歌


そんな歌を聞きたいんじゃない

そんな夢を追いたいんじゃない

でも止められない

やめさせられずに僕も歌う

彼女の願いに添い遂げたい

キミの微笑み心に刻む

夕陽に一人ぼっち


窓辺の夕景に星明かり

傍らには眠っている

寝顔のように愛しくて

安らかな君の横顔

夏の夕暮れは遠すぎる記憶のように

一晩中見つめてた


この結末をしおりのように

挟みこむダイアリー

君はもう読めない

僕はもう読まない


秋に冬、そして春が来た。

風のうわさで伝え聞く

キミの歌、誰もがいつしか口ずさむ

窓辺の空に聞こえていたと


桜舞う花弁に染まる空の色

キミがどこかで歌ってる

その声音(こわね)が消えないうちに

僕は一人で旅に出る


君を追わずにいられない


見知らぬ街の空の下

桜を追えば君がいる

見知らぬ人は言っていた

あなたの願いはかなうだろうと手を合わせ

遍路道ですれ違う


城下町は北の果て

尋ね歩くと指さした

城の遺構は桜吹雪に霞んでる

その古木の傍らに

たたずむ君が待っていた


微笑む君の唇が

僕の名を呼んでいるけど

その声は聞こえない

その声を聴きたくて

キミに駆け寄る僕がいる


それでも

それでも君は背を向ける

振り返るその仕草

そのまなざしに

悲しみを

哀しみを


慈しみは衣をまとう

空気に溶け込みその姿

桜の花弁その一枚

その一枚に

こころを宿し

宙を舞う


歌声が響く空

あの声をその調べ

天使の余韻を残しつつ

春を引き連れ

天上の一群を天界に導くは

キミの歌声


こうして僕はペンを執る

このすべてを記憶して

そのすべてを書き記す

老いてゆく僕はいつか

旅立つ時が来る


しわを刻んだその指を

キミは見つけ出せるだろうか


僕は君を見いだせるだろうか

それを信じたい


今年も聞こえてくる

その窓辺の歌声を聞きながら


あなたの春を信じてる

あなたの愛を信じてる


「素敵だよ」


それが彼の最期の言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春のシンフォニア 真砂 郭 @masa_78656

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ