第4話 嘘みたい、こんなこと


「あぶないっ!」


 突然、背後から女の声がした。それと同時に、自分の体が後ろへと引っ張られ、僕はバランスを崩して尻餅をついた。


「え……」


 顔を上げると、目の前を猛スピードで特急電車が通り過ぎていった。




 あれ?

 後崎くんはどこ行った?

 なんで僕、こんなホームぎりぎりの所に立ってんだ?

 そう思いながら立ち上がり、辺りを見渡す。


 ああ、そうか。僕、戻って来たんだ。

 自分の置かれている状況を理解し、僕は小さくため息をついた。




 ……じゃなくて僕、また悪い癖出てた?

 列車にぶつかるところだった?

 それを誰かに助けられた?


 慌てて振り返ると、スーツ姿の女性が青い顔で僕を見ていた。




「大丈夫だった?後崎くん」


 え?

 誰、この美人さん。

 言葉と同時に僕の手を引いて、その女の人はベンチに僕を座らせた。


「あ、あの……」


「久しぶりね、後崎くん。元気だった?」


 そう言って僕の頭を撫でるその人。

 その声、その仕草に僕は覚えがあった。


「……ひょっとして、下村さん?」


「覚えてくれてたんだ、私のこと」




 その人は下村あずささん。僕の高校時代の同級生だった。

 クラスの人気者で、誰にでも優しかった女の子。こんな僕にも普通に接してくれて、あの頃の僕は彼女に恋愛感情を抱いていた。


 でも彼女は、誰にでも優しい人だった。僕だから優しかった訳じゃない。

 それに彼女は僕と違って、陽の当たる場所でいつも輝いていた。

 僕とは住んでる世界が違い過ぎる。そう思って僕は、胸の奥にその想いを封じ込めたんだった。


 その彼女がどうしてここに?どうして僕を助けてくれた?


「仕事の打ち合わせ先がこの辺りだったの。今から職場に戻るとこ。そうしたら見覚えのある人が、ふらりと立ち上がって線路に近付いていくじゃない?ひょっとしたらと思って、慌てて引っ張ったのよ」


「そ、そうなんだ……ごめんね、心配かけちゃって」


「大丈夫?何かあった?」


 そう言って僕の顔を覗き込んでくる。

 いやいや近い、近いって下村さん。

 その距離感に僕は動揺し、慌てて首を振った。


「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと嫌なことがあったのは本当だし、今日も会社をさぼっちゃったんだけど……大丈夫だから」


「全然大丈夫じゃないでしょ、それ。本当、後崎くんってば全然変わってないのね。教室でもよく見てたけどあなた、いつも何か悩んでるように思ってた。でも決して、それを口にしない。私ね、結構心配してたんだよ」


「……面目ないです」


「いいわ、こうして出会ったのも何かの縁だし、私が聞いてあげる」


「聞くって、何を」


「だから、後崎くんの今の状況をよ。力になれることがあるなら私、協力してあげるから。とりあえず次の電車、一緒に乗ってくれるかな。職場には顔を出すだけだし、すぐに戻れるから。一緒にご飯でも食べましょ」


「いやいやいやいや、それはまずいでしょ。下村さんにだって、その……付き合ってる人とか、もしかしたら旦那さんがいることだし」


「そんな人いないわよ」


「え」


「結婚もしてないし、付き合ってる人もいない。何なら後崎くん、立候補してくれる?」


 そう言って、彼女が意地悪そうな笑みを浮かべた。


「えええええええええ?」


「ほら、電車来たわよ。行くよ」


「ちょ、ちょっと待って、行く、行くから引っ張らないで」


「いいからいいから。久しぶりに会ったんだし、今日はとことん付き合ってあげるから」


 笑顔でそう言って、僕の手を引く下村さん。

 その勢いに負けて、僕も足早に電車に乗り込む。





 人生、何が起こるか分からない。

 もう駄目だ、どうせ無理なんだ。

 そう思ってた矢先に、こんな再会だ。

 過去の僕、見てるかな。

 人生は本当、面白いのかもしれないよ。

 まだまだ諦めるには早いよ、きっと。



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栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

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