第3話 恥ずかしい、ああ恥ずかしい
「君が言ってる不安、間違ってないと思う」
「そうなんですか?」
「うん。実は僕もね、君が言ったようなこと、考えてた時期があるんだ。そして今も、あまり変わってないと思う」
「……」
「僕自身は変わっていない。君程じゃないにしても、僕も人付き合いが得意じゃないから」
「そう……ですか……」
「でもね、環境は変わっていく。学校を出て仕事に就けば、今とは違う人間関係が生まれる。横じゃなく、縦のつながりがね」
「それって、今より悪くなるってことですか」
「いいととらえるか、悪いととらえるか。それはその人の自由だよ。他には、そうだね……経済面。自分で稼ぐことで、今の君よりも自由に使えるお金が生まれる。それを趣味に生かす人もいれば、交友関係に生かす人もいる。将来の為に貯蓄する自由だってある」
「確かにそれは」
「どんな未来になるかは誰にも分からない。でもね、どんな未来にしたいか、それを考える自由は誰にだってある。
勿論、うまくいかないことだってある。そうならない人の方が多いかもしれない。でも夢に向かって進む権利は、誰もが持っているんだよ」
「自分次第ってことですか」
「そうだね。自分が何を思い、何に悩み、何を成そうとするか。それは今の君次第だと思う」
……自分で語っててきつくなってきた。
成そうと努力してない自分が、何で子供相手だとこうも偉そうに言えるんだ?
事実僕は今、ここで人生を終わらせたいとさえ思ってる。何なら彼と一緒に、次に来る特急に飛び込んでも構わない。それぐらい追い詰められてるし、弱ってる。
そのはずなのに、どうしてだろう。彼をこのままにしておけないと思ってしまう。
「人は努力の分だけ報酬を与えられる。それがこの世界のルールなんだと思う」
「努力の分だけ……」
「逆に言えば、努力もせずに報酬は受け取れない。まあ、中にはイレギュラーな存在もいるよ。努力しても全く届かない人、何の努力もせずに成功している人もいる。
でも、そんなイレギュラーと比較しても仕方がない。何と言っても僕らは、ただの平凡な人間なんだから」
「平凡ですか。確かにそうですね」
「今の君を作ってる物。それは全部、過去の努力の結果なんだ」
「……」
「全く勉強しない癖に、テストの結果で文句を言うのは違うだろ?」
「確かに」
「人生も同じだよ。そういう意味で言ったら、僕らは大して勉強してない癖に、点数を見て文句を言ってるだけなのかもしれない。じゃあもっと勉強しろよって話だけどね」
「ははっ」
「今の君を作ったのは過去の君だ。現状に満足してないのなら、もっと高みに上りたいと思うなら……今から努力するべきだ」
「……」
「今の君の努力は、未来の君を作る為にある。そうだね……例えば10年後にテストがあるとする。そのテストの為に勉強する。君が頑張った分だけ、それは10年後に結果として現れるはずだよ」
……駄目だ、誰か今すぐ殺して。
自分で語っていて恥ずかしい。穴があったら入りたい。
いや、誰かスコップ持ってきて。今から穴、掘るから。
「今が辛いのは、過去の自分が努力をしてこなかったから。世界っていうのは案外、うまく出来てるもんだと思うよ」
「前崎さんは今の自分、好きですか?」
「え」
「前崎さんと話してると、やる気が出て来るような気がします。きっと前崎さんは、今までたくさんの辛いことを乗り越えてきたんだと思います」
「いやいやいやいや、僕も偉そうに語ってるけど、最近疲れたなって思ってたんだ。今日だって実は、会社が嫌でさぼっちゃって」
「そうなんですか?」
「うん……そう思ってたらね、なぜかここに来てたんだ。ここでこうして座ってると、余計なことを考えずに真っ白になれるような気がしてね」
「じゃあ、今の僕と同じですね」
「え……」
「10年後の前崎さんの為に今、努力してるんですね」
「……」
「会社をさぼったのだって、次につなげるための休養なんですよね。頑張りすぎた自分を休ませてあげようと」
彼の言葉に僕は苦笑した。
僕は彼を励まそうとしている。そのはずなのに。
いつの間にか自分が励まされている、そう思ったら少しおかしくなってきた。
「おかしかったですか」
「ああいや、そんなんじゃないんだ。何て言ったらいいのかな……大人ってね、君から見たら強く見えるのかもしれないけど、案外君と変わらないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。事実僕だって、精神年齢は君の頃から大して変わってない。実感もない。ただただ年を重ねていって、体だけが衰えて来る。
僕もね、君の頃によく思ってたんだ。大人って、自分が越えられない壁でも、軽々と乗り越えていける強さがあるんだろうなって。でも、あの時僕が見ていた大人はきっと、今の僕と同じ気持ちだったんだろうなって思うよ」
「……」
「それでどう? 少しは元気になれたかな」
「はい、さっきより気持ちが軽くなった気がします」
「もう飛び込もうなんて思わないかな」
「すいません……」
「ははっ、でもよかったよ。少しでも元気になってもらえたのなら、君と出会えたことに意味があったんだって思うよ」
「ありがとうございます、前崎さん」
「もしもまた、そんな気持ちになった時、思い出してほしいことがあるんだ」
「死んでもいいかって気持ちですか」
「うん。多分後崎くんは、これまで何度もそんな気持ちになっていたと思う」
「……そうですね」
「でもその度に思い直した。それから後の自分のこと、思い出してみてほしい」
「後の自分……」
「勿論、悩みが解決していなかったら、苦しみはまだ続く。人間関係のことだったり、成績が上がらないことだったり、親と喧嘩したり……でもそれでもね、笑ったこともあるだろ? 楽しかったこともあったはずだ」
「そうですね。はい、あります」
「その気持ちは、その時死んでいたら味わえなかったものなんだ。そう思ったら少しは気持ち、軽くならないかな」
「……」
「恋をすることもあるだろう。まだ食べたことのない、うまい物にも出会えるだろう。映画や漫画、ゲームで心躍ることだってある。それは全部、生きているからこそ感じれる出会いなんだ」
「……そうですね、はい、そう思います」
「だから後崎くん。今が辛くても、少しでいい、未来に夢を持って踏ん張ってみて欲しい。その積み重ねがきっといつか、生きててよかったと笑える日にたどりつくから」
この言葉、彼に言ってるんだけどそうじゃない。
今の自分に言い聞かせてるんだ。
そうだぞ僕、もうちょっと頑張ろうよって。
生きてればきっと、いいことにも出会えるから。
「ありがとうございました」
少し吹っ切れたような後崎くんの笑顔を見て、僕も笑顔になっていた。
彼の手を握り、「お互い頑張ろう」そう言って笑い合った。
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