飲み込んだ言の葉

月兎伯爵

飲み込んだ言の葉

「ねぇ」


「どうした」


 終業式を終えた教室で、私は隣の席の女の子に話しかけた。

 黒髪を耳が出る程度に短く切っていて、三白眼が特徴的なちょっと男の子みたいな女の子。

 名前は鳥間とりま小夜さよ

 唯一の友達だ。


 私は人と話すのが苦手で、女子のグループに入ることが出来なかった。

 虐められてはいないが、扱いは空気に近い。

 クラスの誰もが私の言動に対して「あ、そういえばこんな奴もいたな」とでも思うかのように一瞬反応を遅らせるのだ。

 だけど、小夜だけはそれをしなかった。

 それどころか私の本当に言いたかったことを汲み取ってくれたり、話の良し悪しを教えてくれたりと積極的に話しかけてきてくれた。

 繰り返しているうちに、私たちは親しい間柄となっていた。

 今ではクラスでも仲良しコンビとして一括りにされている。

 小夜がどう思っているかは分からないけど、私はそれが嬉しかった。


 だけどある日、私は気付いてしまった。

 小夜のことが好きなんだ。

 最初は友達のことを好きになるなんて当たり前だと思っていた。

 だけど違った。

 私が覚えていた感覚は、乾きだ。

 もっと話したい、じっと顔を見ていたい、ずっと一緒にいたい。

 どれだけ会話を重ねても欲求が湧き水のように溢れていく。

 ああ、これが恋するってことなのか。

 この思いを小夜は受け入れてくれるだろうか。

 確かめるべく、私はある計画を立てることにした。


「どこか遊びに行かない? 」


「いいよ。何時にする」


 即答だった。

 私たちは誰もいなくなった教室で予定を話し合って日時と場所を決めた。

 決めたと言っても、小夜が私の要求したものを受け入れてくれる優しいものであったけど。

 帰った後にすぐさまチケットを予約して、小夜とのお出かけを夢見て数日を過ごした。

 そして、とうとうその日が訪れた。


 その日は少し暑かった。

 バスが清水ヶ丘遊園地の駐車場に停まると、乗っていた人達は押し出されるかのように次々と降りていった。

 もちろん私も例外ではなく、ステップを降りた後に後ろから押されて危うく転びそうになった。

 バスから降りた人たちは門へとまっすぐ歩いて行ったが、私はその中には混ざらずにチケット売り場の隅で屋根を借りた。

 ほぅ、と息を吐いて心を落ち着かせると、スマホを取り出してSNSアプリを起動した。


『ついたよ』


『えっ、早くない? ちょっと待ってね今向かってるから』


『ごめんね』


 たった四文字の単調な言葉にも、あの人は感情豊かに反応してくれる。

 何も悪くないのに送られてきた謝罪の文面に、頭を下げて両手を目の前で合わせるあの人の謝り方を想像してなんだか面白かった。

 私は自動販売機でお茶を買ってじっと待つことにした。


 買ったお茶がほとんど無くなった頃、遂に見知った顔がバスから降りてくるのを見つけた。


 小夜だ。

 紺色のショートパンツとジャケットを身に着けていた。

 何度か町で偶然会った時も同じ格好をしていたし、もしかしたらお気に入りなのかもしれない。

 私のことも見つけたみたいで、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。

 そして私の目の前まで来ると、「ごめんね」と言いながら頭を下げて両手を合わせた。

 その仕草がおかしくって、思わず笑ってしまう。


「そんなには待ってないよ」


「嘘だぁ」


 小夜は悪戯っぽい笑みを返しながら言った。

 私は鞄からチケットを二枚取り出して片方を彼女に渡した。


「じゃあ行こっか」


「よし、今日は楽しむぞ! 」


 私たちは手をつないで入場した。



 清水ヶ丘遊園地はあまり大きな場所ではなく、数時間あれば途中にお昼を挟んでも殆ど全てのアトラクションを回ることが出来た。

 小夜はジェットコースターが特に好きなようで、三回も乗る事になったんだ。

 絶叫系は大の苦手だったけど、彼女の隣に座っていたからなんとか耐えることができた。

 ただ、安全バーを本気で握りながらずっと目を瞑っていたから、彼女と同じ景色を見れなかったのが残念ではあったかな。


 さて、清水ヶ丘遊園地には一つだけ名物と言えるものがある。

 観覧車だ。

 高さ百三十五メートルのとても大きな観覧車。

 ここはそのたった一つのウリだけでデートスポットとして名を馳せている。

 逆に言えば、清水ヶ丘遊園地へのお出かけに誘うと言うことは、観覧車に一緒に乗りたいと誘うのと同義だ。

 現在時刻は七時。

 日の沈み始める時間を見計らって「最後にどうしても乗りたいものがある」と伝えると、小夜は二つ返事で許してくれた。

 何とかここまでたどり着いた。

 私は告白する。

 全てはそのために。




「うわーッ! 地面があんなにも遠くにッ! 」


 小夜は私以上に観覧車の景色に盛り上がっていた。

 散歩に行く前の犬みたいだ。

 喜怒哀楽のはっきりとした彼女の姿は、分かりやすくて可愛い。


「高さが百三十五メートルもあって、日本一なんだって」と教えると、「それは凄い! 」と目を丸くする。

 文字通り目を丸くした人は初めて見た。

 もしかしたら鱗も落とすかもしれない。


 観覧車が登っている間に日は沈み、辺りはあっという間に暗くなった。

 すると同時に遊園地のライトアップが始まって、遊園地中が煌びやかな電飾に包まれる。

 観覧車から一望できる遊園地の夜の姿に私は思わず感嘆の声をあげた。

 写真で見る以上に綺麗だったからだ。

 小夜もこれには驚かされたようで、ただ一言「綺麗だ」と呟いた。


 ――今しかない。


 私は意を決して彼女に声をかけた。


「ねぇ」


「なぁ」


 被った。

 思わず手で口を覆う。


「……どうぞ」


「どうも」


 言葉は既に喉まで出掛かっていたけど、彼女の話の方が気になったために先を譲った。

 彼女は私の方に向き直ると、目をまっすぐに見つめて言った。


「今日は誘ってくれてありがとうな。オレ、こういうところってあんまり行ったことなくてさ、すっごく楽しかったし、嬉しかった」


「こちらこそ。小夜ってばなんだか子犬みたいで、見てるだけでも面白かったよ」


「子犬って……そんなはしゃいでた? 」


「尻尾が見えるくらいには」


「私に尻尾は……。ああ、例え話か」


 彼女は真っ赤になりつつ恥ずかしそうに後頭部を掻いていた。

 少しの間互いに静かになる。

 それで話は終わりかと思ったが、彼女は最後に言った。


「これからもオレたち、ずっと友達でいような」


 頷くことしかできなかった。

 流れた涙に気付かれなかっただろうか。

 

「あれ、そういえばさっき何か言おうとしてたよな」


「楽しかったねって言おうとしただけだよ。先に言われちゃったから」


「そっかぁ」


 また嘘をついた。

 怖かったからだ。

 私にはもう、友達そこから先へ進むことはできない。

 嫌われたら嫌だから。

 分かっていたのに、彼女がそうではないことくらい、頭の中では分かっていたのに。


「いい景色だったね」


「昼に乗れたらオレたちの町も見えるかな。また来ようぜ。今度はオレがチケットを取っておくからさ」


「うん」


 気付いてしまった。

 行動原理も、愛も、肉欲からできていたんだ。

 それを私は小夜にぶつけようとした。

 デートだなんてとんだ思い上がりだ。


「それじゃあまたな」


「うん。またね」


 小夜の言葉を受け入れて友達でい続けるならば、もう想いを伝えることはできない。

 私の恋は終わった。


『今日は楽しかったよ。ありがとう』


『どういたしまして』


 それでも、たとえ叶わずとも、嘘を吐き続けようと、ただ一つの想いを抱いて私は生き続けよう。


 君が好きだ。


 飲み込んだ言の葉は、今も私の胸に刺さり続けている。

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