プリンスミーツプリンセス

桜井愛明

プリンスミーツプリンセス

「き、北王子きたおうじくん……!?」

「その小説面白いよね。他におすすめあったら教えてよ」


 壁ドン。


「カラコン新しくした? 可愛いね」

「北王子くん……?」


 顎クイ。


「俺で良ければ、悩み聞くよ?」

「北王子くん……!」


 バックハグ。


「北王子くん、好きです!」

「ごめんね、俺は世界中の女の子の味方だから」


 ここは私立浪漫ロマン高校。

 一見普通の高校のように見えますが、ひとつだけ変わっていることを挙げるとするなら、王子様がいるということでしょうか。

 王子様といっても、本物の王子様ではありません。ただ、ルックスから性格から立居振る舞い、全てが王子様にしか見えない人物がいるのです。

 その人こそ、たった今体育館裏で告白されている、北王子きたおうじしょうという男子生徒です。

 翔は学内だけでなく、学外にもファンクラブがあると言えばどのくらいモテるかが分かるでしょうか。

 でも、そんな翔は今まで全ての告白を断ってきました。それもそのはず、女性を落とすことが目的で、翔は誰かと付き合うなんて考えたことがなかったからです。

 先ほど翔に告白した女子生徒は、翔の言葉を聞いて少し唇を噛み締めますが、泣くのを我慢した瞳で翔を見上げました。


「うん、フラれるのは分かってたの。でもこの気持ちをどうしても伝えたくて……!」

「勇気を出して伝えてくれてありがとう。これからも俺と仲良くしてくれると嬉しいな」


 翔は背後にバラが舞っているかのような笑みを浮かべて、女子生徒の頭にそっと手を置きます。俗に言う頭ポンポンですね。

 本人としては「女性がいるなら口説くのは当たり前だろう」と、どこぞのナンパ男のようなことを言っています。

 胸キュンな台詞もシチュエーションも、普通ならドン引きされて終わるはずです。ですが、そんな行動が許されてしまうのは彼が生まれ持った王子様気質だからでしょうか。


「私のために時間作ってくれてありがとね」

「こちらこそ、君の貴重な時間を俺に使ってくれてありがとう」


 フラれてもときめく気持ちはなくならないのか、女子生徒は翔の笑顔に顔を赤面させながら立ち去りました。

 そして女子生徒の姿が見えなくなるまで、翔は女子生徒に向かって手を振り続けました。


(あの子、素直だったからすぐだったな)


 翔に落とせない女性はいません。どんなに真面目な性格をしていても、気難しい女性でも、翔にかかればあっという間に落ちるのです。

 ゲーム感覚というと伝わりやすいでしょうか。しかし翔は女性を落としたあとも蔑ろにすることなく、王子様のように優しく接します。それが翔が王子様たる所以です。

 そんな翔は満足そうな顔をして、帰路につきました。


  *


「ひ、姫乃ひめのみなみです。これからよろしくお願いします」


 ある日、翔のクラスに転校生がやってきました。

 姫乃みなみと名乗った少女は、どこかあどけなさを残した容姿と雰囲気で、その一瞬でクラスメイトを惹きつけました。

 少し緊張しているのか、みなみは強張った顔で自己紹介をしていました。しかし、クラスメイトが拍手であたたかく迎え入れたおかげで、みなみは嬉しそうに深々とお辞儀をしました。


「転校生、また北王子が落とすだろ」

「女子だからな、間違いない」


 ホームルームの間、みなみを横目で見ながら男子生徒たちがひそひそと話しています。

 クラスどころか学校中の女子生徒が翔の手によって落ちているために、男子生徒はなかば彼女を作ることを諦めていました。

 しかし、翔の話題になると決まって最後はこう締めくくられます。


「まぁ、北王子だし」


 男子生徒たちは、翔が女性を落とすこと以外はいい奴だと分かっているために、なんだかんだ翔の行動を受け入れていました。

 たしかに、全校の女子だけでなく、出会ったすべての女性を落としている翔を見たら、嫌でも納得してしまうかもしれません。


(ああいう大人しそうな子なら、きっとすぐ落ちるだろうな)


 男子生徒たちの予想通り、翔はどうすればみなみを落とすことができるかを考えていました。

 翔は今まで落としてきた女性を思い出しながら、似た性格や雰囲気の女性がどうしたら自分に振り向いたかを頭の中でシミュレーションします。

 そして休み時間になると、早速みなみに話しかけに行きました。


「姫乃さん、はじめまして。俺は北王子翔。良かったら放課後に校内を案内しようか?」

「はじめまして。私よく迷子になるから、教えてくれると嬉しいな」


 その約束通り、放課後に翔はみなみの学校案内をしました。案内する先々でさりげなく壁ドンや女性がときめく台詞、シチュエーションを交えていきます。

 しかし、みなみは全くそれに反応することなく翔の学校案内を聞いており、翔は調子が狂いつつも無事に学校案内を終わらせました。


「北王子くん、転校してきたばっかりの私に優しくしてくれてありがとう」

「こちらこそ、早くクラスに馴染んでもらいたいし、楽しんでもらえたらなによりだよ」


 昇降口で、みなみは満足げな顔をして翔にぺこりと頭を下げます。

 翔の作戦はどれも不発に終わり、自分の予想とは違うタイプだったのかと翔は頭を抱えました。

 それなら少し強引にいってみよう、と翔はあることをひらめきます。


「北王子くんって優しいんだね」


 そう言いながらローファーに履き替えようとするみなみの後ろから、翔はドンと追い詰めるように手を伸ばして——いわゆる背後から壁ドンの体勢になります。

 みなみが振り返ると、翔はさらに距離を詰めようと肘をつけてみなみをさらに追い詰めました。壁ドンから肘ドンが決まり、翔とみなみの距離はさながら恋人のように近くなりました。


「あの、北王子くん……」

「姫乃さん」


 なにか言おうとするみなみの顎を掴んで、自分に向くようにクイっと上げました。

 みなみの翔を見つめる潤んだ瞳に、翔は心の中で勝利を確信します。

 そしてとどめの一言を言おうとしたその瞬間、


「あ、ちょうちょ!」


 みなみは翔の体を綺麗に避けて、「可愛い〜!」と言いながら昇降口に迷い込んできた蝶々を追いかけ始めました。

 突然のことに翔は肘を壁につけたまま、みなみがいた場所と蝶々を追いかけるみなみを二度見して、なんとかその状況を理解しようと必死になります。


「あー楽しかった。北王子くん、また明日ね」


 ひとしきり蝶々を追いかけて満足したのでしょうか。みなみはくるりと制服のスカートをひるがえし、靴を履いて軽快なステップを踏みながら帰っていきます。

 もう皆さんはお気づきだと思いますが、みなみは自由で天然、そして超鈍感な女の子です。だから、翔が色々なことをやってもまったく気づかなかったんですね。

 そして蝶々に負けて完全に放置プレイをされた翔は、みなみになにも声をかけることができず、しばらく呆然と立ち尽くしていました。

 王子様である自分がこんな扱いをされるなんて思っていなかったのでしょう。翔はわなわなと震え、怒るかと思いきや、小さくニヤリと笑います。


「はっ、おもしれー女」


 なにやら王子様らしからぬ一面が見えたような気がしましたが、翔は気を取り直すように大きく咳払いをしておとなしく家に帰りました。


 それから、翔はことあるごとに色々な手でみなみを落とそうと画策しました。

 まずは連絡先を交換して、ふとした時にメッセージを送ったり、

 しかし、数々の女性を落としてきた翔のテクニックも、みなみにはただの優しさにしか受け取ってもらえないようで、どれもうまくはいきませんでした。

 みなみが転校してきてから少し経った頃、みなみはふとした疑問を翔にぶつけました。


「北王子くん、どうしてそんな私に優しくしてくれるの?」

「姫乃さんのこと、もっと知りたいからかな」


 翔はみなみに近づき、耳元でささやきました。甘い声と台詞で、これならいけると翔は確信しました。


「あはは、くすぐったいよ〜」


 でも、みなみは耳を手で押さえて困ったように笑いました。

 これなら女性はみんなときめいているはずなのに、なにが足りないのか、と翔はもどかしい気持ちを必死に抑えます。

 そんな翔とみなみのやりとりを、クラスの男子は遠巻きに見ていました。


「北王子、もう姫乃さん落としたのかな」

「それな。北王子ならありえる」

「北王子だしな」


 当然のようにそう言ってしまう男子生徒たちも、翔のせいで感覚が麻痺しているのでしょう。

 そんな中、一人の男子生徒がいっそう声をひそめて言いました。


「いや、まだ落としてないらしいぞ」

「あの北王子が? 姫乃さん見た目によらず手強いんだな」

「ていうか、北王子が姫乃さんにガチでアタックしてるんじゃね」

「……まじ?」


 男子生徒たちは顔を見合わせて、翔の行動を思い浮かべます。

 女性に甘い言葉をささやき、壁ドンやさまざまなシチュエーションで落としていく翔が、本気で恋愛をするのでしょうか。

 少し考えたあと、男子生徒たちはそれをかき消すように笑いあいました。


「北王子に限ってそれはないだろ〜」

「そうだよ、北王子なんだから」


 再び男子生徒たちが翔を見ると、みなみを追いかけるようにして教室を出て行きました。

 そういえば、みなみが転校してきてからみなみ以外を口説いた姿を見ていなかったのを思い出した男子生徒たちは、呆然として翔が教室から出て行くのを見送りました。


「「「……まじかもしれない」」」


  *


 ある日の放課後。

 みなみは図書室で本を読んでおり、翔はその様子を本を探すフリをして観察していました。

 あれからさらに手作り弁当や差し入れ、翔の思いつく限りのありとあらゆる手を尽くしましたが、みなみは一向に振り向きませんでした。

 翔はついに手がなくなり、どうすればみなみを落とせるのか、どこかに隙はないかとこうしてみなみを見張っているのでした。

 どう見てもストーカーですが、事情を知らない人間からすれば、イケメンが図書室で物憂げに本を探しているようにしか見えませんでした。


(というか俺、なんでこんなに姫乃さんを追いかけてるんだ?)


 なにもみなみにこだわらなくても、翔なら他に落とせる女性はいるはずです。それなのに他の女性に見向きもせず、ずっとみなみを落とそうとするのはなにか理由はあるのでしょうか。

 その時、あることが翔の頭にひらめきました。

 でもそれは、今までの自分にはありえないことで、翔はどうにもそれが信じられませんでした。


(俺、姫乃さんに恋してる……?)


 女性を落とすはずの自分が落ちているだなんてそんなことあるわけがない、と翔は頭の中で自問自答を繰り返しますす。

 みなみのために話しかけて、色々なことをして、つまりそれは好きだから振り向いて欲しい故の行為ですね。


(恋、してるのか……)


 翔もようやく自覚したようです。

 一方で一区切りついたのか、みなみは満足した顔で読んでいた本を閉じて、カウンターに持っていきました。

 翔があれこれ考えている間にみなみは図書室を出ていき、翔は慌ててみなみを追いかけます。

 その時カウンターに座っていた、以前落とした図書委員のことなど見向きもしませんでした。


「姫乃さん!」

「あ、北王子くん」


 正門を出たあたりで、翔は偶然会った風を装ってみなみに話しかけます。

 みなみもその声からすぐに翔だと分かり、立ち止まって翔に微笑みかけました。


「い、今帰り?」

「うん。図書室で気になった本があったから、家で続き読もうと思って」

「へぇ、そうなんだ」


 ついこの間とは異なり、非常に挙動不審な翔ですが、みなみはそれも気にすることなく会話を続けていきます。

 女性を落とすことしかしていなかった自分が逆に女性に落ちていたなんて、翔は話を続けながらまだ信じられていないようでした。

 でも、みなみを見る目が以前とは明らかに違っていて、その証拠に、翔は今まで見れていたはずのみなみの目を直視できませんでした。


(どうする、告白するべきなのか……いや、この状況では微妙だ……)


 誰かに恋をするのは初めてなのでしょうか。

 もやもやしたまま歩き続けていましたが、そんな時みなみがつまづいて目の前の水たまりに転びそうになりました。


「姫乃さん、大丈夫?」


 転びそうになったところを翔がとっさに支えて、みなみは転ばずに済みました。

 どんな状況でもスマートな対応ができるのは、さすが王子様と言ったところでしょうか。


「あ、ありがとう」

「昨日は雨だったからね。制服に泥とか跳ねてない?」

「うん、平気そう」


 水たまりを華麗によけながらエスコートしていき、翔はすっかりいつも通り王子様としての調子を取り戻したようです。


(近い……!)


 しかし内心はそうでもなかったようです。

 顔には出ていないだけで、心臓がバクバク鳴る音がみなみに聞こえていないかを、翔はとにかく心配していました。


「ごめんね、私ドジでノロマだから」


 翔にエスコートされながら、みなみは申し訳なさそうに言いました。


「こんなんだからいじめられるんだよね」


 みなみは前の学校でいじめられており、転校したのもそれが理由でした。

 明るく笑うみなみでしたが、その奥はどこか辛そうで、それを見た翔は奥歯をギリと噛み締めます。


「違う……!」

「え、」

「それも姫乃さんの素敵なところなんだから、自分を否定しないで!」


 翔がそんなことを言うとは思っていなかったのか、みなみは驚いた顔で翔を見つめました。

 それと同時に、みなみはいつもの明るい笑顔で翔に笑いかけます。


「北王子くん、怒ったりするんだね」

「あ、いや、これは……」


 翔がこんなに怒ったのは生まれて初めてでした。

 自由奔放で天真爛漫なみなみの性格だと、他人に誤解されることも多いのかもしれません。

 しかし、好きな人が自分自身を否定しているのが、翔にはどうしても耐えられませんでした。


「ごめんね、怒鳴ったりして」

「……ううん。私はずっとそう思ってたから、北王子くんにそんな風に言ってもらえて嬉しい」


 そのやりとりを最後に、二人はしばらく無言の時間が続きました。


「さっきの北王子くん、いつもと違ってギャップがあってかっこよかったな」


 商店街を通り過ぎて駅が近づいた頃、みなみはそんなことをぽつりとつぶやきました。

 喧騒に紛れそうなほどの小さな音量でしたが、翔はそれを聞き逃しませんでした。

 そして意を決して立ち止まり、みなみの名前を呼びました。


「姫乃さん」


 翔はエスコートした手を離さずに、みなみに向き直ります。

 心臓がはち切れそうなくらいの音と、顔が紅潮していると分かるくらいに熱くなっていて、翔はみなみの手をぎゅっと握りました。


「俺と付き合ってください」


 夕方の商店街近くの駅前というただの日常で、しかも安直すぎる言葉で告白なんて、白馬の馬車に乗ってかっこよくお姫様にプロポーズした王子様がいたとしたら、聞いてあきれるシチュエーションかもしれません。

 それでも、みなみに恋をした気持ちが勝ったからこそ、落とそうということなど忘れてみなみに伝えたかったようです。

 翔は黙ってみなみの返事を待っていて、みなみはそんな翔をしばらく黙って見つめたいました。

 そして考えがまとまったのか、「うん」と頷いて翔に笑いかけました。

 

「いいよ。どこに行く?」


 天然とは恐ろしいものです。


「北王子くん?」

「…………ちょっと待って、これは俺が悪いの?」


 翔は思わずみなみの手を離し、頭を抱えて崩れ落ちました。

 みなみは心配そうに翔を見つめますが、その目には一切悪意がなく、純粋に翔を心配していました。

 告白というシチュエーションでは百点満点でしょう。ただ、告白した相手が死ぬほど天然かつ鈍感だっただけで。

 もしかしたら、一言でも「好き」という言葉を入れていたら、みなみの返事は違っていたかもしれませんね。

 翔は気を取り直して立ち上がり、大きく深呼吸をしてみなみに微笑みかけます。


「今度、映画でもどうかな?」

「いいね、私観たい映画あるの!」


 それとなく伝えたデートのお誘いですが、恐らくみなみはそれにも気づいていないだろうと翔はがっくりとうなだれました。


「今日の夜、また連絡するね」

「うん、寝落ちしないように頑張るね」


 みなみの純粋な瞳が翔を撃ち抜き、「絶対落としてやる」と翔は改めて心に誓いました。

 翔がみなみを落とすには、まだまだ時間がかかりそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プリンスミーツプリンセス 桜井愛明 @tir0lchoco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ