4,獣道


 城門で賞金首を確認し、いくばくかの貨幣を得ると、サイモンはそのまま門をくぐり北の森へと向かった。バラクと進んできた道を辿るとたしかに、賊たちのいた跡とその死体が残されていた。数はそれほど多くない。夕方までには終え、ほどなくあの国を出れば、南側で野営を張れるだろうか。


 サイモンは黙々と後始末を始める。初めの頃は戸惑っていたものの、慣れて仕舞えば掃除と変わらない単調な作業。何も考えずにできる代わりに、余計な思考がサイモンの頭の中で膨らみ始める。



 今朝見た夢、あれは、たぶん何度か見たことのある夢だった。その記憶が明瞭にあるわけではないが、そういったものだったように思える。そして、拒否感こそあれ、回を経るごとに驚かなくなってきている感覚がある。私はかの方の遠からぬ死を予感している? あるいは北の故郷に戻る事を? いや、そんなわけがない。かの方は私無しでも十分生きていけるほど強いのだ。私を残して死ぬとは夢でも思えない……


 そもそも、何故かの方は私が共にいることを許しているのか? 一人でも十分に強く、私がおらずともこうして警戒し敵となる者を斬り伏せているというのに……なぜ…………


(私の首も含めて、後始末はお前のすることだろう)


 ひとりごちるような、バラクの声が聞こえた気がした。



 その言葉の意味を理解するより早く、弓が引かれる音を聞いた。振り返るより早く、背後の木陰で斬撃が繰り広げられた。死体となりつつある敵が倒れた向こうに、バラクの姿があった。サイモンは唐突に現実に引き戻された。


「なにを惚けていた、死にたいのか」


 旅の支度を終えて様子を見にきたらしい主人が、静かな声とともに木立から出てきた。その裏に滲む感情が何なのか、サイモンには検討もつかない。ただ、自分が白昼夢を見ていたことと、賊の生き残りが自分を狙っていたということに気づいて青ざめ、慌てて姿勢を整え跪き地を見る。


「っ、申し訳ありません、何卒、お許しを」


「それとも、私に殺されたいのか」


 えっ、と顔を上げるより前に、バラクの手が首元を掴み、サイモンは跪いた姿勢のまま首を上へと締め上げられる。見下している主人の顔は陰になってよく見えない。サイモンはただ、主人が何をしたいのか理解できずに、強い力と有無を言わせぬ剣幕にされるがままに、それでも抵抗はしなかった。


「ここで死ぬのがお前の望みかと聞いている、サイモン。心配せずともお前の好きな弔いは私の仕方でしてやろう。お前は私の守るべき最後だからな……お前の首を刎ねたらそこにどんな花を植えるのがいいだろうなぁ、ねぇ、」


「っひ……」


 『ねぇ』の声色がいつもの声より元の高貴な方の声に近いように思えて。思わずサイモンは「姫」と言いそうになる。


 その刹那、思いがけず顔を引き寄せられた。あまりにも近くに、かの方の顔がある。高潔でなくとも気高く、その暴力性に相まって美しささえ感じる。覗き込まれた瞳からは常に殺意がほとばしり、爛々と輝いている。狩りを楽しむかのような、獣の目。


 幸い私の不遜な声は、締めかけられた首から漏れたかひゅ、という音と混じって、正確な音にはなってなかっただろう。しかし実際、私がそう言いかけたかどうかなど関係ない。この方が「私は不遜を成した」と判断すれば首が飛び、「成していない」と判断すればついていく事を許される。


 じと、とした未だ殺意を含んだ視線が全身にまとわりついている。永遠にも刹那にも感じられる時間が流れる。やがて、かの方はゆるりとため息を流し、それと同時に共に首への力が緩められる。


 急速に興味を失ったかのようだった。締め上げられた喉から手を離されたサイモンは、その場に崩れ落ちながらも、すぐに息と姿勢を整えた。バラクは再びため息をつきながら、自らの服装を整えて言う。


「まぁいい、どうやら粗相があったようだが見逃そう。だが、好みがあれば早いうちに伝えるがいい。検討くらいはしよう」


 サイモンは珍しくしばし沈黙した。


「……好み、とは?」


「花のだよ、莫迦。お前が次粗相をしでかした時に、残った胴体に生ける花の好みだ」


 口元だけ、冗談だと言いたげに笑いながら、そう言い置いてバラクはさっさと荷物を馬に乗せてしまう。サイモンはというと、驚愕というよりは衝撃で目を見開いていた。


「……どうぞ、捨ておいてください。花などと…………」


 震えるサイモンの声は、バラクには届かなかったらしかった。それを示すかのようにバラクの声がサイモンを遮る。


「その代わり、私の始末が必要になった時はお前がやれ。誰にも触れさせないように、残らず」


 当たり前のようにそう口にすると、さっさと馬に乗り早くしないのかと視線だけでサイモンを急かす。するとサイモンはようやく動き出し、最低限最速の動きで荷物をまとめ、馬に乗った。


「征くか」


「……はい」


 サイモンが言えたのは、ようやくその一言だけだった。二人は馬を走らせ、滞在していた小国を迂回して南へと向かう。雷と雨が二人を追う。ぽたり、ぽたりと雨が地面を黒く濡らした。


 今朝の夢、先程の白昼夢、そして今の主人の言葉。サイモンはまた夢に引き寄せられないように警戒しながら、思考を巡らせようとする。なぜ自分はバラクに殺されそうになっても抵抗しなかったのか。その理由は本当に忠誠心だけなのか。その忠誠心は、ゆがんだものではないか。自分の気持ちが、バラクへの姿勢が、自分でもわからなかった。それでも、二人きりの旅路で、自分の姿勢を見つけることも悠々と自分探しをすることもできるはずはない。結局はただ、バラクの言葉に引きずられる。かの方が望むならそれが私の役目だとついていく他ない。


 そう、頭ではわかっている。


 けれど、まだ。


 今のサイモンには、夢の内容もバラクの言葉も受け入れることは難しかった。

 


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亡き国から逃れて 迷歩 @meiho_623

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