最終話

「おはよう雅君」


 いつもと変わらない休日の朝。

 今日は家で一緒に昼ご飯を作って食べてから近所を散歩しながら買い物という計画になっている。


「おはようリアラ。今日はカレーだからちゃんと覚えろよ」

「カレーくらいできるもん」

「いや、お前が作るとなぜかカレーの味がすっぱいんだよ。何入れてるんだ?」

「ソース?」

「それはまあ普通だな。ちなみにどれくらい」

「一本」

「……」


 料理のさしすせそやソース、みりんなどの使い方についても先日教えたのだが、リアラは基本的に加減というものを知らないのでとにかく入れろと言われたものを全部ぶちまけるように投入してしまう。

 だから味が極端になる。

 甘いものは病気になるくらい甘くて、辛い物は食べてる途中で口内炎ができそうなほどにしょっぱい。


 そういう不器用さ加減はすぐにはどうにもならず、今は徐々に体に叩き込んでいるといったところだ。


「ねーねー、昨日の夜の卵焼きは結構よかったでしょ?」

「まあ、あれは味的にはまだ食べれたかな。でも形はスクランブルエッグだったけど」

「そ、それでも美味しかったよね?」

「……まあ、そこそこ」

「うんうん、よかった」


 本当は卵焼きなのになぜか苦く、食べれない味ではないがまずかったことに変わりはないというのが本音だけど。


 でも、褒めてほしそうに俺を見てくる彼女を目の当たりにするとそうも言えない。

 結局甘やかしてるのは親父さんだけではないんだなと。

 俺も俺でかなり甘い。

 まあ、可愛いってずるいんだよな。


「ま、いいや。リアラ、野菜とって」

「うん。どうぞ」


 本当は野菜も彼女に切らせて練習といきたかったが、それはやめることにした。

 野菜をとってくれたリアラの手に巻かれた無数の絆創膏は、聞くまでもなく包丁で切ったものだろう。

 しかし俺の前では怪我したのを見たことがないので、おそらく隠れて練習でもしてたのだろう。

 それについて何も言わない彼女に対して俺も何も聞かない。

 そうやって努力してるのも俺の為なのかと思うと何も言えなかった。


「……じゃあ作るから見てろよ」

「はーい」


 まあ、カレーなんて野菜とルーを入れて煮込むだけだから教えることもそんなになくて、二人でぐつぐつ煮えるカレーを見ながらぼーっとして。


 いい匂いが部屋中に立ち込めてきた時にリアラのお腹が鳴る。


「あ、おなか鳴ったな」

「うん、おいしそうだからおなかすいちゃった」

「じゃあ食べよっか」


 そのままカレーを盛り付けて部屋にもっていき、並んで食べる。

 味は別段変わったものではなかったがリアラが喜んで食べてくれていて照れくさかった。


 その後、一緒に食器を洗ってからお出かけ。

 近くの公園を通ってから買い物しようという流れだ。


 家を出てすぐ、彼女が手を繋いでくる。

 休日の昼間は人通りも多く恥ずかしかったけど、前みたいに突っぱねる理由もなく俺はその手を握り返した。


「……なんかお前、大人しくなったな」

「そう? いつも通りだけど」

「ま、怒ったり泣いたりされるよりはいいか」

「何よ人を子供みたいにいって」

「子供だよ。俺もリアラも」


 だから喧嘩なんかして好きなのに別れたりしたんだ。

 でも、そういうことを経て大人ってやつになっていくのかもな。


「さてと、このまま買い物いくか?」

「ちょっとそこのベンチ座らない?」


 大きな池のある公園のベンチに腰かけて。

 手をつないだままのリアラはそっと俺に寄り添う。


「なんかカレーの匂いがするね」

「さっき食べたからな」

「いい匂い。雅君の匂い、落ち着く」

「それ、褒めてんの?」

「うん。でも、私にしかわからないだろうなあって」


 リアラは随分と素直に自分の気持ちを言葉にするようになった。

 もう、以前のように見栄を張ったり我慢したり無理したりをやめたということだろうけど、今までだって俺の為に自分を作って俺の気をひくために可愛い幼なじみであろうとしてくれてたんだと、今ならわかる。

 

 だからあの時の自分が嫌になる。

 この嘘つき女め、とリアラを勝手に恨んだ自分がなんと小さい人間なことか。


「……ごめんな。俺、リアラの気持ちを全くわかってなかった」

「ううん、私だって。ごめんね、可愛い幼なじみじゃなくて」

「リアラは可愛いよ。そのままでいい」

「……うん」


 結局は互いに至らない点や気に入らないところまで受け入れる覚悟を持つのが付き合うってことなんだろうと。


 まあ、結局はリアラの全部が好きで。

 嫌いなところなんてそもそもなかったんだなと。


「……リアラ、これからもよろしくな」

「何よ改まって」

「いや、なんか嬉しくて」

「私だって。ね、キスしよ?」

「外だぞ?」

「いいの」

「……ああ」


 まばらに人がいたがお構いなしいに。

 俺はベンチで彼女とキスをした。


 その時間は数秒のものだったけどすごく長く感じたのは大袈裟ではなくて。

 そっと彼女から離れた時に少し顔を朱くする彼女がにこっと笑った時に俺の胸がトクンと脈を打つ。


 今、目の前にいる彼女を守っていかないと。

 そう心に誓うとともに一層彼女のことが愛おしくなって思わず抱きしめてからもう一度確かめるように言う。


「大好きだよ、リアラ」


 その言葉に彼女は無言だったが、ぎゅっと俺を強く抱きしめてくれた感触が答えだろう。


 この小さな女の子とこれからもずっと一緒なんだと確信するように俺たちはずっと抱きしめ合っていた。



 おしまい。

 

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元カノの嘘に付き合っていたらいきなり同棲させられてしまった件 明石龍之介 @daikibarbara1988

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