第27話

「おお、リアラおかえり」

「ただいまパパ。今日は雅君と遊びに来たよ」

「ご、ごぶさたしてます」


 リアラ父は相変わらず威厳のある風体だ。

 中身は結構だらしないというか甘い人だと知っていても見た瞬間はドキッとする。

 ただ、すぐにいかつい顔は緩む。


「リアラ、もっとかえって来てもいいんだぞー。父さんは寂しいぞ」

「もう、私も子供じゃないんだから。たまにかえって来るんだし」

「ふむ」


 愛娘が帰ってきたとあって機嫌は良さそうだ。

 そして俺の方を見ると親父さんは少し不思議そうな顔をする。


「な、なにか?」

「……いや、すまんの。前と顔つきが変わったもんでつい」

「変わった、ですか?」

「まあ気にせんでくれ。ささっ、中に入りたまえ」


 そのまま、いつもの居間に案内される。

 そしていつぞやの嘘の婚約者話の時のように向かいあって座ると、隣でリアラがまず口を開く。


「パパ、私と雅臣君のこと応援してくれてありがとね」

「なんじゃ改まって。まさか別れ話でもしにきたんじゃないだろうな」

「ふふっ、その逆。うまくいってるよって報告」

「そ、そうか。それはよかったのうリアラ」


 先にリアラがあれこれと俺たちの仲の良さを語ってしまい、俺は段々と言うことがなくなっていく。

 時々隣でつついたりして止めるのだけど、今日は嬉しくて仕方ない様子でリアラはずっと饒舌に話していた。


「ふあーっ、なんか話しすぎて眠くなっちゃった」

「リアラ、今日は止まっていくのか?」

「うん。パパ、お布団出して」


 奔放なリアラはそう言って俺の肩にもたれかかるとそのまま目を閉じる。


「お、おい」

「疲れたの。寝る」

「……」

 

 そしてそのまま眠ってしまう。

 どこまで自由なんだと呆れていると、せっせと愛娘の為に布団を持ってきた親父さんが居間に布団を敷く。

 そして俺が彼女を寝かせると、「やれやれ」と言って親父さんは腰を下ろす。


「すまんの雅臣君。娘の相手は大変じゃろう」

「ま、まあいつもこんな感じですから」

「ほほっ、しかしこんな娘の嘘に付き合わせて悪かったのう」

「え?」

「いやなに、君と娘が愛し合っていると言って挨拶に来たあの時、まだ君たちは付き合ってもなかったのじゃろ?」

「……知ってたんですか」

「君の挙動不審さを見ればわかるわい。しかしどうやら一緒にいる間にリアラはしっかり君の心を掴んだようじゃ。根負けしたかえ?」

「……そうかもですね」

「ははっ、正直じゃな。君が成人なら酒でもと言いたいところじゃ。ま、それはゆくゆくということで」


 リアラをよろしくの。

 そう言って親父さんは立ち上がる。


 その時、俺は自然と言葉が出た。

 伝えないといけないと、そう思って呼び止める。


「お……お義父さん」

「ん、なんじゃ?」

「あ、あの……リアラさんを精一杯大事にしますので、どうかこれからもよろしくお願いします」


 そう言って、頭を下げた。

 嘘をついたのは俺のせいじゃなくても、ずっと俺たちの茶番に付き合わせていたことへの謝罪も込めて。

 でも、親父さんは笑いながら「末永く頼むよ」とだけ。

 次に顔をあげた時にはもう姿はなかった。



「……ん?」

「リアラ、起きたか?」

「あ、雅君。おはよ」

「まだ夜だよ。ったく、なんで話の最中に寝ちゃうんだよ」

「だって……私もパパにずっと嘘ついてて悪かったなあって思うと緊張しちゃって」

「まあ、親父さんは薄々気づいてたみたいだけどな」

「え、そうなの?」

「ああ。ま、子供は所詮子供ってことだ。大人には叶わないよ」


 いくら俺たちが見栄張って背伸びしたって、まだまだガキだ。

 だから誰かの手助けなしでは好きな人とも満足に一緒にいられない。

 だからこそちゃんと努力して、いつか好きな人くらいはちゃんと守れるような人にならないとな、と。

 寝ぼけたリアラの顔を見ているとそんな気分にさせられる。


「さて、今日は泊まるのか?」

「そう思ったけど、帰ろっかな」

「じゃあ布団たたんで帰るぞ。立てるか?」

「ん」


 まるで赤ん坊を世話するようにリアラを起き上がらせてから布団を片付けて。

 居間を出ようとした時にリアラが俺の背中に飛び乗ってくる。


「お、おい危ないって」

「おんぶ。私、歩けない」

「おんぶって……家までそこそこ距離あるぞ?」

「やだ。おんぶしてくれないと帰れない」

「……ちゃんとつかまってろよ」


 小柄で軽いとはいえ、人ひとり背負って歩くのはなかなか体力がいるものだ。

 でも、足や腕にくる疲労感より、リアラと密着していることへの緊張感と充実感のせいかなぜか足取りは軽い。


 そのまま家を出て夜道を行く。


「ほんと、こんなとこ誰かに見られたらたまったもんじゃないな」

「いいじゃん。ラブラブだって思われるだけでしょ」

「……なあ、リアラは俺のどこが好きなんだ?」

「んーとね、全部」

「なんだよそれ」

「だって、嫌いなとこなんてないもん。全部好き」

「……そっか」

「雅君は?」

「……俺もだよ。リアラのこと、結局嫌いなところなんてなかった。わがままなのもよく考えたら昔からだもんな」

「それ褒めてない」

「ははっ、褒めてねえよ」

「むー」

「でも、俺はリアラがずっと好きだから。だからこれからもよろしくな」

「……うん。大好き、雅君」


 背中におぶったリアラが俺をきゅっと抱きしめる。

 首元から俺の目の前に伸びた小さく細い手が少しだけ震えているのが暗い中でもわかる。

 彼女の心臓の音も、柔らかい感触も伝わってくる。

 そんなすべてが愛おしい。

 だからもう二度とこいつを離すもんかと、そう心に誓いながら夜道を進む。


「リアラ、帰ったら風呂入ろっか」

「うん。一緒に入る?」

「……いいのか?」

「恥ずかしいけど……昔よく一緒に入ったじゃん」

「いつの話だよ。それに、俺だって男だし」

「いいよ、雅君なら。私の全部、見てほしい」

「……うん」


 やがて家に着くと急いで風呂の準備をする。

 でも、大体こういう時に期待通りにならないのがリアラってやつで。

 俺が風呂場から部屋に呼びに行くと彼女は猫のマチタンと一緒にベッドですやすや眠っていた。


「……ったく。俺の緊張を返せ」


 そっと彼女に布団をかけて、俺も結局そのまま彼女の横で眠りについた。

 でも、何も慌てなくてもこれからはずっと一緒なんだから。


 だからずっとこの寝顔を傍で見守れるように明日から頑張ろうと。

 そう心に決めてやがて目を閉じた。



 

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