第26話 ご挨拶

「お父さん、娘さんを僕にください」


 月曜日の朝、タイミングよくそんな台詞を人気俳優が言うドラマのワンシーンが番組で紹介されていた。


 迫真の演技というのもあるのだろうが、その緊張感に妙にドキッとしてしまったのは俺だけで。

 リアラは他人事のように「この役者さん、顔が好きじゃない」とかなんとか。


「ねえ雅君、今日ならパパは予定ないんだって」

「へー。ていうかお前、パパって言ってたっけ?」

「え? あ、そ、そうだよ? 前からパパだよ?」

「……ま、いいや」


 リアラは確かに育ちが良い。

 しかしこんな機関某が親を呼ぶ時に様付けなんておかしいと思っていたんだ。

 結局こいつなりのキャラづくりだったって話か。

 なんかかわいいもんだな。


「でも、ちょっと緊張するな」

「なんで? この前一緒にご飯食べたじゃん」

「そうは言うけど、やっぱり彼女の親に会うのは緊張するんだよ」

「パパに言うの?」

「何を?」

「私をください! って」

「……言った方がいいか?」


 できればそういう話題はスルーして、話の流れで「ちゃんと交際してます」的なことをサラッといえたらなんて思っていたが。

 もしリアラがそう言ってほしいなら言おうと。

 勝手に緊張しているとリアラは笑う。


「ふふっ、言いにくいならいいよ」

「そ、そうなのか?」

「うん。だって私はもう雅君のものだもん」

「そ、そういう恥ずかしいことをサラッというな」

「あ、照れた。可愛い」

「……ったく」


 こんなやりとりはいつものことのはずなのに、なぜか懐かしさすら感じてしまう。

 いくら普段通りと思っていても、やっぱり嘘の関係の内はどこかで気を遣ったりしてたんだろう。

 ようやく本音で話せていると実感し、リアラにからかわれながらも内心はほっこりしていた。



「おはよう尊」

「ああ、二人とも相変わらずだな」


 学校に到着するとグラウンドの方を見つめる尊が正門前に立っていた。


「何してるんだ?」

「かわいい子いないかなってね」

「なんだそれ。お前なら勝手に向こうからくるだろ」

「んなわけあるか。みんな相手探すのに必死だぜ。お前以外はな」


 羨ましい限りだぜ、と。

 俺の方を見ながらニヤッとする親友はリアラを見ると、少し穏やかな表情になる。


「ほんと、よかったな橘」

「え?」

「お前ら、最近うまくいってなかったんだろ? でも、もう大丈夫そうだ」

「……うん。尊君もいつもありがとね」

「いえいえ。雅臣、もう喧嘩すんなよ」

「……わかってるよ」


 結局佐野尊という人間は何もかもお見通しと言った様子で。

 いや、俺たちがわかりやすいだけなのかもしれないがそれでも説明する手間も省けてしまい、その後はしばらく三人で話してから教室に向かった。


 学校でのリアラの人気は相変わらずだ。

 未だに他所のクラスの男子が彼女を一目見ようとやってくるし、彼女が席を立つだけで皆の視線がそっちに奪われる。


 でも、リアラは席を立つと決まって俺のところにやってきて。

 その度にため息がそこら中に響く。


「ねえ雅君、お昼食べよ」

「ああ」


 以前は嘘の関係とあってか、皆を騙してるようでリアラと二人になることに抵抗があったけど。

 今は堂々とできたものだ。


「ここで食うか?」

「うん。今日は雅君に教えてもらったスパゲティ作ったんだよ」

「へー、どれどれ……うーん」

「美味しくなさそう?」

「い、いや。でもなんでこんなに黒いんだろう……」


 真っ黒とは言わないが。

 そこらじゅうが焦げている、まるで皿うどんのようなパリパリ食感の麺だった。

 でも、不思議と味は悪くなくて。

 これはこれでいいのかもと思いながらそれを完食した俺はやっぱりリアラが好きでたまらないようだ。


 でも、体は正直で。


「……保健室行ってくる」


 腹を壊した。

 何が入っていたのか不明だけど、感じたことのない不快感と痛みで俺は午後を保健室で過ごすことになり。

 もちろんそんな俺の付き添いにもリアラが来てくれた。


「……ごめんなさい。私、やっぱりまだ料理下手だよね」

「まあ、まだまだだけど味は大分……ていうか何入れたんだあれは」

「ええと、なんかとりあえず調味料を一式?」

「……」


 どうやらリアラは調味料を入れれば料理がうまくなると思ってるそうだが。

 しかし味云々ではなく毒のような配合をしてしまう彼女の料理は一体どんな風なのか、一度じっくり見てみなければいけない。

 目を離した俺の責任だと思って、まだ痛む腹をおさえながらリアラに付き添われて保健室を出た。


「あー、帰ったら薬飲まないと」

「だからごめんっていってるじゃん」

「別に責めてないよ。その、弁当作ってくれるのは嬉しいし」

「ほんと? じゃあ明日からも作っていい?」

「いいけどこれじゃ体がもたない。明日は……一緒に作るか」

「うん!」


 学校を出てフラフラと。

 コンビニによってリアラがお菓子を買って俺は隣の薬局で胃薬を買ってから。

 今日はリアラの実家にお邪魔することになっているのでそのまま彼女の家に向かう。


 そして、手を繋いだまま大きな玄関をくぐって。


「ただいまー」


 リアラの家にお邪魔することとなった。

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