第12話 処刑獣-シャドウウルフ

処刑獣、それは処刑課執行官の切り札にして最終兵器。一時的に神の力を体内に宿すことで神の力を行使する神の獣になる力なのだが、もちろん枷はある。


一つは一端とはいえ神の力を体内に宿すことへの精神的肉体的負荷である。どれだけ強靭な執行官でも処刑獣を顕現できるのは一時間が限度である。それをこえて行うと魂が摩耗し廃人、最悪内側からの体内破裂である。


そしてもう一つは……


「がああああああああああ」


処刑獣-シャドウウルフとなったアクライはイビルの胸をかぎづめで引き裂いた。瞬間、


「――あああああああああああああ」


咆哮の衝撃波で吹き飛ばされホテル・ロイヤルキングの壁に体をめり込まされた。


「ぐはっ……」


生身の体なら即死だが、神の力を宿し処刑獣となったアクライにとってはこの程度の攻撃かすり傷みたいなものだった。しかし、


「ちっ、ダメージは大したことないがやはり……」


さきほどアクライが切り裂いたのはイビルの胸の中心からかなり離れた位置であった。


これが処刑獣のもう一つの弱点、体内に宿った神の力により体の制御がうまくいかないことである。これが普通のイビル相手なら処刑獣の強大な力で圧殺すればよいのだが、相手は建物と匹敵するほどに巨大なイビル。一時間という時間制限の中で力のごり押しはアクライにとって分が悪かった。


故に制御の難しい体を動かして何度も巨大イビルの胸を狙っているのだが、


「――ああああああああああああああ」


「ぐっ」


アクライは幾度も外し、その度音の爆弾で吹き飛ばされ壁に激突していた。


「まずい、体が……」


体が重くなるアクライ。十キロの重りを体中に括りつけられているように動きか鈍くなっていく。処刑獣になってまだ三十分ほどだが、アクライは今日二度イビルと対峙しインスクリプションの力でダークアギトを行使している。その疲労がここでアクライの体を追い詰める。


すでに巨大イビルとホテルまでの距離は五メートルを切っていた。この距離で巨大イビルに攻撃すれば咆哮の衝撃に巻き込まれホテルも崩壊する。


アクライはもう巨大イビルに手を出すことができなくなってしまった。


「ちっ、ここまでか」


目の前から迫る巨大イビルを前にアクライはひざを折った。


「すまない……」


ひざを折り、肩を落とすアクライ。そこで初めて、巨大イビルの姿に変化が生じていることに気づいた。


「っ、これは……」


ずっとイビルの胸、上半身ばかりを見ていたアクライは気が付くことができなかった。巨大イビルの下半身から生えるパイプオルガンの管が、初めてこのイビルを見たときよりも明らかにその数が減っていることに。


「ぎゃははははははは」


清々しいほどの馬鹿笑いが夜のセントラルに響き渡る。


「アクライ。てめぇにだけおいしいとこはもってかせねぇぞ」


ジャックは空中を建物の壁を足場に高速移動して巨大イビルの下半身から生える管を長くのびた鋭利な爪で切り裂いていた。


「ジャック、貴様」


イビルを攻撃すれば音の衝撃波で吹き飛ばされる。だがそれはアクライたちにとって攻撃だが、イビルにとってはただ痛くて声を荒げているだけ。つまり痛覚がない部位を攻撃すればイビルは咆哮を上げない。


そして体から生える、鉄の管に痛覚などあるはずがない。


「ぎゃははは、これで最後だ」


イビルに気づかれないよう背後にある管から順番に破壊していったジャックは最後に巨大イビルの眼前まで飛ぶと空気を大きく切り裂いた。ズバンッという空気を切り裂く音が響くと同時にイビル前面にある鉄の管がすべて引き裂かれた。


「ふっ、貴様にしては上出来だ」


イビルの咆哮を何倍にも増幅させていた管がすべて破壊されると同時にアクライはイビルめがけて跳躍、かぎづめを思いっきりイビルの胸に付きたてた。


「――ぁ――」


全ての管を破壊されたイビルにもうあの音の爆弾を破裂させることはできない。


「ガアアアアアアアア」


枷を失くした獣のようにアクライは所かまわずかぎづめを振るった。


「――あああ――あああ――ああああああああああああ」


イビルの胸の肉がどんどん削られていく。自分の体を好き勝手蹂躙するアクライに巨大イビルはただ悲痛な叫びをあげるだけだった。これだけの体格差があれば、腕を振るうだけで簡単にアクライを退けられるのだが、イビルにはそれができなかった。


なぜなら、アクライが言った全身に張り巡らされた血管のようなもの。それは血管ではなく、イビルの本体がこの巨体を動かすための導線、つまり神経なのだ。


神経が刺激されれば当然、痛みが襲いかかる。体は大きくとも本体はただの人間。その小さな体に巨人が感じるすべての痛みが襲い掛かってくるのだ、体を動かすどころではない。ジャックも巨人を足止めするため斬撃を飛ばし続けている。痛哭を上げる以外に、イビルの本体にできることは何もなかった。


「ガアアアアア」


そしてついに、アクライは巨大イビルの中心、イビルの本体が隠れる肉の壁を壊すことに成功した。


「――ぁぁ――ぁぁぁ」


中にいたのは年端もない子供であった。今朝執行したイビルの元の少年よりもさらに幼い。その子供も全身から浴びせられる痛みのショックですでに死にかけていた。


「ぁ――」


今にも消えそうな呼吸。アクライが何もせずとも数秒後には息絶えるであろう子供はアクライに向かって手を伸ばすとかすかな声で一言しぼりだした。


「僕を……ころして」


子供の目には光が宿っていた。だがそれは未来に夢を抱いているとかそういう純粋な光ではない。どす黒い色をないまぜにして白く濁った、盲目の光だった。


そんな子供を前にアクライは


「わかった」


一言そう言って獰猛なあごで子供の細い首を血管ごと食い破った。


アクライが手を下さずとも子供の命は長くなかった。それでもアクライは一秒でも早くこの子の命を絶たせてやりたいと思った。たとえそれが、どんなに非常と思われることでも。


「…………」


子供の目から光が消える直前、子供の口がわずかに動いたのだが。子供の声をアクライが聞くことはなかった。


なぜなら、


「貴様にそんなことを言われる筋合いは、俺たちにはない……すまなかった。俺たちのせいだ。お前は、何も悪くない」


聞かずともアクライには少年の最後の声がしっかり届いていた。声だけではない。少年の想いも、巨大イビルの中でどれだけ少年が苦しんだのかもアクライには自分の事のようにわかっていた。


少年に背を向けたとき、一瞬聞こえるはずのない少年の声が聞こえた。


――ありがとう――


それはきっとアクライにしか聞くことのできない、世界一やさしいお告げだった。




執行対象:ソルティ・ペスカ

本日、0時0分悪魔と契約しイビルとなる

識別名称なし

能力は旋慄(せんりつ)の巨人。上半身は巨人、下半身は蜘蛛の姿をした巨大な化け物となる。本体は胸の中心にありそこから全身に神経を伸ばし、体を動かしている。神経が伸びているため、当然痛みを感じる。下半身からパイプオルガンのような鉄の管がいくつも生えており本体の発する声を何倍にも大きくする。ただし、小さい声を大きくすることはできず全身に響くほどの大きな声でなくては大きくできない。それにより音の衝撃波を生み出すことも可能。


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処刑課執行官-アクライ @maow

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