第11話 悲しい嘆き
「一撃って、お前」
あまりにも現実感のない発言にジャックはあきれた声を出した。しかし、アクライに冗談を言ったつもりはなく、いたって本気だった。本気で自分の何倍もある相手を一撃で倒すつもりでいた。
「普通に考えたらいくら俺でもあれだけ大きなイビルを一撃で倒すのは無理だ……普通ならな」
「どういうことだよ」
アクライのにおわせるような言い方にジャックはいとも容易く引っかかった。
「あの巨人の上半身全体に脈のようなものが広がって見えるか」
「ああん……ああ、見えるな、血管みたいなのが」
「ならその血管もどきが胸の中心に集まっているのも見えるよな」
「ああ、そうだな」
体と同じ色のため注意深く目を凝らさねば見えないのだが、アクライは一目見た瞬間その全身を這うように広がる脈のようなものの存在に気がついていた。それはジャックも同じであったのだが、深く考えるのが嫌いなジャックは元の人間の血管が怪物化して変質したものぐらいにしか考えていなかった。
「あそこに巨大イビルの元がいる」
「元って、そりゃつまり……」
巨人の胸の中心、巨人の血管が集まっている場所にイビルの本体、悪魔と契約した人間がいるということだ。
「何でんなことがわかるんだよ」
「貴様と違って俺が優秀だからだ」
「ああんっ」
実はインスクリプションに書かれている能力の欄にそのことについて詳細が書かれているのだが、説明を嫌ったアクライはジャックの疑問を棚上げし、自分の話をつづけた。
「お前は黙ってあの脈が集まっている胸の中心を攻撃しろ。そうすればイビルの本体がむき出しになるはずだ。そこを俺のダークアギトで喰らう」
「なんで俺がてめぇの作戦なんかに、て、おいっ」
ジャックの言葉に答えず、アクライはそそくさと屋上から飛び降りた。
アクライは背中から残った一つの顎を飛ばし壁や信号、看板を使いターザンのようにしてイビルの元へ向かった。
正直な話、さすがのアクライでも顎が一つしかない今の状況、いやたとえ顎すべてが残っていたとしてもこの巨大イビルを一人で相手するにはいささかの無理があった。アクライの作戦はアクライ以外に誰か、アクライと動きを合わせられるアクライと同程度の力を持った協力者が必要だったのだ。アクライと同等以上の実力を持つものなど処刑課の中でも数えるほどしかいない。
振り向くとその数少ない一人がアクライの後ろから建物を足場に追ってきていた。
その姿を見たアクライは珍しく感情を顔にした。
「あいつと共闘なんて、今日は最悪の日だな」
後ろから追ってくるジャックを渋い顔で見るアクライ。
まさかジャックにお願い事をするのが嫌だったから似合わない安い挑発でジャックをたきつけ作戦に協力するよう誘導したなどアクライ本人も思っていなかった。
↑↓←→
「――ぁ――ぁ――ぁ」
巨大イビルの中、ペスカは一人悲痛な声を上げ続けていた。
あの女悪魔と契約した後、ペスカの脳裏に今まで起こったすべての悪い出来事が一瞬のうちにフラッシュバックした。同時に壊れていたはずのペスカの心が修復されてしまった。
それにより今まで目をそらしていたもの、考えずにいたものが否応なくペスカにたたきつけられた。
脳裏に流れる出来事は一つ一つが言葉にできないほど悲惨で惨たらしく、十二歳の少年が狂ってしまうには十分すぎるものだった。
「ああ、ああ、やめて、やめて、もう僕をいじめないで」
ペスカの目にはセントラルの惨状、ペスカから逃げまどっている人々が映っている。しかし、それを気に留める余裕はペスカにはない。
「ああ、ああ、あああああああああ」
手足がイビルの肉に埋まっているペスカは頭を抱えることができない。だから頭を振り乱して発狂する。今のペスカを支配しているのはこれ以上悪いことが起きないでほしい、これ以上痛い思いをしたくないという悲痛な懇願だった。
「あ………」
しばらくしてペスカは事切れたように体をガクンとくの字に折った。ペスカの脳が限界を迎えたのだ。すでにペスカの周りはきれいな空き地となっている。瓦礫すらペスカの叫びにより吹き飛ばされたのだ。
「………………」
虚ろな視界の中、ペスカはある不思議な光景を見た。暗雲が敷き詰められた虚空より降り注がれる輝かしくも暖かい光、それがセントラル中央のある場所を照らしていたのだ。
ペスカはおもむろに体を動かした。あの暖かい光に包まれるために。光の照らす場所へその巨体を動かした。
「あぁ、あぁ、あぁ」
体は重く、思った通りに動かない。建物に体がこすれ痛みが襲ってくる。それでもペスカはあの光を求めた。あの光が唯一の希望、自分のどうしようもない状況をどうにかしてくれる希望の光であると信じて。
気づくと光は消えてしまっていた……それでもペスカが止まることはなかった。
↑↓←→
「来るぞ」
「ちっ、またかよ」
アクライの合図とともにアクライとジャックはその場を直ちに離脱、巨大イビルから距離を取った。
建物を使いながら巨大イビルを追いかけるアクライとジャック。巨大イビルは以前ホテル・ロイヤルキングへ直進しているのだが、時折操作を誤った車や崩れる建物の破片が巨大イビルを直撃、その度に巨大イビルは咆哮を放ち周囲を瓦礫の山に変えていっているのだ。
「これじゃあ、危なっかしくておちおち近づくこともできねぇ」
攻撃を受けてからの巨大イビルの咆哮には多少のラグがある。それを利用してジャックに胸を攻撃させ本体をあらわにさせる。その後、咆哮を発する前に露出した本体をアクライが喰らうというのがアクライの作戦なのだが……
「一瞬でもイビルの動きを読み間違えれば、確実に死だな」
「……まじかよ」
この作戦は後にも先にもタイミングが命である。
ジャックが攻撃をしかけ、アクライが追撃をする。確実に成功するためには一瞬で肉薄できるほどに巨大イビルに近づいていなければいけないのであるが、巨大イビルに近づきアクライがフィニッシュするまでの間に巨大イビルが音の爆弾を破裂させれば、アクライたちは衝撃波に巻き込まれ、死亡する。
そのためには何としても巨大イビルが咆哮を上げないタイミングを見定めなければいけないのである。普通に考えればそんなタイミングを読むなど未来を視るのと同じく不可能だ。故に運を頼りにするしかないのだが、
アクライには一つの確信があった。絶対にこの瞬間だけは巨大イビルはどんなこうげきをされても咆哮を上げないという瞬間、それは……
「見えたぞ」
ある建物の上部が見えた瞬間、アクライはジャックに視線をよこした。
「あ、あれが」
世界で一番発展目覚ましいセントラル中央。その中でも一際近代的な見た目の豪華な建物。それこそ先ほどまでアクライがいたホテル・ロイヤルキング。
「あそこで奴を迎え撃つぞ」
アクライの考えた巨大イビルを確実に葬る唯一の好機、それは巨大イビルが目的地ホテル・ロイヤルキングにたどり着いた瞬間に仕掛けるという一言で言うと待ち伏せ作戦である。あそこなら巨大イビルの動きに合わせてアクライたちが動く必要がない、イビルの方から自分たちに向かってくるのだから。それにあそこは貴族御用達の超一流ホテル。防犯の観点から半径十メートルの範囲に建物はない。予期せぬイレギュラーが起こる可能性も低い。
今回の作戦を実行するには絶好の場所なのである。
「あそこで奴を迎え撃つ準備をするぞ」
そう言ってアクライは動きを加速、並走していた巨大イビルを追い越しホテル・ロイヤルキングに向かう。
「ちっ、しょうがねぇ――」
先行したアクライの後を追ってスピードを上げようとしたジャックの目にある物が留まった。
するとジャックは巨大イビルを追い越す直前にUターンして巨大イビルへ向かっていった
「貴様、何をしてるっ」
アクライに背を向け巨大イビルに立ち向かっていくジャック。それを見て叫ぶアクライだがジャックに届くことはなかった。
「ちっ、くらえが、このくそイビル」
ジャックの爪が猛獣のように鋭いかぎづめに変化。空を切ると同時にジャックは地面から何かを拾い上げた。
斬撃はそのまま空気を切り裂き、巨大イビルの右足に深い傷を負わせた。
「――おお――おお――おお」
傷を負った直後、巨大イビルは咆哮を上げ衝撃波が炸裂、逃げようと跳躍したジャックだが、音の速度にはかなわず巻き込まれてアクライの近くにある建物まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
「貴様、何をしてるんだ……」
ジャックの勝手な行動に詰め寄ろうとするアクライ。しかし、ジャックのお腹にかばうようにして抱える五歳くらいの少女を見て足を後ろに引いた。
意識こそ失ってはいたがジャックのおかげで少女に大きなけがはないようだった。だが、
「ぐっ……」
ジャックは全身に大きなダメージを受けており、作戦の続行は不可能だった。
「馬鹿が」
アクライは一人で、その場から離れた。途中、避難を誘導していた秩序課の管理官にジャックが倒れている場所を伝え、アクライはホテル・ロイヤルキングへと向かった。
「ただでさえ時間がないというのに、あの馬鹿のせいで余計な時間をとらされたな」
ホテル・ロイヤルキングの屋上にアクライが到着したとき、すでに巨大イビルはホテルの十メートル先まで到着していた。
「あの馬鹿のせいでもう俺の作戦は使えん……ちっ」
巨大イビルがホテルに到着した時、どうなるのか。目の前のイビルは確実に悪魔と契約する以前の人格が崩壊している。悪魔と契約した瞬間自我を失うケースは珍しくない。失った自我が、何かをトリガーにして戻ることも。
間違いなく言えることは、イビルをこのホテルに近づけてはいけないということだ。
だが、今のアクライは九つあるダークアギトの内一つしか残っていない。すべての顎が残っていても厄介な巨大イビルを顎が一つしか残っていないアクライが相手にできるわけはなかった。
たった一つの方法を除いては
アクライはインスクリプションを開くと、聞いたことのない呪文のような言語を唱えた。
呪文を綴るたび、徐々にインスクリプションから不穏な光が発せられる。全身を紫色の光が覆われてもアクライは気にせず呪文を唱え続け、ようやく最後の文言を唱えた。
「愚者の妄言を喰らうため。世界の壁を突き抜け顕現せよ、シャドウバイト」
呪文を唱えると同時にインスクリプションが消失、アクライの全身を深い紫の光が包み込み、そして……
「ウヮオオオオオオン」
獣の叫びがセントラルの町に響き渡った。
光が霧散したとき、アクライの姿は二足歩行の獣に変わっていた。漆黒の毛皮に包まれた怪物。その顔は、アクライの操る黒い顎、ダークアギトの顔にそっくりだった。
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