第10話 嘆きの崩壊

地下より現れたイビルのせいでセントラル中央は恐怖のどん底に叩き落された。町中パニックで逃げ惑う人々で埋め尽くされ、突如として現れた超巨大イビルに情報は錯そう、人々を導かなければならない立場の国王、貴族院、秩序課も対応に二の足を踏まされていた。


そんな中、唯一この状況において組織という体裁を一切気にせず動けるものがいた。それが


「おいおいなんだよ、あのでかブツは」


処刑課の執行官だ。


ジャックは三階建ての建物と同じくらいの巨大イビルを少し離れた建物の屋上に陣取り、イビルの動向を注意深く観察していた。そこからジャックがわかったことは四足歩行の巨大イビルは逃げ惑う人々などに全く興味を示さずただ真っすぐにある場所に向かっているということだ。


(あの怪物、自我があるのか。それともイビルになる前の未練が関係してるのか……まあ、んなことは俺にとっちゃどうでもいいことだが。こんなばかでかいイビル、普通に攻撃して倒せんのかよ)


超巨大イビルは巨人の上半身と四本足のクモを合体させたような見た目をしており、歩く度に周りの建物に体をぶつけ町を破壊していた。


「ちっ、あのでかぶつにその気はねぇのかもしれねえが、あれだけでかけりゃあの巨体がそもそも凶器じゃねえか。しかも、あの体のあちこちから生えた鉄パイプみてぇなのはなんだ」


巨大イビルの下半身から生えた銀色の筒、その正体を見極めようとイビルを傍観するジャックの背後からため息交じりの声が聞こえた。


「パイプオルガンも知らんのか、野良猫」


突然背後から聞こえた聞きなじみのある声にジャックは「ちっ」と舌打ちで返した。


「てめぇも来たのかよ、野良犬」


イビルを観察していたジャックの隣にアクライが並ぶ。


「当然だろ、貴様らみたいな無能どもには手に余る相手みたいだからな」


「んだとてめぇ」


イビルを見るときよりもさらに鋭い視線でアクライを睨みつけるジャック。しかし、当の本人は殺気を隠す素振りもない視線などどこ吹く風でイビルの観察を続けた。


「本当に真っすぐロイヤルキングの方へ向かってるな。その間の建物などお構いなしに」


巨大イビルは地下から現れてずっとただ一直線にホテル・ロイヤルキングの方へ向かっていた。当然、イビルの現れた場所からホテル・ロイヤルキングまでの直線の間に多くの建物が建っているのだがイビルはその建物を片っ端から破壊していた。


「てめぇさっきまでそのホテル・ロイヤルキングにいたんだろう。こいつが向かう理由に何か心当たりは――」


「あるな」


「食い気味かよ」


ジャックの問いに間髪入れず答えるとアクライは腰のインスクリプションを静かに開いた


「お前、こいつの情報はすでに確認したか」


「あ、ああ」


めんどくさがりかつ活字嫌いのジャックはそれほどインスクリプションを読み込むたちではない。せいぜい読むのはイビルの名前とイビルになる前の直前の状況くらいだ。


「確か十二のガキだろ。なんでかわからねえがヒューマン・マーケットに捕まっちまって――」


「そのヒューマン・マーケットどもがついさっきまで宴会してたのがホテル・ロイヤルキングだ」


そのアクライの言葉でジャックはすべてを察した。


「……ちっ、くず共が。最後の最後まで面倒かけやがって」


「だからくずって言うんだよ」


再び忌々しそうな目でアクライの方を見るジャック。しかし、その視線はすぐに目の前で町を破壊するイビルの方へ戻された。


「で、どうすんだよ」


「何がだ」


「何がって、こんなばかでけぇイビルをどうやって」


ジャックがイビルから視線を外した瞬間、二人はすさまじい衝撃波に襲われた。


「なっ」


「くっ」


二人の体が宙に浮き、そのまま後ろの壁に激突させられた。


「痛ってぇ、いったいなんなんだ」


視線を外したジャックには何が起こったのかわからなかった。しかし、イビルから一度も視線を外さなかったアクライには今の衝撃波の原因がはっきりわかっていた


「イビルだ」


「イビルっ、俺たちに気づいて攻撃してきたのか」


目視でイビルを確認できる位置にジャック達はいた。もちろんイビルも目視でジャック達を確認できるのだが、今の衝撃波はジャック達を攻撃するための物ではなかった。


「違う、奴の足に建物のがれきが落ちてきたんだ」


「がれき……」


「要するに足の上に重たいものが落ちてきて叫んだら周りの建物ごと俺たちも吹き飛ばしたということだ」


「なっ、てめぇこんなときつまんねぇ……」


こんな時につまんねぇ冗談言うんじゃねえと言いかけたジャックは顔をこわばらせてイビルの方へ視線を動かした。


ジャックとアクライの付き合いはそれほど浅くはない。腐れ縁というやつだ。アクライがつまらない奴ということも冗談を言わない奴だということもジャックはよく知っている。故にさっきのアクライの言葉は見たものをそのまま言っただけ。つまり、事実なのだ。


「あの体に刺さったパイプはイビルの声を何倍にも増長させるものだ。あれでは攻撃した瞬間、音の壁に吹き飛ばされて全身ぐちゃぐちゃになって終わりだ」


「まじかよ……」


さっきまでの挑発するような軽さがなくなりジャックの声は真剣そのものとなっていた。


「……」


無言のアクライもまた全身から緊張をにじませる。


「攻撃すれば衝撃波、周りの建物は当然、攻撃したやつも衝撃波に巻き込こまれてジ・エンド……おまけに相手はちょっとやそっとの建物くらいなら簡単にへし折れるほど巨体」


(至近距離の攻撃はまず不可能。どんなに素早い能力を持ってる奴でも音速を超えるなんざ人の身じゃできねえ。遠距離攻撃が得意な奴らで囲って集中砲火するのが一番無難だが……)


ジャックとアクライが思案を巡らせている間に巨大イビルはセントラル中央の奥深く、中心部へと侵入し始めた。


「ちっ、こんなところであんな衝撃波をばんばん使われちまったらイビルは倒せてもこの世界の機能が停止しちまう。それじゃ元も子もねえ」


セントラル中央はこの世界のいわば心臓。そこに大ダメージが入り機能を失ってしまえばこの世界は世紀末を迎えてしまう。


「ちっ……」


着々とホテル・ロイヤルキングに近づくイビルを前にジャックは爪を噛んでいらだつことしかできなかった。


巨大イビルがどんどんセントラルの中央にその巨体をねじ込ませていく。その時、アクライが不意にジャックへ声をかけた。


「一つだけ、方法があるぞ」


ここに来て初めてアクライとジャック、二人の視線が真っすぐ交差した。


「……ほんとか」


ジャックは知っている、アクライがユーモアのかけらもないつまらない男だということを


「俺が奴を一撃で殺す(しっこうする)」


ジャックは知っている、こういう状況をこの男はいつも自分の力だけで打破してきたということを。


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