第4話

そこにいたのは、若い夫婦と赤ん坊、そしてその祖父母と思われる壮年の夫婦。


 幸せそうに、若い母親と赤ん坊を中心に、にこにこと皆、笑っている。


 俺はしばらく、目を離すことが出来なかった。


 すると、店員が気を利かせて「騒がしくて申し訳ありません。お席を移動しましょうか?」と静かに声をかけてくる。


「いや、そんな……」


「コーヒーのおかわりを持ってまいります。あのご家族は、祝い事でよく当店を利用してくださっている方々でして。今日も恒例のお誕生日、ということなので、お許しください」


 聞くと、10年ほど前からの常連らしい。


10年?10年も前から?俺に黙って?


 俺は目の前が真っ赤になった。その場で会計をすませて、店を出た。


アオイの誕生日の前の休日は、「友達と過ごす」と、一日出かけていた。

ユリがいなくなってから。


ずっと奴らはこの店で?


俺とユリとアオイの思い出の、ここで?


駆け落ちした男と?


  俺はふらふらと歩き、信号を渡った。携帯を取り出し、アオイにメッセージを送る。

 

 店の名前と、もう、会わない、ということを。


 後ろから「パパ!」という娘の声がした気がする。


 俺は背中を向けたまま歩き、「待って!パパ!」という娘の悲鳴を聞きながら、そのまま駅に向かい、電車に乗った。


 帰るまでに娘からラインや電話が無数にかかって来ていた。

 

 俺は携帯を解約した。


 もう二度と、奴らに関わりたくない。


 俺が懸命に娘を育てている間、奴らは俺を笑っていたのか?


 俺の人生はなんだったのか?


 ピエロのような情けない人生に向き合うのが怖くて、俺は前以上にひっそりと暮らした。


 時々、娘と女が来たことがあったが、無視した。手紙をポストに投函しているのも、読まずに捨てた。


ある日、娘が一人で来た。俺はいつものように居留守を使う。娘はドアの向こうで泣き叫んでいる。


「お願い、パパ。○○が病気で……。パパのドナーと、一致したの。あの子を助けてほしいの」


 俺が昔ドナー登録した結果と、娘の子供の血液の型が一致したらしい。


……花の名前にしたんだな。


 娘の名前は、女が名付けた。あとで調べると、花言葉や植生が恐ろしいものだとわかったが、女はどうしてもこの名前がいい、と、譲らなかった。


 その娘がつけた子供の名前は、美しい。俺はただそれだけ思った。娘が土下座しているような位置から声が聞こえる。


 なにも、感じない。不思議だ。


 あんなにかわいがった娘なのに。


 体を壊そうが、死んでも守りたいと思った娘なのに。


それから数日後、女も来た。同じように懇願するが、無視した。



 俺は田舎に引っ越した。奴らとはもう、関わりたくない。


 俺は情けのない、冷たい人間なのだろうか?


 娘の子供がどうなろうと、娘がどうなろうと、もう、何も感じない。


 他人だ。


 お前らなんか……。

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ゴジアオイ @mikotofumino

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