永遠のラストライブ~赤い髪のギターヒーロー~
白瀬隆
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ラストライブの前室で、ギターヒーローと呼ばれた僕の音楽人生を思い返した。赤い髪に奇抜な衣装とメイク、禍々しい変形ギターが僕のシンボルだ。そういうと容易に想像ができるであろうテクニックに偏った曲も多く作ったが、意外と僕の曲には簡単なものが多い。それは一つの大きなこだわりがあるからだ。
僕の曲にはギターの基礎的から応用まで、たくさんのテクニックが詰め込んである。つまり、簡単な曲から難しい曲まで、僕の曲をすべて弾けるようになるころには、一人前のギタリストになっているように曲を作ってきた。僕を追いかけてくれる人たちのためのプレゼントを用意する。それが僕のこだわりなんだ。
幸せなことに、僕の曲に共感してくれた多くの少年たちが、僕の真似をしようとしてくれた。まさか見た目まで真似をしてくれるとは思わなかったので、僕は彼らに新しくプレゼントをすることにした。僕の変形ギターの低価格モデルを発売したんだ。彼らはこぞって買ってくれたという。まったく、そんな少年たちの頭を一人ずつ撫でてやりたい気分だ。
そんな幸せな音楽人生も今日で終わりだ。正確にはあと3時間といったところか。僕のギターもカボチャに戻る。そんな時間がやってくる。少し格好をつけすぎた言い方だが、最後の日だ。許してほしい。
僕はステージに上がった。
立てかけてある変形ギターを眺める。寂しそうなわけでもなく、恨み言をいうでもなく、いつもの顔をしている。さあ、凶暴な曲をやろう。そんな声をかけてくれそうだ。僕は彼を抱え、いつもよりボリュームを上げる。音響スタッフがすぐに調整することは分かっているが、彼も大きな音を鳴らしたいだろう。彼にもあげよう。最後のプレゼントを。
ライブは盛り上がりながらも悲しみに包まれていた。僕と同じメイクをした少年や少女は涙で顔がドロドロになっている。僕はライブでは喋らないのだが、最後にお礼を言った。
ありがとう
ステージを降りていく背中に、僕の名前を呼ぶ声が突き刺さる。
逃げ切った。控室で僕は一人にさせてもらった。もう、僕の時代が終わろうとしていることは分かっている。世間では路上でラップをしている若者が増えている中で、僕のように派手な化粧をしたギタリストがヒーローとして君臨できる時代はもうすぐ終わる。引き際を考えなければ、無様なだけだ。
そして、僕は忘れ去られなければならない。僕の爪に塗られた黒いマニキュアの下には悲しい色が染みついているんだ。悪性黒色腫とかいう病気で、もうすぐ死ぬらしい。同情されながら音楽を続け、バラードの名曲で伝説を残すようなロックミュージシャンにはなりたくない。僕の最後は変形ギターを手にした姿でありたかったんだ。少年たちもそう望むだろう。
僕は安堵した。やっと僕は、僕らしくこの世から消えていくことができる。僕は満足しているし、少年たちにも情けない姿を見せずにすんだ。この控室にまで響いてくる叫び声を聞くと、地獄に落ちることはないだろうと思える。きっと待っているのは天国だ。
しばらくするとスタッフが花を持って入ってきた。涙を流しているものばかりだ。無理もない。支えてくれた彼らに見せた最後のステージだったし、僕の命もあとわずかだ。
みんな、ありがとう
誰もが嗚咽しながら涙を流してくれている。たくさんの花が手渡された。するとスタッフの一人が、僕に手紙を差し出した。
「もう手紙なんていいよ。気持ちは伝わっているから」
しかし首を横に振るばかりで、何も言わない。仕方なく僕は手紙を開いた。
~~~~~~
いつも格好いい姿を見ています。
僕は17歳の高校生で、ギターを始めて3年になります。
ほとんどのあなたの曲を弾けるようになりました。
ただ、せっかく弾けるようになった曲たちですが、また弾けなくなりました。
そういうと大したことではないようにきこえるかもしれませんが、体も指も動かなくなってきたんです。
筋萎縮性側索硬化症という病気で、徐々に筋肉が動かなくなっていくそうです。
そして、あと3年くらいで死ぬらしいです。
ライブにも行きたかったです。
でも、その代わりに最後まであなたの曲を聴きながら生きようと思います。
本当は、僕が死ぬまで、あなたにはヒーローであり続けてほしかったです。
あなたの姿を見続けたかったです。
生きているうちにもう一度、あなたがギターを弾く姿を夢に見ながら、病気と闘います。
長い手紙でしたが、読んでくれてありがとうございます。
~~~~
僕は手紙を握りしめた。このままでは彼に放り投げた夢のかけらを、僕が踏みつぶしてしまうことになる。そして同じような少年たちもいるかもしれない。ベッドの上で死ぬヒーローと、ステージの上で死ぬヒーロー。彼らはどちらをみたいか。答えは言うまでもない。
僕は変形ギターに目をやった。もちろん彼は無言だ。ただ僕には彼の声が聞こえたんだ。
「もう一曲くらい凶暴な曲をやろう。客がいなくても」
スタッフにたずねた。
「カメラは回せるか?」
みなうなずく。僕はステージに向かう。
ステージに上がると、客は帰っていなかった。歓声に包まれる。僕はギターを抱え、マイクの前に立つ。そして普段喋らない僕が、めずらしく静かに語り掛ける。
「僕は、引退を取り消す。ただ、僕は病気なんだ。もうすぐ死ぬ。だから、今夜から空いてる場所ならどんな小さなライブハウスでも歌うよ。僕は、最後までロックスターでありつづける」
悲鳴まじりの歓声があがり、照れ臭くなった僕はギターに目をやった。珍しく笑いかけられた気がした。
さあ、天国に向かうライブツアーが始まる
夢を背負っているんだ
最後まで格好つけてやらないと
永遠のラストライブ~赤い髪のギターヒーロー~ 白瀬隆 @shirase_ryu
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