霧の行方

サマモト

第1話

人通りの多い場所を避けて、シャッターの降りた個人商店のひさしの下に潜り込み、積まれた段ボールの陰にしゃがみ込む。

それで隠れられているわけではないが、気休めにはなるだろう。

少女はひとり、霧の立ち込める街中で霧が晴れるのを待っていた。

霧のない場所に移動した方が安全ではあるのだが、霧が出てからの時間や土地勘のなさから、おとなしく待つことを選んだのだが、間違いだったのかもしれない。

遠くで悲鳴のようなものがこだましているが、少女は聴こえないふりをする。


平静に、冷静に。

霧の中でパニックを起こすことは、そのまま死を意味する。

これが普通の霧であれば、と何度祈ったかもはや覚えていないが、その祈りが神に届いたことは一度もない。


---

少女が友人たちと散策に出たのは、霧が発生するよりさらに2時間ほど前の話だった。


少女にとって霧は解くべき謎であり、忌むべき敵でもあった。

そしてそれは少女の友人たちにとっても、理由の違いはあれど、同じく解明と解決のためなら命も賭さないと言えるほどの存在だった。


「アキハ、今度こそ間違いないでしょうね?」

アキハと呼ばれた金髪の少女は大きく頷き、

「間違いないよ、今日こそ霧は出るはず。アタシのカンもそう言ってる!ミノリこそ大丈夫なの?また忘れ物してない?」

「し、してるわけないでしょ!前はアンタがいきなり誘うから準備ができなかっただけじゃない!」

「あれー、そうだっけ?まあいいや。シオはどう?緊張してない?」

シオと呼ばれた小柄な少女は小さく頷く。どうやらあまり人と話すのは得意ではないらしい、アキハとミノリの会話にも積極的に関わろうとする気配はない。だが二人にはそれで十分伝わったようで、微笑み合う様子からも、三人の仲は良好であることが窺える。

「シオに霧の調査を手伝ってもらうのは正直不安なんだけどね。でも今は一人でも多くの調査員が必要だし、頑張ってもらうわよ。」

ミノリと呼ばれる少女は、もうじき梅雨入りするであろう時期には似つかわしくない、萌黄色のロングコートをひらりとなびかせ、

「じゃあ、行くわよ。くれぐれも気をしっかりね。」

はーい、といまいち気の入らない返事をしながらも、アキハとシオはミノリの後を追う。

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少女が休息を取り始めてから20分ほどしたころ、霧の晴れる気配を感じた。

ようやく解放される。と気を抜きかけた瞬間、ガタン、と崩れる音がする。

少女がもたれかかっていた段ボールの反対側で誰かが同じように霧が晴れるのを待っていたのだろうか。

あるいは、霧のかもしれない。

緩みかけた気を張り直し、様子を伺う。


「…誰かいるの?」

恐る恐る声をかける。返事はない。



何か動きを見せるかと身構えていたが、一向に動く気配がないため、少女は身を乗り出し、相手の正体を伺うことにした。




男が倒れていた。おそらく意識はない。慌てて駆け寄りそうになり、踏みとどまる。

霧が晴れていない今、不安を抱くことは、文字通り死を意味することになる。


今の霧の色は『青』。強い『不安』の感情を抱くことはタブーである。

霧はだいぶ晴れてきてはいるが、どのくらいの濃度なら発症しないのか、少なくとも少女は知らない。確実に生き残るためには、とにかく感情のコントロールが大切だ。



2、3度深呼吸をし、再び倒れた男に近づく。

動き出しそうな気配はない。

嫌な予感はするが、霧の中ではむしろ予感などという曖昧なものでなく確信していた方がいい。だから少女は、男がすでに『発症』しているとあえて確信した上で近づく。


肩に手をかけ、軽く揺する。反応はない。

首筋に手を当て、脈を測ろうとしたところで、ぬるっとしたものに手が触れる。確信して近づいたつもりだったが、物陰で暗く見えづらいため逆にその発想がなかった。


男は、その手に握りしめられたナイフのようなもので首を切って死んでいた。

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