第4話 私は私のままで

 久しぶりに行った学校は超楽しかった。

 社会人になると学生の楽しさがよく分かる。学生の時は「勉強めんどくさ~」と思うけど、学校の勉強ってものすごく上手に作ってあるのよね~。さすが何年も積み上げられてきた実績! だから学生時代にジャンプするたびに勉強してる。勉強楽しい!

 それに学生だった時には全く気が付かなかったけど、誰が誰を好きとか、誰が誰を嫌ってるとか、ぜ~~~んぶ分かっちゃうものだね。

 そりゃ私は二十五歳だし、その中でも二十回以上ワールドジャンプして他の人生を味わってる。

 だから同じ二十五歳でもわりと考え方開けちゃってるなあ~と思うけど。


「だからさあ、九曜さん、私のことを付け回さなくても大丈夫だよ」


 私は屋上で少し大きめの声を上げた。

 すると階段部分の後ろから、九曜さんが顔を出した。

 

「……なんでいると分かったの?」

「前の校舎のガラスに君が入ってくるのが見えてたよん」

「……そう」


 そうそう。私は九曜さんが見えるほうを向いて座った。九曜さんは隠れて屋上に来たのにバレてしまい、バツが悪そうに視線を外した。この九曜さんという人、吉岡柚子の日記には一度も登場していない。だから友達ではないはずだ。

 そもそも吉岡柚子は学校では全く話をしていなかったようで、クラスメイトに話しかけるだけで驚かれた。

 吉岡柚子の日記に出てくる他人は原圭吾くんだけだ。というか、途中から原圭吾くんとのラブラブ生活が書いてあったので、恋人なんだろうと思ってたけど、実際会ったら他人行儀だったので、妄想か~~いと心の中でツッコミを入れてしまったくらいだ。


 でもまあ、そこが良いと思って吉岡柚子を見ていた人がいたのね。


 ワールドジャンプするときにどうしよっかな~と毎回色々試しているのは、違うワールドから来たことを、既存のワールドの人に伝えるかどうかだ。

 これも色々テストしてて……伝えると九割の人が「こいつ頭おかしい」という。

 たった一割信じるのは『ワールドジャンプ前の本人を好きだった人』だ。

 九曜さんは間違いなく後者。だから元に戻ることは教えてあげたい気がする。

 でもこれ、めちゃくちゃ難しいのが「私の今見ている景色は、元の吉岡柚子も見ている」ということ。

 だから今吉岡柚子は私の世界で驚いてると思う。なんで九曜さんが私に話しかけてるの? って。

 そういう「初めて」は、なるべく本人に味合わせてあげたいんだよねえ~。

 まあこの様子だと、どうやらストーキングしてたっぽいから、本人が入ってる時に九曜さんが動くか知らないけどさあ。

 だから、なるべく違和感なく『両者に教えてあげたい』。

 私は風で暴れる髪の毛を耳にかけて笑顔を作りふり向いた瞬間……耳にホワリと熱を感じた。耳が掴まれて引き落とされた感覚があり、一気に視界が暗転した。



 は?



 気が付いたらどこまでも水平線が見えるような大地のど真ん中に立っていた。

 足元を見るとそこに大地はなく、宙に浮いているのが分かった。私の真横をすさまじい速度で雲がすり抜けていく。髪の毛が風で暴れて急降下している感覚がすごい。

 うっほ、ちょっと待って。ワールドジャンプして更に飛ばされたのなんて初めて! うっひょー!

 気が付くと目の前に九曜さんがいた。

 九曜さんの髪の毛は一糸乱れるなく平然としている。なるほど、ここは『彼女の世界』か。

 九曜さんは表情ひとつ変えずに口を開く。

 

「……なるほど。中に誰か入ったのね。貴女、何者?」

「そんなこといったら、貴女こそ何者よ! って、落ちてる、落ちてる、怖いんだけど。分かった分かった、説明するから!」


 私がそう叫ぶと九曜さんは歩くことなく私に近づいてきた。


「説明なんて要らない。ただ吉岡柚子を返してほしいの」

「……すぐ返すことも出来るけど、貴女に会ったことでこのワールドに興味が出ちゃった。私は好きな人を探しにきてるだけなの。一週間調査させて。ただね、普段の私には普通に接したほうが良いわ。私の視界は吉岡柚子に繋がってるから。ストーカーしてるってバレちゃうよ? それが取引条件。一週間友達としてよろしく!」

「クソ女。約束よ」

「あいあいさ~!」


 っ……。

 気が付くと元通り、学校の屋上にいた。ふぃ~足が地面についてるって落ち着くね!

 九曜さんは何事もなかったような表情で立っている。ひえええ……この子、マジで何者なの? 

 ま、私に言われたくないよね~。気を取り直して背を伸ばす。


「……九曜さん、何か用事かな? ひょっとして頼んだ委員会、無理っぽい? それなら私が行くけど」

「……それは大丈夫」

「そっか。あ、私がちょっといつもと違うのが気になる? ごめんね、頭打った後遺症かも知れないけど、少しなんでもしてみたい気持ちになって。『でもきっとすぐに戻ると思う』」

「わかったわ」

「私の変化に気が付いて、気にしてくれて、ありがとう」

「うん、気になって。そっか、戻るのね?」

「うん、戻るわ」

「あのね、これを渡しにきたの。前に忘れて行ったでしょ? ずっと気になってて」

「そうだっけ。ありがとうー」


 そういって九曜さんは何かを私に押し付けて去って行った。

 見てみると、それは折り紙で作ったカエルだった。なにやら可愛いシールが貼ってあって、お尻の部分を押すとピョコンと跳ねる。

 ……大丈夫? なんか強烈な呪いとか入ってない? いやあほんと、色んな人がいるなあ。

 でもああやって私を追い出せる能力がある人がいるワールドなら、私がずっと探してる『彼』も関連ワールドにいるかも知れない。

 これは要検査だわ。

 私はカエルのお尻をピョコと押して屋上に転がった。






 あのカエル。私は画面を見て驚いた。あれはたぶん私が作ったものだと思う。

 私は折り紙が好きで、たまに動画サイトを見ながら折り紙を作っている。それは主にいつもの公園で。

 私は両親が喧嘩してるのを聞きたくなくて、いつも家から少し離れた所にある公園にいた。

 そこは遊具がある場所、何もない草むら、小さな池がある場所、ベンチのある場所、何か所かに分かれているので誰かが来たら別の場所に移動すればよい。だからいつもその公園にいた。その前は小さな公園に居たんだけど、長時間同じ場所にいたら「小さな子がいる」と一度警察に通報されてしまった。 

 それでお母さんにすごく怒られたので、あれからは一時間ごとに公園の中を移動して……なるべくギリギリまで家に帰らないようにしていた。

 ベンチと机がある席にいる時は、折り紙を作っていた。

 あのカエルはその時に作ったものだと思う。あの貼ってあるシールは当時歯医者さんにいくともらえたシールで私は大切にストックしていた。

 だから間違いない。

 でもあの公園にいたのは主に小学校から中学校の間。高校に入ってからはバイトを始めたので行ってない。

 作って忘れたとしたらそれくらい前の……? でも高校の時も数回学校で作った気がする、覚えてない。

 なによりどうしてあれを学校で一度も話したことがない九曜さんが持っているのだろう。 

 あの公園に九曜さんもいたことがあるの? 分からない。周りなんて気にして折り紙をしたことがない。


 そして九曜さん……『戻るの?』と言っていた。


 みんな私が頭を打った後遺症でおかしくなったと思っている。

 お母さんもお姉ちゃんもクラスメイトもみんな。きっと今からノートを渡しにいく原くんもそう思っているだろう。

 でも九曜さんは『戻るの?』って。

 つまり本当の私を知っているということだ。どこかで見ててくれたのかな。

 それともカエルを忘れたのを気にしていたのかな。悪いことをしてしまったかな。


 でも私は、ずっとずっと自分をただの空気だと思っていた。

 誰にも目に留められない、ただの空気。でも……誰かの視界に入っていたことがあるのね。

 ものすごく意外。元の世界に戻ったら……と思って画面に触れて、頭を振った。

 いいえ、きっと私は変われない。そんな、こんな風に人と接することはできない。


 今画面の中で『私』は原くんの家に行ってノートを渡して、お姉さんの子どもと一緒に公園に遊びに行きはじめたのだ。

 お姉さんは熱があり、原くんはパン屋さんを手伝っている。だからお子さんが元気を持て余していたのだ。

 それをみた『私』が、私がひとりでぼんやりしていた公園に誘って一緒にブランコで遊んでいる。

 私がいつもただ時間をつぶしたブランコで、原くんのお姉さんの子どもと一緒に遊んでいるのだ。

 あまりに楽しそうにあそんでいるので、他にも数人の子がまじって、ついには五人くらいで鬼ごっこを始めた。

 冗談じゃない、私はこんなことできない。

 子どもに何かあったら? もし怪我をさせたら? 泣いたら? どうしたらいいの?

 何も分からない。そもそも私なら、パン屋に原くんがいた時点で逃げ出している。

 こんな風に、私は絶対にできない。

 どんなに無理をしても、出来ないと断言できる。

 なぜなら心が疲れてしまうからだ。

 人気がある原くんと一緒にいるということは、その分、目立つということだ。

 それはすなわちイジメられるということに繋がる。

 原くんと一緒にいて許されるのは、それさえも背負える人のみ。

 私はそんなの絶対に無理だ。私はただ見ていたいだけ、こんなに近くに行きたいとは全く思わない。

 妄想しているほうが楽しい。妄想の世界は私を傷つけないから。


 でも……と画面に触れる。


 これはまさに妄想の世界。それが私主演で演じられているようで、もう十分だと思う。

 それに『この私』なら、誰にイジメられても蹴散らすんだろうな……と容易に想像が出来た。


 こうはなれない、なりたくないし、なろうと思わない。

 そうなりたいと憧れて、願っていたからこそ、心がつらい日もあった。

 でも実際目にしてみると、これはありえないわ。

 そう分かって、少し笑ってしまった。

 


 ここにきてきっかり一週間後、私は元の私に戻った。

 眠った夜からの繋がりのように、同じ世界で地続きのように、長い夢を見ていたように、ストンと目覚めた。

 布団から出て椅子に座って日記を確認すると、一ページだけ書いてあった。私の字じゃない、もっとアグレッシブな暴れるような文字。そして『何か言われたらさあ、「後遺症が!」と言えば問題なし。お邪魔しましたー!』と書いてあった。

 この人ほんとうに自分勝手であまりに適当だわ。

 私の世界にきて全てをひっかきまわして、一週間で去って行くなんて……迷惑すぎる。

 でも、私はこの『私』を別の人格として好ましく思う。会えないのかな。話してみたい。気になるわ。

 今まで友達がほしいなんて思ったことないけど、友達になってみたい。


 私はスマホに記入された家事分担票を見た。

 『私』が来た時に、平等に家事をしろと『私』が叫んで、家事が分担されたのだ。

 それに……机に上に美容院の割引チケットが置いてある。

 これは姉が「これ私が行ってるところ。髪の毛わりと良い感じになるよ~」と言って渡してくれたのだ。


 覚悟さえあれば世界は容易に変わっていく。

 でも私は、ああいう風には出来ない。初対面の人は苦手だし、緊張する。

 人に触れるのも苦手だし、バイトしてる人に話しかけたりできないし、子どもとなんて遊べない。

 あれもこれも、私にはできない。


 でも私ができることを見てた人がいる。


 私は日記の横に置いてあったカエルの折り紙のお尻をクッと押した。

 カエルは、ピョコンと跳ねて空に消えた。


 私は私のままで生きていく。

 それでいい。


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