第2話 転校 後編

――― 次の日 僕は転校してから初めて 学校に行きたいと思った

理由は分かっている ハツミが居るからだ

誰かに会いたいなんて思ったのも初めてだった


その日の昼休み

いつも通り寝ていると

「ねえ小宮山さあ…」

ハツミだ

顔を上げようとすると 頭を抑えられる

そして小さな声で…

「今日のブラは何色でしょうか?」

「!」

「いつもじっくり見てるもんねー どこ見られてるか分かるんだよ?」

僕は顔が赤くなるのが分かった

「ご…ごめん」

「あ イヤミじゃないよ こっちだって透けてるの分かって着てるんだし」

「はい 5…4…3…2…」

むらさき

「紫ね?じゃあ 顔あげていいよ」

なんだこれ すごいドキドキする

ゆっくりと顔をあげる…

白だった

「残念でした~ …自分で言っといて何だけど 恥ずかしいわコレ…」

と言って 胸を隠すようにするハツミ

その仕草しぐさがすごく可愛くて 僕は耳まで真っ赤になって 顔を伏せた

「てゆーか 紫が好きなんだー やらし~」

「水色…」

「ん?」

「好きな色は水色だよ」

ハツミが初めて話しかけてくれた時に着けていた色だから…とは言わない方がいいだろうな…

「ふ~ん …水色ね~」

「な…なに? 水色が好きじゃおかしい?」

「ん~ん 別におかしくは…」とハツミが喋っている途中でそうっと手を伸ばす

「うわ!危ない!油断してたよ」

「いつも同じじゃダメだと思ってさ フェイントだよ?」

「いや どんだけ触りたいのよ? あーあぶなかった」

ハツミが離れていく


その日の夜 

僕は学校が楽しみだった

ハツミに会いたいと思った

季節は梅雨だけど僕の心は晴天だった



――― そして次の日の昼休み

僕は寝ている

「ねえ小宮山」

ハツミだ

「今日は水色だよ」小声でささやいてくる

僕はドキドキしながら顔をゆっくりあげる

ピンクだった

「ハイ残念でした~ 世の中そんなに甘くないよ?」

と いたずらっぽく言われた

「世の中って…大袈裟おおげさな… まあ でも確かに 良い事ばかりじゃないよね 悪い事ばかりでもないけど」

(ハツミのおかげで)

僕は顔を伏せる

「そうだよね… 悪い事の後には 良い事があるよね?…」

ハツミのその言葉に違和感を感じた

「ハツミ 何かあった?」

「ん~ん… 何もないよ…」

やっぱり何か…いつもと様子がちがう…

「あ 明日は水色にしてあげるよ」

無理やり話題を切り替えられた気がしたけど ハツミが話したくないのなら無理に聞くのはやめようと思って 僕はハツミに調子を合わせて

「はいはい 楽しみにしておくよ」

と言いながら 手を伸ばす

「おっと これは読んでたよ 残念でした」

ハツミが離れていく


その日の夜 僕はハツミの昼間の様子がいつもと違っていた事が気になっていた

誰かの為に何かしてあげたいなんていままで考えた事もなかった 

いつも一人で自分の事しか考えていなかった僕が ハツミの力になれるかは分からないけど なにか悩みがあるのなら力になりたいと思った

明日聞いてみようかな…



――― 次の日の昼休み

「ねえ小宮山さー 今日の放課後って空いてる?」

「放課後?」

僕はゆっくり顔をあげる


水色だった


「あ… 水色…」

これって僕の為に着けてきてくれたんだよな… 


嬉しいって言うか すごい恥ずかしい! なんだコレ!うわ!めっちゃ恥ずかしい!


僕は動揺を悟られない様に顔を伏せる

「えーと… その… ありがとう?…」


「あ… うん… やば コレ すっごい恥ずかしいんだけど…」


ハツミも恥ずかしいんだ… うわー ドキドキする…


は! じゃない 昨日の事を聞かないと…

「ハツミ 昨日さ…やっぱ なんかあったんじゃないの?」


「え? …うん… まあ…」

それきり黙ってしまう


やっぱり話しにくい事なのか… どうしよう…

「まあ… 無理にとは言わないけど 聞く位は僕にも出来るから…

話せる様になったら いつでも言ってよ」


「うん…ありがと…」


それきり会話が止まってしまう…


「……」


「……」


僕は沈黙に耐えきれずに 手を伸ばした


むにゅ

「!?」


え? 何? この むにゅん というか ふにゅ? ふわ? ぷに?

やわらかいのに弾力がある この幸せな感触はまさか!?


僕はガバッと顔を上げた

僕の右手は間違いなくハツミの胸を触っていた


僕は慌てて手を放し ハツミの


「あーあ とうとう触られちゃった」と言って 照れた様に笑った


「え え? な なんで…?」


「小宮山って いいやつだね」


「え?」


「私さ… 転校するんだ… だからこの学校はなの…」


「放課後 ここで待っててくれる…?」

僕の目を見てハツミはそう言った


「え? え?」

あまりに急な事に返事が出来ずにいる僕を置いてハツミは離れていった



僕は混乱していた ハツミが転校?今日で最後? え? 冗談だよな? 僕をからかってるだけだろう?

でも別れ際のハツミの悲しそうな笑顔は冗談には見えなかった…



放課後の教室で僕は一人 自分の席に座りハツミを待っていた

何をするでもなく 教室を見まわしたり 校庭の運動部を眺めたりしていた

今日は梅雨つゆ中休なかやすみで 青空が目に痛いくらいだった

誰もいない教室はとても静かで 見慣れているはずなのに何故なぜか不安な気持ちになる


少し眠気を感じ 僕はいつも通り顔を伏せて目を閉じる

校庭の運動部の声を聴きながら微睡まどろんでいると

廊下を歩く足音が聞こえてきた

僕は顔をあげて 教室の入口を見る

開けっ放しのドアからハツミが顔を出す


「あれ? 起きてるとは思わなかったよ」笑顔のハツミが言う


「寝てなくても死んじゃう訳じゃないからね」と僕も笑う


ハツミはいつも通り僕の前に立った

「待っててくれてありがとう 転校の手続きをしてたの」


「本当に転校するんだ?」


「うん…」


「でも そんな事 先生もクラスのみんなも何も言ってなかったよ?」


「私が先生に頼んだの みんなには知らせないで欲しいって だから 知ってるのは小宮山だけだよ」


「なんで… 僕にだけ?」


「それは 私の勝手かってに巻き込んだおびって言うか… あのさ… 小宮山に聞いて欲しい事があるんだけど 聞いてくれる?」


「うん… いいよ」


ハツミはふうっと息を吐いて自分を落ち着かせてから話し始めた

「私の両親さ…すごい仲が悪くて いつもケンカばかりしててさ だから私 家に居るのが嫌で嫌でしょうがなくて 高校卒業したら就職して 少しでも早く家を出たいって思ってたの

自分で言うのも何だけど 家事とか料理とか結構得意だし 体力にも自信あるしさ バリバリ仕事してお金を稼いで 自分1人で生きていこうって 1人暮らしを満喫してやるんだって

でも 先月 私の知らないうちに離婚が決まってさ 県外の母親の実家で暮らす事になったの 本当に急な話でふざけんなって思ったけど今の私にはどうする事も出来なくて…

それで 県外から通うのは無理だから 転校もする事になったんだけど 親が離婚するからって知られるのが恥ずかしくて みんなには黙ってて欲しいって先生に頼んだの」


「そうだったのか…」


「引っ越して 転校して 全然知らない場所で 誰も私の事を知らない学校に通うのって やっぱり不安だったけど きっと大丈夫って思ってた

でも 転校の日が近づいて来るにつれてだんだん不安が大きくなってきて」


「そしたら 小宮山が転入してきてさ ああ 新しい学校に来るってこんな感じなんだなあって ちょっと自分の未来と重ねて見てたんだよね

それで どんな風にみんなと打ち解けていくのかなあって思ってたら 打ち解けるどころかずーっと寝てばっかりで誰とも話しすらしないじゃん?

それ見てたらもう不安っていうか 怖くなっちゃって え?私も新しい学校で1人ぼっちになっちゃうの?って

でも 転校する前からこんな弱気じゃだめだ 1人でも大丈夫なくらいに強くならなきゃと思って… だから私は勝手に決めたの お互い知らない同士の私と小宮山が仲良くなれたら 私は転校先でもやっていけるって」


「ああ それでいきなり僕に話しかけてきたのか… ハツミの勝手に巻き込んだって言うのもそういう意味か」


「そうなの…ごめんね

私 最初 きっと小宮山は引っ込み思案でクラスメイトに話しかける事が出来ないんだと思ってたの

だから とにかく何でもいいからまずは話しかけようと思って声を掛けたら すっごい冷たい反応されて…」


「いきなりだったから どう答えていいか分からなかったんだよ からかわれてると思ったし…」


「それで 回りくどい事してちゃだめだと思って ストレートに聞いたら 何かイジワルしてるみたいな聞き方になっちゃって… 胸は触られそうになるし…」

「いや あれはホントに違うんだよ」と焦る僕

「分かってる 冗談だよ」とハツミが笑う


「でも 無反応で冷たくあしらわれるよりもマシだったから 強引だけどワザと怒らせるような事を言って弱気のからを破らせようと思ったの」


「ホントに強引だったよ あの時僕は本気で頭にきていたんだよ? その後 神田にもからまれるし 勘弁してくれって思ったよ」


「ごめんね… でも私 あの一件で小宮山の事見直したって言うか あれ? 何か 引っ込み思案でもないし弱くもないじゃん? むしろ神田に歯向かうなんて あれ?

私もしかしてすごい勘違いしてた?と思って そしたら 話しかけられるのは迷惑だってはっきり言われて

それで分かったの 小宮山は1人ぼっちなんじゃなくて 1人で平気なんだ って 弱いんじゃなくて 1人で平気なくらい強いんだ って

私の勝手な思い込みで 余計な事言って怒らせちゃって とにかく謝んなきゃと思ったら 悪いのは僕の方だって許してくれて

普通に話してくれる様になって ハツミって呼んでくれて 頭が良いって事も分かったし  私の事を気遣きづかってくれる優しさもあって…

びっくりしたよ 小宮山は1人なのに強いんだと思って 1人でも大丈夫なんだって…

すごい勇気をもらえたよ 私もきっと1人でも大丈夫って思えた 最初の計画通り小宮山とも仲良くなれたしね」


「だから ありがとう」


「これだけはどうしても伝えたくて…」

 ハツミは僕の目を見て 真剣な顔でそう言った


「…ふう まいったな… もしかしたらこのまま 僕が強いふりをしておいた方が良いのかも知れないけど 3つほど訂正があるよ」


「え?」


「まず第一に 僕は強くなんかない ハツミの言う通り 僕は他人と関わる勇気がない弱い奴なんだ だから極力1人で居る様にしていたんだ 

1人で居て何も問題なかったし 他人と関わると神田の時の様に面倒な事になる だったら1人で居た方がはるかに気が楽だし 仮に僕に何かあったとしても誰も困らない それが1人で居る事の強さ だと思っていたんだ 1人で居た方が強い と思っていたんだ…

でも ハツミが話しかけてくれる様になって 考えが変わったんだ

最初は なんだコイツ変な奴 僕にからんでくるなよ放っておいてくれ と思っていたのに 

いつの間にか ハツミが話しかけてくれるのを心待ちにしている自分に気が付いたんだ 

他人と関わる事があんなに嫌だったのに ハツミとの関わり合いが やり取りがうれしくて 楽しみになっていたんだ

そして僕は気付いたよ 1人で居た今までよりも ハツミに会いたいと思う今の方が

はるかに強いって

ハツミに会う為だったら 嫌いな学校にも来るし 神田みたいな奴が居ても関係ない ハツミのおかげで僕は を知ったんだ

人は1人でも大丈夫かも知れないけどちっとも強くなんてない 2人の方がもっとずっと強くいられる これが2つ目

そして3つ目 僕はもう人と関わり合う事を恐れない 全部ハツミのおかげだよ だから お礼を言うのは僕の方だ」


「ハツミ ありがとう」

僕はハツミの目を見てそう言った


「うれしい すごく嬉しいよ… でも… なんで… せっかく1人でも大丈夫って思えたのに 1人でも頑張ろうって思えたのに なんでそんな事言うの? 私は1人になっちゃうのに…小宮山とも もう会えないのに…」

ハツミは今にも泣きだしそうだった


「それは違うよ いや半分は合ってるか… 確かに 僕たちは簡単には会えなくなるね けど ハツミは1人じゃないよ」


「今からすごく偉そうな事言うから そのつもりで聞いて欲しいんだけど 

ハツミ まずは母親と向き合え ハツミはこんな僕の心すら開かせたんだ 実の母親と向き合えないはずはないだろう? 分かり合えないはずがないだろう? 

それに ハツミには友達や知り合いもきっと沢山たくさんいるだろ? 毎日会えないと友達じゃなくなるのか? そんな事ないだろ? 1週間会えなくても 1か月会えなくても 1年会えなくても 友達は友達のままだよ ただ 会えない時間が長くなるだけで お互いがお互いを完全に忘れ去らない限り友達のままだ 

だからハツミは

新しい学校にも出会いが必ずあるし ハツミが仲良くなろうと思えば誰とだって仲良くなれるさ だって最高難度の僕を落としたんだから

それと…迷惑だろうけど 僕もハツミの友達のつもりだから 七海一海ナナミカズミ 名前も顔も完全に覚えたからな 

八海ハツミの名づけ親だし? ハツミの笑顔も 声も 容姿も 強引な所も 反射神経が良い所も しゃべり方も 会話の内容も 僕は忘れないよ 言ったろ?僕は記憶力には自信があるんだ 僕との関係を断ち切れると思うなよ?」

僕はニッと笑う


「…ホント 偉そうに… こんなに偉そうな友達は初めてだよ…」

ハツミが弱々しい笑顔を見せる


僕はハツミの目を真っすぐに見て

「特に! 水色のブラを着けて来てくれた事と

おっぱいの感触は絶対に忘れない!!」

と右手を握りしめる


「うわ… さいてー」

と言ってハツミが笑う


「やっぱり 笑顔の方がいいよ」

と僕


「小宮山…」

「! …あぶなっ ちょっとかすったよ」

と胸をおさえ いつもの笑顔に戻る


「じゃあ私からも小宮山に もう1つ言っておくよ 

もう うつむくのはやめなよ 結構いい顔してるんだからうつむいてたらもったいないよ」


「え?本気で言ってる?」


「私の目にはそう映ってるけど?」


「う… そんなの言われた事ないから お世辞だって分かっててもにやけちゃうよ

でも 顔の事を言うなら ハツミこそ可愛いよ」


「うん知ってる 告られたり ラブレター貰ったりした事あるし」


「うわ めっちゃ自慢するじゃん

でもまあ 確かにかわいいよ ウーパールーパーみたいだ」 


「うん? ウーパールーパーって …なに?」

眉間にしわを寄せるハツミ かわいい


「すごく可愛い両生類だよ」


「なんか…あんまり嬉しくないんだけど」

微妙な顔になるハツミ かわいい


「じゃあ えーと… レッサーパンダみたいに可愛い」


「あ それは分かる それなら嬉しいかも」

笑顔になる 当然かわいい


「じゃあ ウーパールーパーはなかった事にしといて」


「それは無理 だって私も記憶力には自信があるんだから」


「それじゃあ… 小宮山っていう 最低でどうしようもない奴が居たって事も忘れないでいてくれる?」


「うん… 忘れないよ」


僕とハツミはしばらく無言で見つめ合った…


ハツミは視線をらし

「そろそろ行かなきゃ」


「そっか…」


「うん… 最後に話せて良かった …じゃあ 私 行くね… じゃあね小宮山」


「うん…」


「ばいばい」

と言って ハツミは僕に背を向けて歩いていく

そしてそのまま振り返ることなく教室を出ていった…


僕はそのまま教室の出口を見つめていた…



――― 家に帰ってからの2日間 僕は何もする気が起きなかった ハツミには偉そうな事を言っておいて カッコ悪い事この上ないけど どうにもならなかった

今なら分かる 僕はハツミに恋をしていたんだ…

僕はハツミに言った事を思い出す 僕はもう人と関わり合う事を恐れない ハツミにそう宣言したんだ 僕は変わる 変われる ハツミが教えてくれたんだ

僕はもううつむかない いつかハツミに会う事があったらその時は僕が先に見つけて 僕の方から声をかけるんだ



――― 月曜日の朝 僕は視線をあげて歩いた 目に映る何もかもが新鮮で生まれ変わった様な気分だ

学校に着き 僕は「おはよう」と言って教室に入る 何人かがびっくりして僕の方を見る ホームルームが始まりハツミが転校したと伝えられた みんな一様いちように驚いていた ホームルームが終わると仲の良いグループに分かれおしゃべりが始まる ハツミの話題が多い様だ 僕は会話を聞きながらクラスメイトの顔を見渡していく 今日中に全員の顔と名前を覚えるんだ まずは 一番近くのグループに話しかける


僕は右手をぎゅっと握りしめて


「あ… あのさ…」




                終わり 


   



あとがき

という訳で 小宮山的第3話でした

ハッピーエンドじゃなくても

強くなれる 成長できる

そして 物語はつづいていく 


最後まで読んで頂いたあなたに感謝を










 



















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(3)小宮山的思考と 恋 木浦 功 @bmatsuyama

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