(3)小宮山的思考と 恋

木浦 功

第1話 転校 前編

高校2年 梅雨つゆ真っただ中の6月 僕は転校した

と言っても 転校したのは2週間前の話で すでに10日程この学校で男子高生をやってる訳なんだけど

なぜ転校初日の話ではなく 10日後からなのかというと この10日間 特に何事もなかったからだ 

なぜって 僕は休み時間という休み時間 全てを寝て過ごしていたから何事も起こりようがなかった と言った方が正しいかな


いつからなのか 何かきっかけがあったのか 自分でもわからないけど 僕はあまり他人と関わりたくないと思う様になっていた それが僕にとっては普通だったし 特に困る事もなかった 僕は人と目を合わせるのが苦手だった 目が合った瞬間心の中をのぞかれているようなすごく不安な気持ちになってすぐに目をそらしてしまうのだ だいたい他人と目を合わせるとろくなことがない だから人と話す時も顔は見ない もちろん視界には入るけど 人の顔も名前も覚える気がないので基本うつむいている その方が楽だから


なのに 自分が周りからどう思われているかは気になった 

ずっと俯いていて 話をするどころか目も合わせない様な奴が良く思われている訳がないと自分でも分かっている だからと言って行動を変える事も出来ない

矛盾むじゅんというのか… 葛藤かっとうというのか…

こういうのも中二病というのだろうか?

もっとも僕はすでに高2なんだけど


来たくもない学校に来て 関わりたくもないクラスメイトに囲まれて やりたくもない勉強をする そうして10日間を過ごしていた 何事もなく

そして これからも今まで通り何事もなく過ぎていくと思っていた


――― 今日も雨が降っている 予報では今週はずっと雨らしい 僕はいつも通り パンと牛乳の昼食を自分の席で済ませた 校庭に面した窓側の一番後ろ そこが僕の席だ そのまま机の上に腕を組んでうつむいてほうをのせる 完全に眠る体勢だけど眠る訳ではなく 周りの会話に聞き耳をたてる  

誰それがどうした とか

昨日のドラマがどうだ とか

部活で… 先輩が… 次の休みに… この間… etc

よく毎日そんなに話題があるもんだ なんて思いながら聞いていると 本当に寝てしまう事も少なくない 


「ねえ小宮山ってさあ 休み時間寝ないと死んじゃう病気かなんかなの?」


(ん? もしかして僕に話しかけてる?)

(いやいや 寝てる人間にわざわざ話しかけたりしないだろう)

(あぶないあぶない 話しかけられてもいないのに返事なんかしたら 恥ずかしすぎる)


「ねえ小宮山ってさあ 休み時間寝ないと死んじゃう病気かなんかなの?」


(!) (やっぱり僕に話しかけてんの!?)

(しかも 全く同じセリフだし!)


僕は流石さすがに聞こえないふりは出来ないと思い 

さも いま眠りから覚めました あーもー めんどくさい というニュアンスをたっぷり含ませて ゆっくりと顔だけをあげて 腕の上にあごを乗せて正面を見た


目の前に女子の胸があった

パッと見で女子の胸だと分かる位には大きく

パッと見で水色だと分かる位にはブラが透けて見えていた

この状況は…

間違いなくからかわれる 関わりたくない でも何も言わないのもまずい

どうする?

胸と透けブラに目を奪われて一瞬思考が止まったが 僕はここまでを2秒で考えた


「そんな訳ないだろ おやすみ…」

僕は胸に向かって返事をして顔を伏せた


「だよねえ そんな変な病気ある訳ないよねえ…」

そんな様な事を言いながらその女子は離れていった


(僕に話しかけて来る君の方がよっぽど変だよ…)



――― 次の日の昼休み

僕はいつも通り寝ながら 聞き耳をたてていた


「ねえ小宮山ー」


(え?また?この声は昨日の女子? なんで僕なんかに構うんだ?)


「ねえ小宮山ー」


僕は観念して顔をあげて 腕にあごを乗せる

今日はピンクだった

(考えたらこの位置に胸が来るって事はずいぶん背が低いな)と思いながら

何だか知らないけど 話しかけられるのは迷惑なんだよ という意味を込めて

「何?」 と答える


「友達作ろうとか思わないの?」

…チクリ

「必要ないよ」

「一人でさみしいとか思わないの?」

「別に…」

僕は寝にもどる


「もしかして とか?」

チクリ

「…別にいいだろ もうほっといてくれよ」

僕は女子を体ごと どかすように手を伸ばした


「わっ ちょっと!…」


(しまった やりすぎたか?)


「カズミー 何やってんの? 次 移動教室だよ? 行こー?」

「あ うん 今 行くー」

カズミと呼ばれた女子は離れていった


(助かった… 言われたくない事を言われて つい手が出てしまった…

でもまあ これでもう話しかけては来ないだろう…)


僕はその日 ずっと気持ちがもやもやしていた

(だから 他人と関わりたくないんだ…)



――― 次の日の昼休み

僕はいつも通り寝ながら 聞き耳をたてていた


「ねえ小宮山ー」


(え? なんで? なんで話しかけてくるの?)


「ねえ小宮山ー 昨日私の胸触ろうとしたでしょ?」


(は!?ちょっと待って 何それ?)

ここで慌てたらカズミの思うつぼだと思い 何とか冷静になり

のそりと顔をあげる

今日は白だった 

こんな時でも見てしまう自分を情けなく思いながら


「そんなつもりでやったんじゃないよ 僕はただ…」

「あはは だよねー まあ 小宮山に触られるほどトロくないけどねー」

話してる途中で割り込まれて しかも馬鹿にされる


僕は無言で顔を伏せた

(相手にしない方がいい…)


「てゆーか小宮山ってそもそも だしねー」

カチン!

(何でそんな事まで言われなきゃならないんだ!)

僕はカズミの胸に手を伸ばす


「おっとー あぶないあぶない 残念でした~」

カズミは離れていった 


(くそ… 昨日といい今日といい あーイライラする!)


イライラの原因はわかっている

カズミの言った事が図星だったからだ…



――― 次の日になっても僕はイライラしていた 雨続きの天気が僕のイライラを助長しているようだ


そして昼休み

(話しかけられても絶対無視してやる!) 僕はそう思っていた


「オイ お前 邪魔だからどっか行けよ」


(え?なに?)


「オイ 聞いてんのか?どっか行けっつってんだよ」

ゴツゴツと頭を小突こづかれる かなり痛い


(何だよもう!)

僕が体を起こして前を見ると 茶髪にロン毛の男子生徒が居た

確かコイツは神田かんだだ 教室のど真ん中の席で悪目立わるめだちしていたから覚えている

神田の後ろには子分AとBが居る いわゆる不良グループというやつだ


(なんでわざわざ僕の席で…)

「なんだ 文句あんのかよ?」

子分と一緒にニヤニヤしながら僕を見下ろしている


僕は無言で席を立つ


「さっさと どきゃあいいんだよ」と言って神田は僕の机に座る


普段の僕ならそのまま教室を出て行っただろう でも ここ数日イライラしていた僕は

自分でも信じられない行動を起こした


神田達のニヤニヤ笑いと クラスメイトの同情の様な馬鹿にしている様な視線を感じながら 僕は 教室のど真ん中に歩いていき 


「この野郎!」 

ガーン!と大きな音がした


音のした方を見ると 僕の机が倒れていて 

「なめてんのか!この野郎!」と言いながら神田が歩いて来る


僕は立ち上がり 神田の机を傾け 教科書やらお菓子やらを出してから倒した

「何やってんだ!この野郎!」

神田が僕につかみかかり そのまま教室の床に押し倒された


周りに人が集まり

「うわ!」とか「ちょっと やめなよー」みたいな声が聞こえるが助けは入らない


(この野郎 が好きなやつだな…) 

僕はなぜか冷静だった ありえない状況に恐怖心がマヒしていたのかも知れない そして明らかに余計な一言を口にする


「どこか行けって言ったのは君だし やられた事をやりかえしただけだよ」

言いながら 絶対に殴られると思った 何やってんだ僕は…


「っの野郎!!」

僕はぎゅっと目をつむった


「おい もう授業始まるぞ 自分の席に戻れー」

英語教師が教室に入ってくる


「ん?何だ?なにやってる?」


「ちっ! 何でもねえよ!」 神田がどなり

「どけっ!」と言って僕を突き飛ばし片付け始めると 始業のベルが鳴った


僕は自分の席に戻り倒れていた机を起こした 教科書を拾うのを手伝ってくれた女子が「やるじゃん」と言った


僕は椅子に座りため息をついた…

時間が経つにつれて心臓がドキドキしてきて授業どころじゃなかった 

(なんで僕がこんな目に会うんだ? 僕は何もしていないのに…)

英語の授業の後 神田になにかされるかと思ったが 特に何もされる事なく一日が終わった


――― 次の日の昼休み

「ねえ小宮山 あんたって変わってるね」


カズミだ

(この子も分からない なんで僕に話しかけて来るんだ?)

のそりと顔をあげる

紫だった エロい… 

いやエロいのは僕の方か めんどくさいと思いながらもつい見てしまう


「変わってるっていうか…」

「おい!!なんでそんな奴に構うんだよ!」神田の声だ

「は?いいでしょ別に 神田に関係ないじゃん」

急な展開に僕は固まっている…

「ちっ…」

ガン と僕の机を蹴り神田が離れていく

「なんなの あいつ 大丈夫?」


「あ…うん…」

僕は顔を伏せて考える…

(ナナミ? カズミじゃないのか?)

いや 間違いなくカズミだ 僕は一度覚えたら忘れない 記憶力には自信があるんだ

というかこれは… 神田はカズミに気があって そのカズミが僕にちょっかいをかけているのが気に入らないって事だよな じゃあ 神田が僕を目のかたきにしているのはカズミのせいって事じゃないか 勘弁してくれ…


「ねえ小宮山」

「…もう構わないでくれよ」

「構わないでってなによ そんなに迷惑?」

「…はっきり言って迷惑だよ」

「なによ せっかくのに」

カチン!

「誰もそんな事頼んでないだろ!」僕はカズミの胸に向けて手を突き出す

「わっ! なによ じゃあもういいわよ!」

カズミが離れていく


僕は完全に頭にきていた 勝手に話しかけてきておいて 話しかけてってなんだよ! 僕がいつそんな事を頼んだって言うんだ! そのせいで神田にからまれてひどい目に会ったし 全部カズミのせいだ!



――― 僕は家に帰ってからもイライラしていた 

時間が経つにつれて冷静になってきたが どうしてもカズミの事を考えてしまう

その日の夜 僕は布団の中で雨音を聴きながら落ち着いて考えたみた


大体なんで急に話かけて来る様になったんだ? 

単純に1人で居る僕をかわいそうだと思って話しかけてきたのか?

その割には 友達作れとか 一人でさみしくないかとか 度胸がない だとか 人をあおる様な事ばかり言ってきて

僕がカズミに何かした? いや 何も接点はないはず…

て言うか 神田がナナミって呼んでたな あれはどういう事だ? どっちかがあだ名なのか? 

そう言えばカズミは僕の事きちんと小宮山って呼んでたけど 僕はあいつの名前すら知らない 知ろうとしなかったから当然なんだけど名前だけじゃなくて知らないよな… 

初対面なんだから知らないのは当たり前だけど それは向こうにとっても同じ事で 僕が人と関わりたくないと思ってるなんて誰にも分からない事なんだ 

だって誰とも喋ってすらいないんだから… 

考えてみれば いつも1人で居る僕が気になって話しかけてきたのはごく普通の事なのか? 

その時点で僕について分かっている事はいつも寝てるって事といつも1人で居るって事だけ 

だからその事について話かけてきた それだけの事か? 

最初に話しかけられた時に 一人で居たいんだ 人と関わりたくないんだって 

僕の考えを伝えていればそれ以上僕に関わる事はなかったんじゃないのか? 

僕がきちんと受け答えをしなかったのがいけないんじゃないのか? 

神田の事もカズミのせいだと思ってたけど あれこそカズミには何の責任もない

神田が勝手に僕を目の敵にしただけだ

何だこれ? 考えれば考えるほど僕の独りよがりじゃないか


カズミにあやまろう それに 名前くらいは知るべきだよな

でもどうやって? 自分から話しかけるなんて絶対無理だ かと言って

もうカズミから話しかけてくれる事もないよな…

休みの間そんな事ばかり考えていたが答えは出なかった

僕は自己嫌悪におちいった…



――― 休み明けの月曜日

予報では週の後半は晴れ間がのぞくらしいけど 僕の心はどうしようどうしようと同じ考えがぐるぐるして晴れるきざしすらなかった そして結局自分からは

何も出来ず昼休みになった


僕は今までと同じ様に寝ながら聞き耳をたてていたが 周りの会話はほとんど耳に入ってこなかった

カズミが来ない… いつもならもうとっくに声をかけてくれる時間だ

やっぱり来ないか… そりゃそうだよな 構うな 迷惑だ とまで言ったんだ…

話しかけて欲しいなんて虫が良すぎる…


「お待たせ小宮山!って待ってないか はあ はあ…」

僕はガバッと体をあげた 

「わっ びっくりした」

走って来たのか白いブラの胸が上下している

「部活のミーティングがあってさ 終わってからソッコー走って来たよ はあ…

この前はごめん!何か小宮山の気にさわること言っちゃったんだよね?」

僕はカズミが話しかけてくれてホッとしていた そして同時に自分が情けなくなった

「違う 悪いのは僕だ ごめん!」

でも  うつむいて胸の辺りを見るのが精一杯だ

「いや 胸を見ながら謝られても…」と笑う

僕は顔を伏せる

「とにかく悪いのは僕だ カズミ…いやナナミ?は悪くない」

「何その疑問形?もしかして私の名前知らないとか?」

「あ…いや…」

「うわ ひどっ!ホントに知らないんだ」

「ごめん…」

「私は七海ナナミ 一海カズミ 7つの海に1つの海でナナミカズミだよ」

「……」

「何 その沈黙は?」

「どっちが名字でどっちが名前なんだか」

「良く言われる」

「どんだけ海が好きなの?」

「そういう事は親に言ってよ」

「いっその事 足して八海ハツミにしたら?」

「それは初めて言われたよ じゃあ私の事ハツミって呼んで良いよ?」

「はい せーの!」

「え? え… ハツ…ミ…」

「うわ!声小っさ!」

「うるさいよ」

僕は恥ずかしくなって 手を伸ばす

「わっと! 今のは危なかったよ」

「…ありがとう…」

「ん?何か言った?」

「……」


始業のチャイムが鳴ってハツミが慌てて離れていった


良かった 本当に良かった 僕は心底ホッとしていた 

ハツミが話しかけてくれて本当に良かった 

もし話しかけてくれなかったら僕はまた一人に戻っていたに違いない

…あれ? おかしいな… 僕は1人で居たかったはず… 他人と関わりたくなかったはず…

なのに 話しかけてくれて良かった?



――― 次の日の昼休み

昨日と同じ様に僕は寝ている

「ねえ小宮山さあ…」

ハツミだ 

そして僕は確信する

僕はハツミに話しかけられる事を嬉しいと思っている

この時間のハツミとの会話を楽しみにしている

「何か部活やってみれば?」

僕は顔をあげる

ピンクだ

「帰宅部でいいよ」

「だと思った 運動より勉強って感じだよねえ ちなみに頭良いの?」

「その聞き方はどうかと思うけど 学年で10位以下に落ちた事はないよ 記憶力には自信があるんだ」

「うわ めっちゃ自慢するじゃん」

「ハツ…ミ…は何部なの?」

顔を伏せながら言う

「ちゃんと呼んでくれないと逆に恥ずかしいんだけど? 私はバスケ部だよ 言ってなかったっけ?」

「ふ〜ん 背低いのにな」

「あれ? ケンカ売ってる?」

ヤバイ 楽しい ハツミとの会話が楽しい!

「私はスピードで勝負してるの だから小宮山なんかには絶対に触れないよ?」

僕は今日も 本当に手を伸ばす

「おっと 遅い遅い」

ハツミが離れて行く


ハツミが話しかけて来て 僕が手を伸ばして会話終了 この短い時間があるだけで

僕の高校生活 いや 僕の生活はガラリと変わった 

大袈裟じゃなくこの時間があればどんなに嫌な事があっても大丈夫 そう思えた

あんなに他人と関わりたくないと思っていたのに

今ではハツミとの会話を心の拠り所にしている


――― その日の夜 僕は考えた なぜ人と関わりたくなかったのか?

なぜ 人の目を見て話せないのか?

関わる事 目を見る事 それ自体が嫌なんじゃなくて 

その結果 関わるのを断られたり 気持ちが伝わらなくて 拒否されたりするのが

嫌なんだ 怖いんだ

だったら最初から関わらなければいい 気持ちを伝えようとしなければいい

そう思ってしまったんだ…

 

ハツミの言う通り 僕には度胸も勇気もなかった そういう事なんだ…







 






 









 



    


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