幼馴染好きが限界突破したので言葉にした話

月之影心

幼馴染好きが限界突破したので言葉にした話

「ねぇ、ちょっと聞いてもいいかな?」


 床に座って本を読んでいた僕に、幼馴染の沙世さよが声を掛けてきた。


「ん?」


 本から目線を外さないまま僕が応える。


「何で呼んでもいない翔平しょうへいが私の部屋に居て、昨日買ってまだ買った私が読んでいない本を読んでいるの?」


 僕は本のページを捲りながら答える。


「何でって……ここに本があったから。」


 沙世がペタンと座って僕の目の高さに視線を合わせる。


「ここに本があったらそりゃ読むわよね。じゃあそれはヨシとしよう。その前の、何で呼んでない翔平が私の部屋に居るの?に対する答えは?」


 僕は本をテーブルの上に置いて、すぐ目の前に来ていた沙世の目をじっと見た。


「呼ばれなかったら来ちゃいけなかった?」


 沙世も僕の目をじっと見ていた。


「世間の一般常識では普通、呼ばれてなければ来ないわね。」


 僕はぱちくりと瞬きをした。


「答えになってないよ。沙世に呼ばれてもいないのに沙世の所に来たら邪魔か?って訊いたんだよ。」


 沙世はその大きな目で瞬きもせずに僕の目を見ている。


「質問が変わっているように思うんだけど?」


 僕はすぐ目の前にある沙世の目に視線を固定していた。


「じ、邪魔だなんて言ってないでしょ?何で翔平が私の部屋に居るのかって訊いてるのよっ!」


 沙世は僕から目線を外して体を引きながら、少しだけ頬を紅潮させて言った。

 僕は沙世の方に体をぐっと近付けた。


「な、ななな何ナニナニ?」


 床にぺたっと座って体を前に乗り出して両腕で体を支えていた沙世は、肩を竦めて何とか僕の接近を避けようとしていた。

 僕は沙世の体を両腕で包み込むようにして抱き締めた。


「ちょっ!?ちょちょちょっと!なな何してんのののよっ!?」

「沙世に抱き付いてる。」

「だ、だだだからななな何で抱き付くのよっ!?」

「抱き心地がいいから。」

「だっ抱き心地って!このヘンタイ!は、離せぇっ!」

「やだ。」


 沙世はジタバタと藻掻いていたが、やがて諦めたように脱力した。


「何でだ……」


 少し落ち着いた沙世が呆れたような声を出す。


「ゼロ距離じゃないと抱き心地は分からないだろ?」

「だから何で抱き付くかな……」

「抱き心地が……」

「それはさっき聞いた。」


 沙世の髪からはいつもいい香りがする。

 僕は沙世の頭に鼻を押し付けて肺いっぱいに沙世の香りを吸い込んだ。


「ヘンタイ……」

「沙世にしかしないからいいじゃん。」

「まったく……」


 沙世はもう抵抗しなくなっていた。


「ねぇ沙世。」

「何よ。」

「キスしていい?」


 沙世の体がビクっと反応する。


「そっ、それはダメでしょ……」

「どうして?」

「どうしてって……そういう事は付き合ってる男女でするもので……私たちはそういう関係じゃないでしょ……?」


 僕は沙世を抱いている腕の力を緩めて体を離し、沙世の顔をじっと覗き込んだ。


「でも前はしてたじゃん。」

「前っていつの話よ?」

「幼稚園の頃。」

「ま、また随分古い話を引っ張り出して来たわね。」


 沙世は頬を染めながら目を逸らした。


「あのさ……」

「うん?」

「確かにあの頃は恋愛なんて事何も知らないままに可愛らしくチュッてしたり、大人になったら結婚しようねとか言ってみたりしてたけどさ……」

「うんうん。」

「今はもうお互いに大人になってるんだから子供の時みたいに冗談じゃ済まなくなるんだよ?」


 僕はまた目をぱちくりさせて沙世の目をじっと見た。


「な、何よ?」

「僕は冗談のつもりなんか一切無いんだけど。」


 そう言って再び沙世の体を抱き締める。


「だっ!だからっ!そういうのはちゃんと段取りというか手順というか……そういうのがあってちゃんとしたそういう関係になってからじゃないと……」


 沙世はあたふたしながら必死に説得しようとしていたが、やがてまた諦めたようにじたばたするのを止めた。


「何で翔平は変わらないのよ。」

「何でと言われてもなぁ……」


 僕は沙世の体を抱いたまま頭を撫でた。


「もう一度言うけど、こういう事って付き合ってる男女がする事なの。」

「まぁね。」

「付き合ってもいない異性に対してこういう事はしないものなの。」

「そうだね。」

「しかも、家だけならまだしも所構わずこういう事されると私も困るの。」

「何で?」

「何で……って……私も女の子なんだし……それに付き合ってもいない翔平を彼氏と思われちゃうでしょ。」


 僕は沙世を抱き締めていた腕を緩めて沙世の顔を覗き込む。


「僕が彼氏と思われたら困る?」

「そりゃ困るでしょ。彼氏でも無いのに彼氏と思われたら誰も寄って来ないじゃないの。」

「誰かに寄って来て貰いたいの?」

「わ、私だってこれでも花の女子高生よ?恋バナの一つや二つあってもいいでしょ?」


 僕は沙世から体を離し、がくっと項垂れた。


「そ、そんな落ち込むような事じゃないでしょ?翔平だって女の子にモテたいとか思うでしょ?」

「僕は沙世からモテたらそれでいい。」

「なっ!?そっ、そういう事を気安く言うんじゃない!」

「何イライラしてるんだ。生理か?」


 僕は沙世の拳を額に受けた。


「私だってちゃんとした彼氏作りたいモン……」


 沙世が上目遣いに僕を見てくる。


「僕以外で?」

「そうよ!」

「無理だね。」

「はぁ?」

「だって沙世は僕の事好きだろ?」

「何なのその自信は。」

「はぁぁぁ……」


 僕は大きく溜息を吐いた。


「何で翔平が溜息なのよ。」


 眉間に皺を寄せた沙世が僕を見ている。


「やっぱ態度だけでは伝わらないものだな。」

「何がよ?」


 僕は三度沙世の背中に腕を回して抱き締めた。


「またっ!?な、ん、な、の、よ……って力つっよ!」

「沙世。」

「何?」








「好きだ。付き合ってくれ。」








「はぃ?」








 沙世が抵抗を止めて固まっている。


「な、何でまた……急に……?」

「いや、今まで態度では好き好きオーラ出しまくってたから僕の気持ちなんかとっくに気付いてくれてると思ってたんだけど、やっぱ言葉にしないと関係にはなれないんだと思ったから。」


 沙世の体が震えている。


「うぅ……ばかぁ……」

「馬鹿って言うな。」

「バカだよバカ!この卑怯者ぉ!」

「何だよ一体。」


 沙世が顔を上げて僕の顔を見てきた。

 うっすらと目に涙の気配。


「何で泣いてんの?」

「泣いてなんかない!」


 僕は沙世の涙袋から目尻に向かって親指でなぞる。

 沙世が僕の背中に手を回して抱き付いてきた。


「ふ、不安だったんだよぅ……」


 沙世は少しだけ涙声になっていた。


「不安?」

「そうだよぉ……翔平っていつもこうやって私の事が好きそうな態度取るクセに言葉じゃ何も言わないから……」


 沙世の腕に力が加わる。


「翔平は付き合ってもない子にこんな事するの平気で……私の事もただ抱き心地がいいから抱き付いてくるだけかと思って……」


 顔を上げた沙世の目から涙が零れ落ちる。


「ちょっ……泣かないで……悪い事してないのに悪い事した気になるから。」

「してたんだよ!」

「えぇ?」

「ずっと何も言わなかったクセに何で今日に限っていきなりそんな事言うのよ?」


 僕は沙世の頭を撫でた。


「ん~……割と限界だったから……かな。」

「限界?何がよ?」

「沙世が好きな気持ちが。」

「何で限界まで我慢するのよ!もっと早く言ってくれれば良かったのにっ!」


 沙世が僕の腕の中で再びジタバタしはじめる。

 僕は沙世の体をぎゅっと抱いてジタバタさせないようにした。


「だって沙世が僕の事を異性と見てなかったら告白しても断られるだろ?沙世に断られたら僕はスカイツリーのてっぺんから紐無しバンジーしなきゃいけなくなるじゃん。」

「そんな事するな。下に居る人に迷惑掛かるでしょ。」


 沙世は涙目のまま僕の顔を見上げてきた。


「大体、沙世は僕の事何とも思ってないと思ってたし。」

「はぁ?」

「だって、黙って部屋に来たら嫌そうな顔するし、抱き付いたら引き剥がそうとするし、寧ろ嫌われてるんじゃないかって。」

「き、嫌ってたら部屋にも上げないし引き剥がすだけじゃ済ませてないわよ……」


 僕はまた沙世の頭を撫でながら言った。


「でも、沙世が誰かに言い寄られたいって言ったからつい焦って限界突破した。」

「ゲームキャラと違ってあっさり限界突破したのね。」

「顔真っ赤にしながら茶化さないでよ。」

「うるさいっ!照れてるのよっ!察しろ!」

「も~可愛いなぁ~。」

「ええぃ!もうおしまいっ!はぁなぁせぇぇぇ!」


 僕の腕の中で沙世は本気……じゃなく甘えた子猫のように暴れていた。

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