とあるVの話
模-i
どーも!新人Vの星ひかりです!
「今夜もみんなありがとう!またこの三次元世界に会いにきます!またねー!」
星ひかり。バーチャル配信者である。
配信が終わり、彼女は一息ついた。
「はあー、伸びないなあ」
彼女のチャンネルは、登録者5000人強。収益化を祝う配信に来たのは常連ファンの100人ほど。けして少ないわけではないが、アルバイトとの掛け持ちもそろそろきつくなってきたところだ。なにか、伸びるきっかけが欲しい。
「このアバターを捨てて、企業勢を目指した方がいいのかな……」
この業界には、大きく分けて二種類のやり方がある。企業と個人だ。
企業に所属すれば、デビューと同時に一定の知名度が約束される。個人でやっていくと決め、企業に頼らなくてもスタートを切ることは可能だが、数多の配信者たちが水底へと沈み、二度とは帰ってこなくなる。
ならば皆が企業に所属すればいいかというと、事はそう簡単ではない。オーディションを勝ち抜くためには、何十倍、何百倍という倍率のオーディションを勝ち抜く必要があり、多くの場合、そのためには実績が必要なのだ。知名度のための知名度という、ある種の矛盾が彼女たちの前に立ちはだかる。
彼女は、アヒルであった。優雅な白鳥にはなりきれず、かといって海の藻屑になる気は毛頭ない。白鳥と同じように足をばたつかせても、沈まないのが精いっぱいで、その努力を認める人がどれほどいるのだろうか。
名前の通り、スターになれたらいいのに。
彼女は、現在と将来を、変わらない現状とわずかな可能性を、天秤にかけた。悩みに悩んだが、考えれば考えるほど、未来の方を向かざるを得なくなっていった。
* * * * * * *
彼女は、今の自分を捨てることを選んだ。オーディションは、順調に進んでいった。下積みがあるとはいえ、その順調さに寒気すらおぼえた。
今のアバターに未練はなかった。はじめは斬新と自画自賛していたキャラクター設定も、だんだんと現実と電子世界との境界を曖昧にしていくようで、疲れてもいたのだ。疲労は蓄積し、最近は12時間寝ても疲れが取れない。それに、寝ている間は、全く目を覚ますこともないのだ。
彼女の本名も星ひかり。バーチャル配信者を演じ、バーチャル配信をしている。
睡眠時間はさらに増えていった。オーディションは日曜正午に、最終選考だそうだ。説明によると、最終選考まで残れば、そこから落選することはほとんどないという。
あらためて彼女は自分のチャンネルを見た。やり残したことこそないものの、寂しい気はしないでもない。もう少しでこのキャラクターとはお別れだ。
「……?」
彼女は、夢ではないかと疑った。いや、見間違いだと思った。
チャンネル登録者、50000人強。
「!?」
その直後、湧き上がってきた感情は、なかったはずの未練であった。
このキャラクターで、やれるところまでやってみたい。
しかし、どうして急に人数が10倍にもなったのだろうか?何かをしたわけじゃない、むしろ忙しさで、配信者らしいことはあまりできていなかったのに……
その直後、睡魔は唐突に彼女を襲った。土曜日の夕方、日が沈みかけていた。
* * * * * * *
意識がハッと目覚めたころ、オンライン面接はもう始まっていた。画面の向こうには代表取締役。彼女は混乱していた。
受け答えはめちゃくちゃだったが、これが逆に功を奏した。天然キャラだと思われたのであろうと、彼女はほっとした。
しかも、予想外のうれしい出来事もあった。画面の向こうの、気さくそうな男性が、
「あ、そうそう、『星ひかり』アバターは引き継いでいいよ」
と言ったのだ。つまり、今までの実績を完全に保持したままリスタートを切れるのだ。これ以上はとても望めまい。
面接はかくして終了した。そして、例のごとく、眠気が……
* * * * * * *
シャットダウンから目が覚めた。今度は、なぜか鏡の前にいた。
鏡の前の自分が、目をそらした。
私は、それを、直視していた。
再び私と、私の目が合った。
突如、私は不快な感情を抱いた。何かがおかしい。視線を右へそらす。
視線を右へそらす。
そらす。
ぐるりぐるり、景色が動く。ずっと私の視線が刺さる。いや、違う。いくら目を動かしたつもりになっていても、視線が固定されるのだ。
私が動く。私が動く錯覚をする。立ち上がって、私は部屋を出る。
何も、動かない。金縛りという表現すら適当ではなかった。視線すら動かせないのだから。
冷や汗がたらりと背筋を伝う感覚だけがする。指先から徐々に、温度が失われていく。
自分の身体なのに、自分の身体じゃない。助けを求める声すらも出ないのだ。
ガチャ
私だ。
全身がわなわなと震える。でも、身体は確かに動いてはいない。
私が口に笑みを浮かべた。
「このアバターでこれからやっていくのね」
私から、録音して聴いたような私の声がする。
吐き気がしてくる。何かがこみ上げてくる幻覚。
「えっとモーションキャプチャは」
カチッ
鏡だ。私がまばたきすれば、私が目をつぶる。私が首を右に傾ければ、私は左に首をかしげる。
でも、私が、鏡に映る像だ。
やめろ!止まってくれ!
私は今、完全に、私に隷属している。
「よし、じゃあ初配信にいきますか……」
* * * * * * *
「どーも!新人Vの星ひかりです!三次元から、この四次元にやってきましたー!」
とあるVの話 模-i @moaiofmoai
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