第3話 出逢い

────俺の前に幽霊になった渚が現れて半年近くになるだろうか。

 時々渚が既に死んでしまっていることを忘れてしまうくらいに、死ぬ前と何ら変わらない──いや、それどころか渚と過ごす時間が増えて幸せを感じてすらいる。


 まあ、学校での扱いは何一つ変わってはいないが、その苦痛もかなり和らいだと思う。


 渚さえいてくれれば、俺は何だって耐えられる気がするから────



 □■□■□■



 学校からは、早く帰らないと渚がブーブー文句を言うと思って、いつも小走りみたいな感じになっている。

 決して俺が早く渚に会いたいと思っているからではない。


 そして、見慣れた帰り道をいつも通りに進み、角を曲がったところで────


「あ、あの……やめてください……!」


「えぇ、良いじゃん? ちょっと付き合ってよぉ?」


「ねえ、君どこに住んでんの?」


 マジか……と、口には出さなかったが、心の中で呟いてしまう。

 面倒事に遭遇してしまった。


 別の高校の制服の少女が、チャラけた少年二人に囲まれて壁に追いやられている。

 なかなか強引なナンパだ。


 別に俺には何の関係もないのだが、残念なことに俺は見て見ぬふりをするというのだ非常に苦手なのだ。

 勝手に足がそちらへ向かっていってしまう。


「あの、そいつ俺の連れなんですけど?」


 まあ、この入り方がベストだろう。

 あとはこの少女が話を合わせてくれれば良いだけで────


「……ッ!?」


 いや……なに目を見開いてこっち見て固まってんだよ。

 少女は言葉一つ発することなく、ただ立ち尽くしているだけ。


 もう連れだというウソはチャラ男二人にもバレているので、俺はスマホを取り出して「警察に連絡しますよ?」と、最終手段でありもっとも効果的な必殺技を繰り出し、見事にこの面倒事を解決してみせる。


 一瞬、少女を助けた俺かっこいいなと思ってしまったが、そんな考えはすぐに消え去る。

 だって、振り返ったら少女が目を見開いたまま、その瞳の端から涙を伝わせていたのだから。


 しかし、こうして改めて見ると本当に可愛らしい少女だ。


 背は渚と同じくらいだろうか──線は実に細い。

 微風に長く伸ばされた亜麻色の髪がなびき、夕日を浴びて煌めく。若干垂れ気味の栗色の瞳は宝石のように輝き、肌は日焼けを知らない。


「あ……あれ? 何で私……?」


「お、おい……大丈夫か?」


 少女はどうやら自分が泣いていることに今気が付いたようで、すぐに制服の袖で拭う。


「え、えっと……助けてくれてありがとうございます!」


 ペコリ、と礼儀正しい少女だ。


「私、桐ヶ谷きりがや瑠衣るいって言います──」


 ────と、こんな偶然の出逢いだったにも拘わらず、これから瑠衣と交流を重ねていくことになるとは、このときの俺は考えもしていなかった。



 □■□■□■



 奇妙な縁があるのか、瑠衣とは帰り道によく顔を合わせるようになり、最近では俺の家に遊びに来るほどにもなっていた。


 なんでも瑠衣は俺の一つ年下──高校一年生らしい。

 しかし、ワケあって登校し始めたのはつい最近だそうだ。

 そのワケとは────


「実は私、昔から心臓が悪くて。高校卒業までは持たないだろうって言われてたんです」


「でも、今こうして学校に通えてるってことは……」


「はい。半年前くらいにドナーが見付かって……心臓移植手術を受けたんです。それからしばらくリハビリを受けて、最近ようやく」


「半年前……?」


「ん、どうかしましたかユウキ先輩?」


「あ、いや。なんでもない」


 一瞬何かが引っ掛かったが、その原因はパッと出てこない。


「まあ、こうして自由に動き回れるようになったのは良かったんですけど……やっぱり勉強が」


 あははと、瑠衣は自嘲気味に笑う。


「まあ、そのためにこうしてうちに来てんだろ? 俺は意外にも勉強がそこそこ出来るからな、しっかり教えてやるよ」


「本当にありがとうございます先輩!」


 瑠衣は何度もペコペコと頭を下げる。

 そして、五回ほど下げたところで、勢いあまって机におでこをゴチン。

 そこそこに痛そうな鈍い音が響く。


 しかし、その衝撃で瑠衣は何かを思い出したかのようにハッとする。


「そういえば、前から聞きたかったんですけど……」


「ん?」


「どうして先輩は私にここまでしてくれるんですか?」


「ああ……」


 俺は少し考え込むように天井を仰ぎ見る。

 すると、そこにはずっと黙って少し不満の見える渚が、宙に浮かんでいる姿があった。

 俺にじっとりとした視線を向けてくる。


 視線で「なんだよ?」と問いかけると、渚は俺にだけ聞こえる声で『べっつに~?』と答えてプイッとそっぽを向いてしまう。


 何なんだよ……と、思いながらも、俺は改めて瑠衣に視線を向ける。


「何か、初めて会った気がしないというか……妙に親近感感じるというか、懐かしいというか……」


「ほほぉ……」


 瑠衣は興味深そうに目を丸くする。


 しかし、この妙な感覚は渚も前に言っていたのだ。

 会ったことはないはずなのに、なぜか初めて会った気がしないと。


 世の中不思議なこともあるものだ。


「でも、私もなんですよね……」


「というと?」


「私、初めて先輩を見たとき……急に心臓が高鳴りだして、よくわからない感情が込み上げてきて……」


「泣いてたもんな?」


「わ、忘れてくださいッ!」


 と、すっかり俺は瑠衣をいじる立場になっている。

 これがまた面白いのだ。


 瑠衣は表情豊かだし、反応も面白いし、話してて退屈しない。


「よーし。じゃ、そろそろ勉強再開な?」


「はい! が、頑張りますっ!」


 そうして今日も、一日が飛ぶように過ぎていった────

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