俺の初恋の君は死んだ~死んでしまったはずの初恋相手が、幽霊になって俺の前に現れました~

水瓶シロン

第1話 生死を越えた再会

「──もし高校生くらいになってもユウキに彼女がいなかったら、私がなってあげるよ?」


「はぁー!? 俺、めっちゃモテるようになるから別に良いし!」


「あれぇ~? ユウキ顔真っ赤だよ?」


「うっせ! と、とにかく誰がなぎさなんかと付き合うかってんだ!」


 ………………。


 …………。


 ……。


 ────と、もう何年前かの幼い頃の記憶が、ふと俺の脳裏に過る。

 そして、目許に熱いものを感じずにはいられなくなる。


 俺には、仲の良い幼馴染みが

 名前は涼原すずはら渚。


 歳を重ね、学年が上がるごとにどんどん可愛くなっていき、高校二年生に上がる頃には、学校で知らない生徒はいないほどの美人になった。


 中背痩躯。肩口に掛かる辺りで切り揃えられた黒髪は非常に艶やかで、天使の輪とやらも当然のように持ち合わせている。

 顔も硬く精緻に整っており、やや垂れ気味な大きく黒い瞳からはおっとりとした気質を漂わせる。

 そして、その髪と瞳とは対照的なまでに白い肌は実にきめ細かく、まるで上質なシルクのよう。


 そんな誰もが羨む美少女となった渚は、高校に入学してしばらくした頃に、イケメンと噂の先輩と付き合い始めた。


 実にお似合いだと初めは俺もそう思っていた。

 しかし、二年生に進級した頃、俺はたまたま渚の彼氏である先輩の会話を耳にした。

 どうやら男友達と話をしていたようで────


「──で、もう付き合って一年だろ? どこまで進んだんだよぉ!」


 と、友達が渚の彼氏に尋ねる。

 まあ、よくある話題ではあるが、俺は多少複雑な気持ちを抱きながら、離れたところでその話に耳を傾けていた。


「いやぁ、それがさぁ……全然ダメ!

 見た目はすげぇ俺好みなんだけど、手を繋ぐのが精一杯。全然抱かせてくれねぇ」


「マジかよぉ!」


「ったく、何のために付き合ってるっていうんだか……。

 ああ、無理矢理にでも押し倒して剥いてやりてぇ!」


 すぐに俺はその場を去った────

 その後、何度か渚に彼氏と別れるように説得したが、いつものらりくらりと話題を逸らされ、まともに話は出来なかった。


 そして、突然の出来事だった。


 ────渚が、交通事故で命を落としたのは。


 俺はそのことを知らされても、渚の葬式中でさえ、これは何かのドッキリで、渚が死んだなんてウソだと思っていた。

 いや、頭の中では理解していたが──受け入れられるわけないだろ。


 そんな事件の数週間後だったはずだ。

 渚の彼氏だった先輩が……他の女に鞍替えしたのは。


 相手は先輩と同級生の三年生の金髪のギャル。

 耳にピアスは空いているし、スカートの丈は異常に短いしで……渚とは真逆の感じの女だ。


 俺は身体の底から沸き上がってくる怒り狂う感情に逆らえなかった。

 気が付けば拳を固く握り締め、先輩のそのイケメンと称される顔面に殴り掛かっていた。


 学校の廊下の真ん中で、多くの生徒の視線の先で……俺は、先輩の顔面を何度も何度も殴打した。

 血? そんなもの出るに決まってるだろ。いちいち気にしてなんかなかったわ。


 生まれて初めて人を殴った。

 少しは怒りが収まるかと思ったが、そうはならなかった。それどころか、虚しさが余計に押し寄せてきた。


 教職員からは厳重注意。そして、二週間ほどの自宅謹慎を言い渡された。


 そして、その日から今日まで──いや、恐らくこの先も周囲の生徒から浴びせられる冷めた視線はなくならないだろう。

 停学処分や退学処分にならなかっただけましというところだろうか。


 ────俺、間違えたことしたか?


 渚をただ情欲を満たすための道具としか考えてないアイツに、悲しむこともせずすぐ別の女に鞍替えしたアイツに制裁を加えた俺は、間違っているのか?


 まあ……間違ってるんだろうな。

 周囲の反応がその証拠だ。


 ほんと……俺ってバカみたい────



 □■□■□■



 いつも通りの学校生活だ────


 普通に登校して、授業を受けて、昼食を取って、また授業を受ける。

 ただ、その間ずっと周囲から冷たい視線と陰口と時々嫌がらせが飛んでくるだけ。


「……っと、いつの間にか寝てたか」


 俺は机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。

 教室の窓の外に視線を向ければ、景色は既に茜色に染まっており、遠いところからは暗闇が迫ってきている。

 とっくに下校時刻は過ぎているようだ。


 誰か起こしてくれよ──と、渚が死ぬ前の生き生きとした学校生活を送っていた俺なら思っただろうが、今の俺がそんなことを思い、口にしたところで誰も応えない。


「帰ろ……」


 まあ、帰っても家には誰にもいないんだけどさ。

 いくら遅く帰っても、誰にも叱られない。叱ってくれる人なんていない。


 俺は自嘲気味に笑いながら席を立ち、カバンを肩に掛け、教室を出ようとする。


 そんなとき────


『こらっ! こんな時間に帰宅なんて不良だよ!?』


「あぁ、すみません。ちょっと寝てしまって──」


 あれ? 教室の中に人なんていたかな?


 俺は言い訳をしながら背中越しに飛んできた叱責の方へ振り向き──言葉を失う。


 開いた窓の隙間から吹く風に揺れる黒髪。優しい黒色の瞳に、楚々と整った白い顔。見慣れた制服を着込んだその少女は…………


「なぎ、さ…………?」


『他の人に見えるの?』


「い、いや……え? は!? 何で!?」


 俺は肩に掛けていたカバンを思わず床に落とし、おぼつかない足取りで渚の立っている方へ歩いていく。


『もう……ユウキがそんなだと、私も死にきれないよぉ~』


「お、オバケか?」


『違うよ! 幽霊だよ!?』


「すまん、何が違うのかわからない!」


 懐かしい。本当に懐かしい。

 こんな他愛のないやり取りを、今、とてつもなく尊いものだと感じてしまっている自分がいる。


 そして、無意識に涙が目から溢れ落ちる。

 拭っても拭っても止まらない涙。


『あれれ……泣いてる? ねえ、もしかしなくても泣いてる~?』


「うっせ! これは涙じゃなくて……そう、目汁だ!」


『いや何それ!? 名前的になんか汚くない!?』


 ホントに……こんなムードもクソもない再開ってあるか?


 でも、これが俺と渚の生死を越えた確かな再会なのだ────

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