店長と私

 勤続一年が経過したラーメン屋の締め作業。なんてことはない、と思っていたなかとんでもねえ一言が放たれ、わたしはおののいた。

「ぼく、結婚するんだ」


 結婚、これは大学2年生のわたしを動揺させるには十分すぎるワードだ。もっと言うと〝店長が結婚〟だ。わたしはひどく動揺したがどうやら店長は洗い物をしていてこっちを観ていない。黙々と作業するのもなんだから、みたいな雑談にしてはちと強力すぎる爆弾だった。あんたこないだハムスターの共食い動画みてその晩寝れなかった、って話してたよね⁉ それと結婚報告は同値なの? 

「あ、そうなんですね~。おめでとうございます」

努めて平静を保っていった・・・ハズ! 顔も見ないように下向いて言ってやった。

「うーん。だからバタバタしちゃってね」

と言いながらでかい手でごしごしなんかを洗ってる。この人はその手で結婚指輪とか渡したんかな、婚姻届書いたんかな、そんで役所に届けたんかな、いつ出そうか? この日とかどう? あちゃ~仏滅だ! え、じゃあさじゃあさ、こことかどう? おいおいこれお前の誕生日じゃないか、この欲張りさん。うふふ。うふふ。

 

 あらま~まいっちゃうなこれ~~~~~~~


 正直にいうと店長のことは大分好ましく想っていた。でも異性として好きというより推しという感じ。つまりわたしは店長ロスになったのだ。おっとりしてんのに的確な指示をくれるし、無理なシフトの組み方をしない。そして何よりその雰囲気だ。熊みたいな体格はどこか包容力を感じさせる。いままで好きになった人とかアイドルは細い子ばっかだったから店長は私の広いストライクゾーンを自覚させた人だった。間違いなく私の歴史に名を遺した私偉人だ。え、てかまってまじで結婚すんの? わたしに優しくしてくれた以上の優しさを他の人にも与えてたってこと⁉ わたしがどうしようもない違算金をたたき出した日の帰りにあんたは違う女に帰りに花買って渡してたってこと⁉ ごめん遅くなった! いいけど、なんかあったの? いやあさ、バイトの女の子がね、すごい違算金出しちゃってさ~久しぶりにあんな額みたよ。あらら、せっかくの記念日なのに間の悪い子ね。おいおいそんなこと言うなよ~いい子なんだよ明るくてさ。あら、そんなこと言っていいのかしら。え~なんだよ~それ~


え~なんだよ~それ~~~~~~~


てかわたしのなかの奥さんどんだけ高飛車なんだ・・・。


とんでもねえ爆弾を耳元で炸裂させた本人は厨房の奥に引っこんじまった。そりゃそうだよ。さっきからひたすら五〇〇円玉の枚数を何度も数えてんだもん、邪魔しないようにするよな。でもな、結婚するなんていうあんたが悪いんだぜ。

 気を取り直して締め作業を再開する。早く終わればその分早く帰れるけど同時に店長は奥さんとこに帰る時間も早まるジレンマに苛まれながらどうにか終わらせた。


「結婚ってどんな感じですか」

「え~始まったばかりだからなあ。ずっと同棲してたから生活とかそんな変わんないし」

聞いてないことまで言うなよ・・・。

「離婚しちゃダメですよ!」言ってから後悔。新婚相手に離婚ってワードを軽々しく使うもんじゃない。やっぱ性格わるいなわたし。

「え~しないよ~」

後悔してまた後悔。なんだよそれ・・・。

お疲れ様です、といってわたしは更衣室に足早に去った。店長はタブレット端末とにらめっこしてた。店長が負けるまで帰れないし奥さん相手には負け続けんだろうな。


推しが結婚したってメッセージ送ったらあいつはなんて返すのかな。

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習作にもなんないもの 柿. @jd2020

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