喫茶店の小さな世界

 誰もいない閑散とした喫茶店。ここはよくふたりで来た場所だ。もうここに来るのはこれが最後。

 別れ話が一時間くらい前に済んだ。前々からそんな雰囲気にはなっていた。ただ明言することがなかっただけで数か月前から喧嘩もなくなった。ただそんな予感がやがて確信変わっていき、この喫茶店に会おうってなって現地集合だったのだが、道中思ったことは同棲じゃなくて良かったな、と。物件探しや家具家電雑貨の争奪といった面倒ごとがなくて助かったな、とそう思うだけだった。一緒にいることが有害であるとか、不幸せだ、とかではなく、無関心になっていった。『愛』の対義語は『無関心』というのはよく言ったもので、もう友人に話す話題は仕事か恋人とは関係のない不幸話が大半になっていたし、会う頻度も話すことも無くなっていった。もう付き合って5年だった。人生5年続くことなんてそうそうない。結婚も考えたさ。だからお互い維持しようと努力しようとした、別の人とおんなじことを5年やり直すなんてまっぴらごめんだとも思った。けれど、もう収拾がつかなくなっていった。全部演じているような感じがしてならなかった。とっくの昔に互いのことなんてみていなかったのだ。5年続いてしまった寂しい大人。それが現実だった。はやく別れて別々の人生を送る方が現実的だ。

 こうして5年紡いだふたりだけのちいさな世界は終わりを告げた。


 いまはもう誰もいなくなった喫茶店でお互い視線を下に落して黙り込んでいた。涙なんて一切出なかった。あとは店を出るだけだが、ぼくのカップに出涸らしの珈琲がたっぷり残っていたこともあって出るタイミングを失ってしまった。ここにぼくをおいて店を出ることもできただろうになぜか彼女はここにいる。最後の最後にぼくだけにみせた優しさだった。残酷な優しさである。ここでぼくと一緒に店を出たところで別にホテルに入るわけでもなかろうに。彼女は自身のスマホを手に取りほぅ、と小さなため息をついてスマホを放り投げた。テーブルに二台のスマホがある。その画面はふたつとも真っ赤だった。


 地球が、世界が、メツボーするらしい。


 カミサマは別々の道を歩んで幸せになろう、というぼくたちが許せないらしい。いまごろ他の人はどうしているんだろうか。将来を決めた人と世界が終わることを嘆きながら抱き合っているのだろうか。

こうなることを事前に知っていたら別れなかった。いや、付き合わなかった。いや、生きるのをやめていた。くそったれ。

 もう誰もいない喫茶店で。

 ふたりだけの世界で。

 世界と隔離された空間で。

 互いに別れを告げて小さな世界を終わらせた。

 

 あとは、世界とお別れするだけだ。


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