第2話:ヘレの初恋

 そこに立っていたのは、膝が震えながらもロクス達をキッと睨む少年――勇者だった。おそらく、先ほどの騒ぎのせいで、村から駆け付けてきたのだろう。


「ゆ、ゆゆゆゆ勇者!? 勇者なんで!?」


 ヘレが混乱しながら、ロクス達と勇者の間で視線を彷徨わせていた。


「っ!! ふはははは!! 来たな勇者よ!!」

「ピー……ガガガ……ワレワレハ……マオウグン、ダ……ピーヒョロロロロ」


 いきなり、ロクスとカロンがそんな事を言いながらヘレから距離を取った。その隙に、勇者がヘレの手を取った。


「君、大丈夫!?」

「はう! 間近で見ると……もっと可愛い」

「へ?」

「あ、いや……えっと」


 その時、ヘレの脳内に念波が届く。


『何やっているんですか!? 相手は勇者ですよ!? 接触は危険ですって!』

『ですぞ! 何が起こるか分かりませぬ! すぐに撤退を!』


 それはロクス達の魂の叫びだった。


 しかしヘレは、自分をただの少女だと勘違いして魔物から守ろうとする勇者を、握ってくれたその震える小さな手を、自ら放すことが出来なかった。


 ロクス達は自分の直属の部下であり、魔族や魔物、現魔王も含め、五指に入るほどの力を持つ。常人であれば、近付いただけで絶命するほどの魔力を秘めている。


 まだ幼く弱い勇者にとって……この目の前の二人は相当に恐ろしい存在のはずだ。なのに、彼は震える足を動かして飛び出してきたのだ。見ず知らずの自分を……救う為に。


 その時、心臓がトクンと波打ったのを、彼女は確かに感じた。


 だからこそ、彼女が念波でロクス達に送った命令はシンプルだった。


『――二人とも、勇者にやられたフリをしてあげて。……お願い』

『……そう言うだろうと思いましたよ』

『仕方ありませんな』


 そんな部下二人の言葉に、ヘレが照れくさそうに短く言葉を返した。


『ロクス、カロン……ありがとね』

「ぐはああああああああああ!? これは予想以上のダメージを受けてるぞ!? 威圧的お姉さんがロリ化するだけでこれほどとは!! ずっとロリバージョンを希望する!!」

「ガガガガガ!! こ、コレガ……ぎゃっぷモエ? ロリ女神バンザイ」


 何もしていないのに、悶え出すロクスとカロンを見て勇者が訝しむ。


「僕……何もしてないけど」


 あいつら、後で殺す……と思いながらヘレはそれを顔には出さず、勇者へと指示を出す。


「ゆ、勇者様、あの魔物達はきっと勇者様のオーラにやられているのですわ! 今のうちにトドメを!」

「え? あ、うん!」


 勇者が良く分からないまま、ヘレの言葉に乗せられ、手に持っていた木剣を握り直した。


「やれる……大丈夫……僕には星の女神様がついているんだ」


 そう言って勇者が剣に力を込めていく。それは勇者のみが使える〝星の業〟と呼ばれる力で、魔族や魔物に絶大なダメージを与える事ができるのだが……


 実はそれに見合わないデメリットがあることをヘレは知っていた。


「あ、ストップ。その力は駄目ですわ! 星の力は……


 あの性悪女神め……こんな子供にクソ重デメリットだらけの力を渡しやがって……! ヘレは心の中で激怒していた。


 歴代の勇者達が極めて短命で、魔王を倒しても数年以内に死んでしまうのも、これが理由だった。魂を削りすぎた結果――残るのは人の姿をした抜け殻だけだ。


  ヘレはそうはさせまいと、勇者を後ろから抱き締めるように手を彼の腰の前に回すと、木剣を握る彼の手に自分の手を重ねた。


「へ? あ、君、何を」


 背中に当たる柔らかい感触に顔を真っ赤にする勇者だったが、残念ながらその可愛らしい表情をヘレは見る事が出来なかった。見ていたら多分、ふにゃふにゃになっていただろうことは想像に難くない。


「あ、あたしが力を貸してあげる。だから……力を合わせて、あの悪い魔物達をやっつけましょう!」

「う、うん!」

「さっきの要領で、力を込めて。でも力を内からではなく……あたしの手から感じて」

「うん……あ、凄い……! 力が溢れてくる」


 ヘレの手を通して、極限まで圧縮された地獄の魔力が勇者の手から剣へと伝わっていく。


 ただの木剣が――バチバチと音を放つ赤黒い雷を纏い始めた。


『えっと……ヘレ様? それ、ちょっとマズくないですか? 魔王城一撃で潰すレベルの魔力込めてません?』

『あれ……我々でも直撃したらヤバいですぞ』


 その異様な魔力濃度に、空気が歪み、空が渦巻いているのだが、勇者は必死でそれどころではない。


「――いよいよをもって死ね、邪悪な魔物よ!! さあ勇者様! 放ちましょう! 魔……じゃなかった聖剣〝レーヴァティン〟を!」

『めっちゃノリノリになってるぞこの駄女神!? というかこれ避けたら避けたでここ周囲一帯が不毛の大地になるんですけど!?』

『ロクス殿、全魔力で防御結界を! 我が可能な限り魔力を吸収しますので、あとは頼みましたぞ!』

『無理ゲー過ぎるうううううう』


 部下の悲鳴も無視して、ノリノリになったヘレが勇者に叫んだ。


「勇者様、今です!!」

「うん! ていやあああああ!!」


 何とも気の抜けた勇者のかけ声と共に、木剣から生じた、地獄の極雷を纏う巨大な刃が振り下ろされた。


 轟音と衝撃音が響き渡り――ロクス達の姿は跡形もなく消えていた。


「やった……やった! 魔物を倒したぞ!!」


 しかしヘレは分かっていた。レーヴァティンを撃って、大地が無事なわけがない。少なくとも数十キロ範囲で破壊尽くされるのだが……。


「やるじゃんあいつら」


 おそらくロクスとカロンが全力で対応したおかげで、余分な力や魔力が他にいかず、結果として彼等が消滅するだけで被害は済んだようだ。


『やるじゃんではありません!! 死ぬかと思いました!!! いや地獄に戻ったので死んだんですけどね!!』

『やはりヘレ様の魔力は桁違いですな。しかし、それをいとも簡単に扱うあの勇者も……』


 二人の念波がヘレに届く。


『いやあ、すまんすまん。めんごめんご。つい本気出しちゃった☆ミ』

『つい、じゃないですよ!! あと念波で星飛ばすのやめてください! 眩しいわ!』


 なんて会話していると、勇者が木剣を持つ手をわなわなと震わせた。


「ど、どうしたの勇者様?」


 流石にやり過ぎたか!? と内心ビビるヘレだったが――


「す、凄いや!! あんな力を使えるなんて! きっと君のおかげだよ! 僕の名前はニケ! 君は?」

「あ、えっと……ヘレ……ですわ」


 謎の口調のまま、ヘレがドギマギしながら答えると、勇者――ニケが満面を笑みを浮かべて、彼女の手を握った。


「ヘレ……ありがとう! 君のおかげで魔物を倒せたよ! きっと君が……女神様の言っていた! これから長旅になるけど……よろしくね」

「へ? 聖女?」

「うん。星の女神様から神託があったんだ。僕の力を引き出してくれる聖女様が、僕を旅に導いてくれると。君がそうなんでしょ!?」


 そんな勇者の見当違いどころか、明後日の方向に暴走中な勘違いに、しかしヘレがどう答えれば良いか分からず硬直する。


『絶対に違うので、断ってくださいね!』

『フリではないですぞ!?』


 しかし、ヘレは既にニケに惚れてしまっていた。


 何せ、彼女は最強災厄の――地獄の女神だ。誰かに庇われるなんて、誰かに守られるなんて……初めての出来事だった。


 それは彼女にとってまさしく――


 そして恋する乙女は……無敵なのだ。


「あ、あたしがその聖女よ! さあ勇者様! 魔王を倒す旅に出ますわよ!!」

「うん! 行こう!」


 ヘレは魔王側のトップにもかかわらず……聖女と偽ることにした。そうすれば、もっと一緒にいられるし、旅の先に待ち受ける数多の危険や危機から彼を守ることができる。そう考えた結果だった。


 だが、まだこの時点で誰も気付いていない。


 ニケが初めて倒した魔物が……魔王以上の存在であるロクスとカロンであったがゆえに……彼の魂に溜まった経験値が既に――


 こうして無自覚最強勇者のニケと、最強災厄女神のヘレの、旅が始まるのだった。

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勇者に一目ぼれした地獄の女神、美少女に変身して現れたら旅の仲間になる予定だった聖女だと勘違いされる ~女神だとバレないように魔王軍総出で魔王討伐の旅を全力サポートしたら、勇者が無自覚最強になってた~ 虎戸リア @kcmoon1125

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