勇者に一目ぼれした地獄の女神、美少女に変身して現れたら旅の仲間になる予定だった聖女だと勘違いされる ~女神だとバレないように魔王軍総出で魔王討伐の旅を全力サポートしたら、勇者が無自覚最強になってた~

虎戸リア

第1話:地獄の女神の一目ぼれ


 地獄――最下層〝女神の間〟


「はあツマンネ。ゲームも飽きた」


 椅子にだらしなく座っていたのは一人の美しい女性だった。褐色に近い色の肌に燃えるような赤髪、血に濡れたような瞳。


 その異性を魅了する豊かなボディラインを強調するように、布を一枚だけ身体に巻いており、それだけの露出がありながらも、どこか高貴な雰囲気を纏っていた。


 彼女の名はヘレ。〝災厄〟を司る地獄の女神であり、魔族や魔物と呼ばれる者達の守護神にして、世界の闇側の頂点でもある。


 しかしそんな事とは裏腹に、彼女はやる気ない表情で、今にも椅子からずり落ちそうなほどに堕落していた。椅子の周囲には、様々な遊具――地獄製で地上の技術では再現不可能な物――が無造作に置かれている。


「……ヘレ様。また〝勇魔戦争〟が始まりましたよ」


 その側にいた、黒い巨大な狼がヘレにそう報告するも、彼女に聞いている様子はない。


「はいはい。どうせ勇者がうちの魔王に勝って終わりだからどうでもいい。あんなもん出来レースの人間サイドの都合だけでやってるんだから、適当にやっとけばいいさ。ロクス、今回の魔王役の奴にそう伝えといて。死んだらいつも通り時間空けて復活させるし」


 ロクスと呼ばれた黒い狼――正確には〝獄狼〟と呼ばれる数少ないヘレ直属の部下にして、最強の魔獣――が呆れたような声を出した。


「またそんな身も蓋もないことを。そりゃあ確かに星の女神……人間側の都合で始まった戦いですが」

「こっちが一方的に悪役にされてさ、あのクソ女の信仰を無くさない為のただの茶番劇だし。はーツマンネ」

「だが……此度は少々様子が違いますぞ」


 そう声を発したのは金属質の身体に、赤く光る単眼が特徴的な魔族――魔力仕掛けの殺戮人形〝ヘルゴーレム〟――であるカロンだ。


「なにが?」


 気だるげにヘレが脇に置いていた肉を囓りながらそう聞いたので、カロンが答える。


「やけに……今回の勇者は若いのです。どういう風の吹き回しでしょうな――見て下さい」


 カロンの単眼から光が放たれ、ヘレの前へと映像が投影されていく。


『ザザザ……うん、星の女神様から神託を受けたから、僕、魔王を倒す旅に出るよ……そうすれば……きっと病気の母さんも助けられる……ザザッ』


 ノイズ混じりの音声と共に、そこに映し出されたのは――。ふわふわの金髪に、冬の湖を思わせるような蒼色の瞳。まだ十代前半にしか見えず、その幼い顔付きは中性的で、ゆえにどこか危うい美しさを醸し出していた。


 だがその瞳には、悲愴な決意の光が宿っている。


「いつもなら選ばれるのは十代後半ぐらいの奴なんだが……星の女神も趣味が悪いな。父親がおらず病弱で寝たきりの母しかいない辺境の村の少年に勇者の力を託すとは」

「よほど勇者としての才能があるのでしょうが……まだ親に甘えたい年ごろの子供には辛い旅になるでしょうな」


 ロクスとカロンが会話するも、ヘレは無言のままだ。そして、手に持っていた肉をポトリと落とした。


「……ヘレ様?」

「可愛い……」

「どうなさいましたかヘレ様」

「……可愛い!」

「えっと……ヘレ様?」


 ヘレの様子がおかしいことに気付き、ロクスが慌てた様子で、その顔を覗き込んだ。


「ヤバいめっちゃ可愛い……待って。なんであんな可愛い子が勇者なの? あんな子に魔王討伐の旅なんてさせちゃ駄目だろ!? というかもっと強いオッサンとかジジイとかいっぱいいるし! あのクソ女神は馬鹿なのか!? 病弱の母を理由に勇者やらせるとか脅迫と一緒だろ!」

「な、何を言っているんですかヘレ様?」


 顔を引き攣らせながら、ロクスが三歩ほど下がった。カロンもそうだが二人とも、嫌な予感がしていた。


 なんせヘレの瞳には、とある紋章が浮かんでいたからだ。


「……可愛すぎる。もっと眺めたい、守ってあげたい、ギューしたい、チューしたい」

「いや……あの……相手はただの人間でしかもガキですよ? 完全にアウトです」

「だから?」

「へ、ヘレ様は地獄の女神……つまり勇者にとっては敵の中の敵……ラスボスどころか裏ボス的な存在でありまして。さっきのゲームで言えば裏世界の最後に出てくる奴で、諸悪の根源的な」

「だから良いんじゃない! なんかで読んだ悲恋物語みたいで素敵!!」

「いや……悲恋って言ってしまってますぞ……」


 ロクスとカロンが言葉を返すも、無駄だった。なんせ、ヘレの瞳の中の紋章――ハートマーク――が桃色の光を帯び始めたからだ。


「ちょっとラブしてくるから、あとテキトーにやっといて! あ、邪魔したら――部下だろうがなんだろうが、そこんとこよろしくね!!」


 こうして、ヘレは〝女神の間〟から姿を消した。


 それはこの星の歴史が始まって以来――初めての出来事であった。



☆☆☆



 ルーラシア大陸南部、ローデアイル王国辺境――〝カナル村〟


 カナル村は、今回勇者に選ばれた者が生まれ育った村で、大陸の最南端にある漁村だ。ゆえに、最北端の魔王領から最も離れた位置にあり、つまり最も魔王の影響が薄い地域であった。


 生息している魔物は、せいぜいゴブリンやスライムぐらいであり、武器さえあれば成人男性でも勝てるほど弱々しい魔物ばかりである。


「勇者ちゃんは何処かなあ~」


 そんな場所を――魔物の頂点である魔王を遙かに凌ぐ力を秘めたヘレが悠々と歩いていた。


 歩いた跡には濃い地獄の魔力が残り、それが周囲の動植物を変質させていく。


「だああああ!! ヘレ様何やってるんですかああああ!!??」


 牙が生え、棘だらけになったタンポポ……だった物が強酸を周囲に吐いていた。それを黒色の獣が、黒雷を纏う一薙ぎで蹴散らしながら、ヘレの後を追う。


「なんであんたがついてきてんのよ、ロクス」

「なんでじゃないですよ!! あんたいきなり勇者を殺す気か! 魔王城周辺の魔物よりもやべえやつらが後ろにアホみたいに生えてきてますって!!」

「ふえ?」


 ヘレが振り向くと――そこには地獄絵図が広がっていた。


 凶暴化したタンポポが、巨大なダンゴムシ……だった何かと殺し合っており、その側で少し吸っただけで死に至る鱗粉を巨大な蝶がまき散らしていた。闇属性のブレスを空に向かって吐いたドラゴンは、元々はただのトカゲだが、既にちょっとした村なら単体で潰滅させられる程の力を秘めていた。


「……流石にちょっとマズイ?」

「クソマズイですよ!! 勇者の村がこんな序盤にこんなガチモンスに襲撃されたら、星の女神ガチギレでラグナロクナウですよ!!」

「それはめんどくさいなあ……あいつ、ねちっこいし」


 なんて呟いたヘレの視界の中で、赤い斬撃が放たれた。ヘレは片手でそれを受け、ロクスはそれをひょいと躱す。


 しかし、その斬撃はその二人を除く――


「一掃完了。流石はヘレ様ですな。まさか片手で我の〝獄光閃ヘルライトスラッシュ〟を防ぐとは」


 そこに現れたのは、ヘルゴーレムのカロンだった。右手からは微かに、先ほど放った赤い斬撃の光が剣状に残っていた。


「誰に物を言っているのよあんた。それ教えたのあたしでしょ。つーかなんであんたまで」

「こうなると思ったからですぞ……」

「ヘレ様、地獄に戻りましょう。その身は地上に悪影響を及ぼし過ぎる。勇者が秒で死にますよ。無理ゲーどころか馬鹿ゲーレベルのやつです」

「そうですぞ……いくらなんでも最初の村から一歩出たら、裏ボスが現れたなんて洒落にもなりません」

「やだやだ!! 勇者ちゃんに会うの~」

「女神たるものが子供みたいな駄々をこねないでください……」


 ごろごろと地面の上で転がるヘレを、ロクスとカロンが呆れたように諭すが、当然無駄であった。恋する乙女は無敵である――いつか誰かがそう言ったのを二人が同時に思い出し、ため息をついた。


 乙女かどうかはともかく、一度言い出したら聞かないのがこの最強災厄の女神なのは間違いないからだ。


「……あ、そうだ。この身体のままだから悪影響を及ぼすんだ」

「へ?」

「ヘレちゃんミラクル☆チェーンジ」

「は?」


 部下二人の呆気にとられた声をよそに、ヘレがポーズを決めながら、赤黒い不吉な光に包まれていく。


 その光が消えた時、そこには――


「ヘレちゃん、美少女もーど、見参!」


 赤髪の少し褐色掛かった肌の美少女が立っていた。身体のラインは先ほどの大人形態よりは多少慎ましくなり、纏う衣装も露出が減って、なぜかどことなく聖職者を思わせる格好になっている。それでもおへそや胸元が出ており、ノースリーブに短いスカートのせいか、少し背徳感溢れる見た目になっていた。


「可愛いでしょ? 力もほぼ全部抑えたし周囲への影響はゼロに等しいよ?」


 声まで幼くなっているが、ロクスもカロンも無言である。


「おい、せめて一言なんか言いなさいよ」


 ドスを利かせた声はやはり今まで通り威圧的であり、ロクスとカロンが身体を震わせた。


「う、美しいです! 非常にオッサン臭い趣味の、格好と見た目ですが」

「び、ビューティフルですが、ロリコン向けかと。少年ショタに響くは些か疑問ですな」

「よし、お前ら殺す」

「「なんで!?」」


 なんて三人がじゃれ合っていると――


「あ、赤髪の君! は、早く逃げるんだ! なんでこんな強そうな魔物が……でも、助けなくちゃ!」


 そんな震えた声が響いた。


「あん? 邪魔すんな……よ……っ!!」


 ヘレが振り向いた先には――

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