ただの猿には出来ない殺人

芳川南海

殺戮オランウータンは何処に消えた?

「殺戮オランウータンが出たんだ」


 店に来るなり、百々軒とどのき警部はカウンター前のいつもの席に座って、雨上がりの虹でも見たかのような気楽さで言った。

 もちろん、それに対する俺の反応はこうだ。


この店ここは精神科の病院じゃねえよ。あと、今日はお嬢様オーナーの貸し切りなんで、さっさと出ていってもらえないですかね、お客様?」

「おいおい。ツレナイことを言うなよ。いつだって、この喫茶店はお嬢さんの貸し切りじゃないか。それに、こんなに席が空いているんだ。おもしろ警察官の一人増えたって、ほら、店の売上に変わりはないだろう?」

「……そう言うなら少しは売上に貢献しろ。うちはアンタのコーヒーサーバーじゃない」

「なぁー、お嬢さん。今日もお邪魔していいかい?」


 店の(雇われだが)マスターである俺の言葉を無視して、百々軒は奥のテーブルで静かに読書とコーヒーを楽しむ少女――つまり俺の雇い主で、この店のオーナーである二枚橋にまいばし恋歌れんかに声をかけた。


「構いませんよ」


 いつものことだが、恋歌は英字がプリントされた表紙――赤黒いニンジャが敵の首をチョップでぶった斬っている――のペーパーバック小説に視線を落としたまま、無関心そうに許可を出した。たまには百々軒警部の戯言など拒絶してくれても良いと思うのだが、読書中の彼女にしてみれば彼の世間話など有線ラジオと大差ないのだろう。BGM代わりにするから気にするな、ということだ。

 それを言うなら、俺も適当なタイミングでコーヒーとケーキを出してくれる便利なコーヒーサーバー程度にしか思われてないのだが。


「というわけでだ。マスター、一杯頼むよ。いつものやつね」


 カッカッカッと、天下御免のお墨付きを得た素浪人のように笑いながら、厚かましい注文をする百々軒。俺は渋々と、近所のカルディで買ったブレンドコーヒーを電気ケトルで適当に沸かしたお湯でドリップする。カップも百均で買った安物だ。

 ……仮にも喫茶店のくせに市販のブレンドを出すなんてプライドは無いのか?と思われるかもしれないが気にしないでくれ。なにせ俺は雇われマスターだ。数ヶ月前までは接客業とは無縁の仕事についていたし、ある事件に巻き込まれて恋歌と出会うまでは安い缶コーヒーしか飲んだことのない人間だ。そんな奴が洒落た珈琲店のバリスタだのブリュワーズだのに一朝一夕でなれるはずがないのだ。その辺は恋歌も承知していて、色々あって無職になった俺を『適当なタイミングでコーヒーとケーキを出す給仕係』として雇ってくれたわけである。

 まぁ、それに正直、過去の事件のこともあって警察に対して良い思い出というのが、目の前の百々軒を含めて全く無いし、苦手意識のほうが強いのだから塩対応になるのも仕方がない。

 ……コーヒーに塩でも入れてやれば良かったかもな。


「それで……話を戻すとだな」

「戻さんでいい。それを飲んだら帰ってくれ」

「殺戮オランウータンが出たんだ。昨日の夜」


 カップに口をつけながら、百々軒は至極真面目な顔で言った。どれくらい真面目かと言えば、『車で帰宅途中にオレンジ色の空飛ぶ発行体に遭遇し、灰色の宇宙人リトル・グレイに誘拐されて金属片を埋め込まれた』と語るアブダクション被害者のような真面目さだった。

 こういう話を真面目にする手合いへの対処方法は簡単だ。話を聞き流すのだ。適当な相槌を打つと百々軒は、さらに声音を神妙にさせた。


「事件が起きたのは深夜1時頃。世田谷の会社役員宅から『オランウータンに殺される』と110番通報があった。それだけなら流石にイタズラ電話と判断するところだが、電話越しに物が割れる音や悲鳴のような声が聞こえたらしく、事件性ありと見て付近を警ら中の警官を向かわせた。で、警官が現場に駆けつけると、家の中は酷い有様だったそうだ。一家五人皆殺し。内装も家具もしっちゃかめっちゃかだが、遺体の損壊はことさら激しくて千切れた手足や内臓が天井まで引っ付いてたって話だ。あ、現場写真見るかい?」

「見ねえよ! 見せんなよ! 捜査資料だろ、それ!」


 一般人の俺がまっとうな反応をすると、百々軒は大変残念そうに写真を上着の内ポケットに戻した。悪いがスナッフでスプラッタな写真を見る趣味は俺にはないんだよ。


「というか、それ今朝からずっとニュースになってる事件だろ? アンタが担当なのか?」


 ちょうど有線ラジオのニュース番組が百々軒の言う事件を報じていた。

 もちろん『殺戮オランウータン』などというトンチキな単語は一切無く、会社役員一家が殺害され、遺体の損傷から大型の動物の仕業の可能性を示唆していると、百々軒に出したコーヒーほどにマイルドな表現ではあったが、凄惨な殺人事件が起きたことをアナウンサーが淡々と語っている。


「だったら、ここで油なんか売ってないさ。パニックになるから報道規制が敷かれているが、現場にはオランウータンと思われる毛と足跡が発見されてるんでな。猿の吠える声を聞いたっていう近隣住民の情報もある。となれば警察も捜査は二の次、市民の安全を守るため猟友会と専門家を引き連れて消えたオランウータンを探し回ってるって状況さ」

「だったら、アンタも一緒に探しに行けよ」

「それは吝かじゃないがね。俺が加わったところでどうにもならないのが現状さ。所轄と警視庁が優秀な警察犬を出して朝から探し回ってるんだが、この時間になっても足取りがつかめてない。おかしいとは思わないか?」


 百々軒が腕時計を指で叩いた。午後三時。おやつの時間である。

 俺はカウンター裏の冷蔵庫から駅前のケーキ屋で買ってきた桃のタルトをケーキ皿に載せ、オーナー用の高級カップに新しいコーヒーを注いだ。もちろん、このコーヒーも近所のカルディで購入した豆だが、百々軒に出したものとは別のお高いやつだ。奥のテーブルに運び、空になったカップと入れ替える。恋歌は礼を言うでもなく、ただ黙々と読書している。残りページは三分の一程度だった。

 俺がカウンターに戻ると百々軒は待っていたと言わんばかりに話を再開した。


「よく考えなくても、おかしな話だ。オランウータンみたいな大型の類人猿がどこからともなく現れて、五人も殺して煙のように姿を消したんだぞ。自慢じゃないが初動捜査がしっかりしている時の日本の警察は大変優秀だ。なのに見つからない。近隣の――と言っても現場からはかなり離れているんだが――動物園にもオランウータンが逃げ出してないか問い合わせ済みだ。飼育員が嘘をついてなければ、脱走事案は起きてないそうだ。しかし現に五人が謎のオランウータンに殺害されている。これは事実だ。だが街中まちなかには監視カメラもあるっていうのに、誰も目撃していないんだ。殺戮オランウータンを」

「じゃあ『殺戮オランウータン』なんて存在しないんじゃないですか?」


 存在しないから見つからない。当たり前のことを俺は言ってやったが百々軒は納得していないようだ。


「そう思いたいところだが『現場にはオランウータンと思われる毛と足跡が発見されてる』んだよ。そもそも一切の道具を使わずに、人間の腕を引きちぎって首をねじ切るなんて真似が、普通の人間に出来るとは思えん。捜査本部もそう考えているからオランウータンの捜索をメインにしているんだ」

「だけど、アンタはそうは思ってないんだろ」

「……さてね」


 百々軒警部は肩をすくめると、手元のカップに残っていたコーヒーを飲み干した。


「で、恋歌お嬢さんはどう思う?」


 勘の良い人なら気づいているだろう。百々軒が俺に向かって延々と世間話――という名の情報漏えいをしていたのは、すべて恋歌に聞かせるためだ。

 恋歌はペーパーバックを読み終えたのか、パタンと閉じると湯気の立つカップに口をつけた。

 一口。ほんの一口だ。唇を湿らせ、舌を滑らかにするための一口。有線ラジオが流れる店内に、カップがソーサーに触れる音が響く。

 一息。ほんの一息ついてから、恋歌は言った。


「こんな事、ただの猿には出来ません。だから犯人は――」




「ただの猿ではないと思います」


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「ただの猿ではない、って事は恋歌れんかお嬢さんは殺戮オランウータンが存在するって言うのかい?」


 拍子抜けしたように百々軒とどのき警部が恋歌に聞き返す。しかし恋歌は「いいえ」と答えた。


「警部さん、それは私の答えと認識がズレてます。『殺戮オランウータンが存在するか否か』という質問でしたら、私の答えはノーです」


 ……ああ、良かった。恋歌は、まだマトモだった。

 俺は二人に聞こえないように安堵のため息をついた。

 雇い主が胡乱な存在を信じるヤバい奴だったら――いや、まぁ、正直な胸の内を述べるなら、殺人犯にされかけた無職の俺を拾って雇うような変わり者のお嬢様なので、トチ狂って『殺戮オランウータンが存在する!』とか力説しやしないか気が気でなかったが、それは俺の杞憂だったようだ。というか『殺戮オランウータン』などというSNSの検索サジェストを三秒で汚染しそうな胡乱で物騒な生物が実在してほしいと思う輩がいるのか、俺が陰謀論者だったとしても甚だ疑問に思うだろう。

 そんな従業員(一名)の胸中を知る由も無い雇用主のお嬢様は、疑問符を浮かべる百々軒に話を続けた。


「オランウータンは犯人じゃありませんよ。そもそもオランウータンは繊細な動物です。適切な環境下でなければ動物園でも飼育が難しいと言われていますし、オランウータンが人間を襲ったという明確な事例は報告されてなかったと思います。小説か漫画ならオランウータンが犯人かもしれませんが、この事件で考えれば体高約1.5mで体重100キロ前後の毛むくじゃらの生き物が現場から逃走してるのに、深夜とは言え都会の真ん中で誰にも目撃されていない時点でおかしいんです」


 至極まっとうな指摘だろう。恋歌の正論に警部は渋い顔を見せた。


「ああ。確かにそれは俺も考えた。しかし現場に残された遺留品はオランウータンの毛と足跡はどう説明する? それが解決しない限りは警察は『殺戮オランウータン犯人説』を視野に入れざるを得ない。そっちの方が市民への脅威度が高いからな」


 警部の言いたいことは、警察の捜査に関して無学な俺にも分かる。オランウータンが犯人かどうかは別としても、『殺戮オランウータン』によって一般市民に被害が出たと思われている以上は、その危険な類人猿を追わなければならないし、さらなる被害を食い止めなければならない。それが出来なかったら、各方面からの突き上げを喰らうわけだし。 


「ところで百々軒警部。殺された方は会社役員とのことですけど、もしかしてテレビや放送に関係する会社の方ではありませんか?」

「……ああ、よく分かったね。とあるテレビ局のお偉いさんだそうだよ」


 恋歌の質問――というか彼女の中で組み上がっている推理を補強するための確認に、百々軒は首肯した。恋歌の方も、その回答が返ってくることを確信していたのだろう。「なるほど」と呟いて、人差し指を細いあごに当てた。


「現場に残された遺留品ですけど……おそらく存在しないオランウータンに罪を着せるための偽装工作です。きっと国内か、もしくは海外のどこかの動物園で飼育されているオランウータンから体毛を入手したんでしょう。その時に足型も作ったんじゃないでしょうか」

「それが偽装工作だとして、いったい何のために?」

「オランウータンに注目させるためですよ。現に警察は逃げたオランウータンの行方を追っていますよね?」


 彼女の指摘に百々軒はうなずく。俺は高い方のカップを磨きながら、恋歌の次の言葉を待った。


「危険なオランウータンを探すあまり、捜査本部は『犯人が車で逃げた可能性』については捜査の優先順位が低くなってます。それが犯人の狙いなんです。警部は、ハーバード大学で行われた認知学の実験動画はご存知ですか?」


 百々軒が怪訝そうに俺の方を見やる。なんでこっちを見るんだ。

 俺も含めて返事がないため、恋歌は落胆まじりに息を吐く。


「『選択的注意テスト』と呼ばれる動画です。バスケットボールをする学生たちの映像の中で、白いユニフォームのチームが何回ボールをパスをするか数えるテストなのですが、実は途中でゴリラの気ぐるみを来た人物が画面中央を横切ります。しかし、多くの人が『白チームのパスの回数』に気を取られ、ゴリラが通ったことに気づかない。どことなく似ていると思いませんか? 『殺戮オランウータン』に気を取られ、真犯人が逃げたことに気づかない今の状況に」

「じゃあ犯人は意図的に『殺戮オランウータン』を演出したというのか――いや、だとしてもおかしいだろう? 自分の存在を隠すなら、オランウータンの仕業に見せかけるより強盗の仕業に見せかければいいじゃないか」

「きっと真犯人にとって、物取りの犯行に見せかけるほうがリスクが高かったんですよ。例えば、何かを盗み出す必要があって、それが無くなったことが分かると自分に容易く辿り着いてしまうから、とか」


 恋歌の言うことには確かな説得力があった。強盗が入ったら警察は盗まれたものがないか調べるだろう。だが、動物が暴れてメチャクチャにされたなら、物が壊れたり無くなってたりしても、誰も不思議には思わない。

 ――不思議に思うのは、そこにいる風変わりなお嬢様ぐらいなものだ。

 少し温度が下がったコーヒーに口をつけ、恋歌は推理を続けた。

 

「最初に『何故オランウータンが犯人なのか?』ではなく『犯人がオランウータンである理由』を考えると色々見えてきますよ、警部。架空の犯人はライオンとか熊でも良かったんだと思いますが、おそらく真犯人には、その動物の体毛や――特に足跡の偽装工作を用意するのが難しかったのでしょうね」


 タルトの中で最も硬い端の縁にフォークを突き立て、恋歌は口元に運ぶ。いつの間にかピーチタルトは最後のひとかけらになっていた。彼女は味が気に入らないと平気で残すから、今回のタルトは当たりだったのだろう。俺は心のノートにお嬢様の好みをメモしつつ、上機嫌で推理を披露する恋歌の様子を見守った。


「動物園から逃げたオランウータンが本当にやったのなら、もっと事件現場は動物園に近いはずです。でも事件現場は動物園からはかなり離れている。被害者が密輸されたオランウータンを地下室で飼っていた……なんてケースも考えましたが、警部の話から推測するに被害者がオランウータンを飼っていた可能性は低いと思ってます。となれば犯人は車で被害者宅までやってきて殺人を犯し、車で逃走したと考えるのが最も矛盾がない」

「じゃあ、遺体の損壊状況はどう説明するんだ? お嬢さんの説だと人間が偽装しているってことになるが、人間の腕力だけで、あんなバラバラの死体が作れるっていうのかい?」


 百々軒の疑問も無理のないことだろう。腕を引きちぎって首をねじ切る腕力の人間なんて、肌が緑色になるガンマ線を浴びた奴にしか出来ない真似だ。そんなのが実在するなら、それこそ殺戮オランウータンだって存在してしまう。

 だが恋歌は百々軒、そして俺の疑問に対して吹き出すように微笑った。


「いいえ。それは流石に無理ですよ。殺人犯はのですが、かと言ってんです」

「――は?」


 俺は思わず拭いていたカップを取り落しそうになった。

 さすがに、ここに来て超人○ルク犯人説は想定していなかったぞ。

 それについては百々軒も同じだったようだ。彼は今までの説得力のある推理を覆す恋歌の言葉に慌てた様子で聞き返した。


「はぁ!? ちょっと待ってくれないか? それじゃあ謎の怪物が人を殺したっていうのかい?」

「それこそファンタジーですよ。怪物も殺戮オランウータンもいませんが、居るじゃないですか。オランウータンよりも小型で、しかし人間よりも腕力か強く、獰猛で凶暴、そして狡猾で残忍な類人猿――」


 恋歌は、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して断言した。




「つまり殺人の実行犯はチンパンジーなんです」


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「例の飼育員が自供したよ」


 三日後。

 いつものようにお嬢様オーナーの貸し切りである我が喫茶店しょくばにやって来てカウンター席を占拠する不良刑事が、適当に出してやったインスタントコーヒーを味わいながら言った。


「動機はお嬢さんが推理したとおり、犯行に使ったチンパンジーが出演していた動物番組で起きた事故――チンパンジーがアシスタントの女性に噛みついて怪我をさせた事件が原因だ」


 たしか半年ぐらい前にネットニュースで見かけた事件だ。

 当時の俺はブラックな会社で連勤術士をしていたので、テレビ番組にも疎く、ひと読みして流してしまっていたが、加害者(チンパンジー)の処分を巡って色々と悶着があったらしい。


「その事件が原因で飼育員は今月で解雇され、チンパンジーは秘密裏に殺処分される予定だったそうだ」

「チンパンジーはオランウータンと同じく、ワシントン条約で保護が義務付けられている動物ですもの。熊や野犬のようには軽々しく処分できませんからね」


 恋歌にしては珍しく、読み終わる前のペーパーバックから顔を上げて百々軒の世間話に混じってきた。

 ……夕方から雨になるんじゃないだろうか。


「もともと飼育員の方はチンパンジーをテレビに出すつもりはなかったらしいが、当時、番組で一番偉いプロデューサーだった被害者に頼まれて出演することになったらしい。テレビに出たおかげでチンパンジーは人気者になったが、例の事件が起きてしまった――というわけだ。結果、自分は飼育員を解雇され、赤ん坊の頃から育ててきたチンパンジーは殺処分。自分たちのおかげで出世したくせに損害賠償を支払わせようとする被害者に恨みが積もって今回の犯行を計画したそうだ。あとはお嬢さんが推理したとおりだ」

「じゃあ、そのチンパンジーは……」

「ああ。犯行の後、飼育員が直接処分したと供述している。動物園も、表向きには心臓発作と発表するつもりだったようだ」


 百々軒は淡々と答えた。恋歌の方も、その回答が返ってくることを確信していたのだろう。「そうですか」と呟いて、前髪を軽く払うと視線をペーパーバックに戻した。

 視線を戻したまま、恋歌もまた平坦な声音で言った。


「チンパンジーのオスは五歳を過ぎると攻撃的になると言われています。有名な例で言えば西アフリカのシエラレオネ共和国で飼育されていたチンパンジーのブルーノ。彼は配下のチンパンジーを使って人間一人を虐殺し、未だに逃亡を続けている実在する『殺戮チンパンジー』です」


 ……マジか。そんなのが居るのかよ。大概にしてくれ現実。小説より奇妙なことをするんじゃねえよ。うんざりした気持ちが顔に出ないように注意しつつ、俺はカップの手入れに戻る。いつもなら読書中の恋歌は何も語らず黙々と本に集中しているのだが、今日は珍しいことに饒舌だった。


「今回の事件のチンパンジーにしても、以前から危険性は指摘されていましたし、事故についても起きうるべくして起きた事故という見方も出来ます。結局のところ、人間たちのエゴが、ただのチンパンジーを『殺戮チンパンジー』に変えてしまったんです」



 寂しげに呟いた名探偵が手にしているペーパーバックの表紙には、赤色の英字で題名がプリントされていた。

 猿の惑星Planet of the Apes、と。

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ただの猿には出来ない殺人 芳川南海 @ryokuhatudoumei

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