第4話

 高岡君は勇気を出して告白してくれているんだから、ちゃんと聞いていないとダメだと思いました。たぶん、泣くのを堪えて不細工な顔になってるかもしれません。


「ずっと昔に、図書館で話しかけてくれた女の人が小説を読むことを勧めてくれた。……難しい漢字や知らない言葉もあったから、一生懸命に調べながら読んだんだ。……本当に驚いたよ。その中には色があったんだ。色が言葉になってるんじゃなくて、言葉が色になって僕は鮮やかな世界に溶け込むことが出来た。」


 言葉が色になる……。きっと高岡君の世界が広がった瞬間だと感じました。


「本の中では自分の好きな色で塗ってもいいんだよって、その人は教えてくれたんだ。」


「……うん。」


「それまでは、空を緑に塗るとバカにされたんだ。……空は青に決まってるって。」


「……うん。」


「でもね、その人は、『そんなこと誰も決めてないよ』って言ってくれたんだ。……空も海も見ている人の気持ちで色を変えるんだって教えてくれた。」


「……うん。」


「憧れたんだ。『文学』としての存在価値を教えてくれた……その人に。僕に色彩を与えてくれた、その人に。」


「……それが、高岡君にとっての『文学少女』なの?」


「バカな理由だろ?……その人が、小説に登場するような『文学少女』のイメージと全く同じだったんだ。……でも、周りにそんな雰囲気の人がいないことに驚いたよ。もしかしたら、思い出補正されて、僕の頭の中に『文学少女』を作り出したのかもしれないって考えた。」


「……そんなこと、ないと思うよ。……ちゃんといたんだよ。」


「そうだといいな。……僕の中で、絶滅危惧種と同じ扱いになっていたから、出会えたら守りたいって思ったんだ。……それでも、なかなか出会えなくて……。」


「私を変えようと考えたんですね?」


「最初に話しかけた時、反応がなかったから焦ったんだ。」


「焦っているようには見えなかったですよ。」


「かなり焦ってた。もう、桜井さんに決めちゃってたからね。」


 ボロボロと涙を流しながら、高岡君に抱きついてしまいました。

 口を開けると泣き声しか出てこないと思ったので、それを我慢するためにはやむを得ない緊急措置だと思います。


「すごくくだらないことだったけど、僕の中では大切なことだったんだ。……でも、そんなことに付き合わってくれて、ありがとう。」



 声が出せない状態でそんなことを言ってくるのは卑怯です。


――変なことなんかじゃない。……高岡君が大切にしたかった想いだって分かっているから、付き合わされてるだなんて思ってない。


 高岡君が憧れた「文学少女」を、いつか超えてみせる決心をしました。


――これからは、私が高岡君の世界に色を与える存在になるので安心してください!


 その後は、泣かされた責任を取ってもらい、送ってもらって帰ることになりました。

 帰り道では「何でも答える」と言ってくれた高岡君への質問時間になります。


「どうして、私だったんですか?」


「……言葉遣いが丁寧で、国語の成績が良かったから……かな。」


「えっ!?……それだけ?」


「いやっ、それだけではないよ。物静かな雰囲気で可愛かったから、きっと似合うと思ったんだ。」


 おだてられていたとしても、悪い気はしません。「可愛い」と言ってもらえたことの収穫は大きかったと思っています。きっと、こんなことがなければ言ってもらえなかった言葉かもしれません。


「……でも、見た目だけなら、雰囲気ありそうな人は沢山いると思うよ。」


「そうかな?……本を読んだり、選んだりしている時に背筋が伸びているかも大事だし。文字を追いかける瞳の動きも気になるし。読み終わった時、余韻に浸るような表情を見せてほしいし……。」


「えっ?……私、そんなに細かくチェックされてたの?」


「大事なことだからね。一年の時に桜井さんが図書室で本を探しているところを偶然見かけたんだ。……その時に僕は確信してた。」


「偶然だったの?……本当は女の子を物色してたんじゃないのかな?」


「厳選してたんだよ。」


「でも、選んでたことに違いはないですよね?」


「ギターを弾いて音楽をやっているのも、目のことがあったから?」


「そうかも……。ギター弾いて音を出したり、歌詞の言葉を考えたりしてると、自分の中の世界が広がる気がしたんだ。」


 もしかすると、高岡君の見ている世界の方が色彩鮮やかなのかもしれません。高岡君が作った曲で私の世界は広がりました。


 あとは、大切なことを聞き忘れてはいけません。


「『絶滅危惧種の保護活動』で私は保護対象になるんですよね?……これからも、ちゃんと私のことを保護してくれるんですか?」


「えっ?」


「高岡君が図書館で会った女の人ほどじゃないかもしれないけど、かなり理想的な『文学少女』に近付いていると思いますよ。……それなら、責任を持って『保護』してもらわないとダメですよね?」


「……まぁ、頑張ってみる。」


「それなら、ずっと『保護対象』でいられるようにするね。」


 これだけでは、付き合ったことになるのかは少し微妙かもしれません。


「……でも、『少女』って呼べれるのは18歳くらいまでなんですけど……、その歳を過ぎたら、どうなるんですか?」


「あっ、そこまでは考えてなかった……。どうしよう?」


「18歳を過ぎても、ちゃんと保護してもらわないと困りますよ。高岡君を信じていてもいいですか?」


「……善処します。」


 そう言われながらも伸ばされた手を繋ぎ返してしまうのは、私の甘さかもしれません。

 たぶん、今日の高岡君は一生懸命に話をしてくれたと思うので大目に見ることにしました。



 ある日、原君が私の傍まで来て話し始めました。


「全部聞いたって?」


「あっ、うん。……全部教えてくれた。原君は知ってたんだね。」


「小学校の時、見てる景色と全然違う色で絵を描いてたんだ。建物の色や花の色。……それで、『お前、頭大丈夫か?』ってきいちゃったんだ。」


「……うん。しょうがないよね。」


「『色が分からないんだ』って聞かされた時は、意味が分からなかったよ。」


「私も小学生の時だったら、すぐに理解できなかったと思う。」


「みんなで遊んでたら、あいつが足から血を流してたんだ。それで、『血が出てるぞ』って教えてあげたら『あっ、血だったんだ。汚れてるだけかと思った』って言われて、やっと少し分かった。」


 原君も優しい人だと思いました。

 きっと、「頭大丈夫か?」と言ってしまったことを後悔していたんです。自分が当たり前に見えている世界が、当たり前のものではありませんでした。


「それで、ずっと近くで教えてあげてたんだね?……よく躓いたりもするから危ないし。」


「まぁね、あいつと話してると退屈しなかったし。」


「あはは、何だか色だけじゃなくて、全然違う世界を見ているんじゃないかって思う時があるもんね。」


「……でも、これからは桜井さんが代わってくれそうだから、楽になるよ。」


「うん。……あっ、でも、18歳以降の約束ができてないから油断してたらダメだよ。」


「何それ?」


 私は「文学少女」として高岡君に保護してもらう立場でありますが、高岡君の世界に鮮やかにする手伝いもします。

 高岡君相手では文学的な表現を身につけないと「情緒に欠ける」と注意されてしまうかもしれません。


――原君も国語の成績が良いのは、ずっと高岡君に伝えることをしてたからかな?


 そんなことを考えてしまいました。




 高校三年生は別々のクラスになってしまいました。しかも、少し不安要素が発生してます。


 最近、同じ高校の中で、何故かロングヘアのメガネ女子率が高くなり始めていたのです。


「茅乃の影響だと思う。……しっかり高岡君と仲良くなってるのに、他の男子からの人気もあるから、みんなが真似してるんだよ。」


 それだと、「絶滅危惧種」ではなくなってしまうので困ります。一般的な動物であれば絶滅の危機がなくなるのは喜ばしいことなんですが、私の場合は事情が違います。

 高岡君の保護活動としては保護対象が増えることになり、状況は大きく改善されることになるのですがモヤモヤが消えません。


 ちょっとだけ不安を漏らした私に高岡君が言ってくれたのは、


「いや、外見だけの問題じゃないからね。……桜井さんは完成形だと思うよ。」


 この言葉で喜んでしまっていてはダメなんです。


 しっかりと「他の文学少女っぽい子に気を取られるの禁止」として、私の「保護活動」に専念してもらわなければ意味がありません。



 あと、別のクラスになってから、こっそりと私を観察しに来ているのは知っていました。放課後、私が本を読んで高岡君を待ってると静かにやって来ます。

 放課後の誰も居なくなった教室で本を読んでいる姿が理想的という情報も聞き出していました。


 そんな「文学少女」の私を観察しに来る高岡君を一早く発見することは重要です。何度も見せてしまうと稀少価値は下がってしまいます。


「あっ、高岡君。……それじゃぁ、帰りましょうか。」


 と言って、本を閉じると残念そうな顔を見せてくれます。



 今は少しだけ、そんな表情を見ることを楽しく感じていました。



 当初の目的であった「絶滅危惧種『文学少女』の保護活動」は達成できているので、高岡君の高校生活は有意義なものになっていると思います。


 そして、私が「少女」の時期を終えてからの保護活動についての交渉も順調に進んでおり、今度は言葉で伝えてもらう予定になっております。

 同じ大学に進むことを決めているので、「保護対象」からの昇格も同時で進行させなければなりません。



「……あのぅ、ちなみに聞いてみたいことがあったんだ。」


「えっ?何?」


「高岡君が告白する時の言葉は、文学的なものになるのかな?」


「……それって、『月が綺麗ですね』的なことを言ってる?」


「そうなるのかな?」


「桜井さんは、『月が綺麗ですね』の答え方は知ってる?」


「『はい』の時は『死んでもいいわ』で、『いいえ』の時は『まだ死にたくありません』ですよね?』


「僕は、告白の答えであったとしても『死んでもいい』なんて言ってほしくはないんだ。……そうなると、『月が綺麗ですね』とは言えないかな。」


「そっか、『まだ死にたくありません』って言われると、断られちゃったことになるからね。」


「……それに、自分の気持ちを伝える時に、他の誰かの言葉は借りたくはないね。ちゃんと自分の言葉で伝えるように努力はするつもりだよ。」


「期待してるね。」


「あぁ。」


 お互いが「ん?」という表情になって顔を見合わせてしまいました。

 今の会話はなかったことにしようと思います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶滅危惧種の保護活動をする高岡君は、桜井さんを保護することになりました。 ふみ @ZC33S

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ