第3話
高校二年生の文化祭も、高岡君はバンドの応援で参加します。「今年もオリジナルの曲を演奏するの?」と聞いてみると、
「するよ。……自分の作った曲だから少し恥ずかしいんだけど、頼まれてるからね。」
高岡君としては、自分の中にある世界を見せているようで歌詞の方が恥ずかしいと言っていました。
繊細な言葉を紡いで一冊の小説みたいに世界を作ってくれる曲。去年は、「後悔」の気持ちが邪魔をして純粋に感動することができなかった時間を、今年の私が取り戻してくれるはずです。
そして、今年の文化祭で計画していることがありました。
まだ、あまり長くはなっていないけど髪を下ろして、メガネをかけてみようと思っています。私がステージの上で演奏している高岡君を見てドキドキさせられるだけでは不公平なので、僅かばかりの対抗措置を取るつもりです。
もちろん、私の姿に高岡君がドキドキしてくれなければ、一方的に私だけがダメージを受けることになるので覚悟は必要になります。
覚悟をした甲斐があり、驚いた顔でギターを弾いている高岡君を見ることが出来ました。
今年は高岡君が作る世界の中で過ごすことを許してもらえて幸せなはずなのに、私は流れ出す涙を止めることができません。
「去年も泣いてくれてたよね?」
覚えてくれていたことは嬉しいですが、演奏を終えた高岡君からの最初の感想は意地悪だと思いました。でも、去年と今年の涙の意味が違うことを彼は知らないはずです。
「歌詞もメロディも『大好き』。」
気持ちが高ぶっていたことで、便乗して伝えてしまいました。そして、私の気持ちが落ち着くまで一緒に過ごしてくれます。
高岡君とのことでバレていないと思って過ごしていたのは、私の思い込みでしかなかったようです。友達曰く、かなり「分かり易かった」らしく、友達が二人の写真をスマホに残してくれました。イベント特有のテンションには感謝しかありません。
文化祭は校外招待者の来客も認められていて、色々な人の姿を見かけました。
もうすぐ終了時間となった頃、見慣れない女の子が私に近付いて話しかけられました。
「あなたが、高岡君の彼女なんだ……。」
彼女と呼ばれるための儀式が終わってもいない状況では、否定するしかありません。
私が「違います」と短く答えたのが気に入らなかった様子で、相手の子を苛立たせてしまいました。それから勝手に話は進んでいきます。
「彼女でもないのに、高岡君の変な理想に付き合ってるんだ?……せっかく、カッコイイのに変人だよね彼。『文学少女を絶滅から救う』なんてことに一生懸命になるなんて、バカみたいだよ。」
何を言っているのか分かりませんでした。
――「文学少女を絶滅から救う」ことに一生懸命になっている?……あっ、「絶滅危惧種の保護」の「絶滅危惧種」は「文学少女」なんだ!
目の前にいる子がピリピリした態度になっているのに、可笑しくて笑いだしそうになります。
――そんなことに一生懸命になってたんだ。
これまでの高岡君の言動から思い当たる節が多過ぎて、嘘ではないことは確実です。
「……高岡君、古い小説に登場するような雰囲気の『文学少女』がいなくなってることが嫌なんだって。初めて聞いた時は気持ち悪いと思った。……それに合わせてるあなたもどうかしてると思うんだけど?」
私は、この子が苛立っている理由は分かっています。他人を平気で「気持ち悪い」と罵れてしまう彼女が、高岡君の世界に入れてもらえるはずがないとも思っていました。
――懐かしい雰囲気の文学少女が好きだから、電子書籍端末じゃダメだったのかな?
――だから長い髪でメガネをかけていてほしかったのかな?
確かに理想を押し付けられているのかもしれません。それでも、腹が立ったり、悔しいがったり、そんな感情は湧いてきません。好きな人のために、変われる自分でいることが悪いコトだとは考えていませんでした。
――好きな人のために変わることって悪いことなのかな?……それが、理想的な「文学少女」っていうだけだと思うんだけど。
ただ、高岡君の「趣味」が変わっていて、そんなことに一生懸命になっていることが可笑しかっただけです。変人であるのは分かっていましたが、それ以外の彼を私は知っています。
私が漏らしてしまった笑みを見て、それ以上は何も言わずに帰ってくれました。
その子がいなくなった後で一人になって、「好きな人のために」と考えていた自分が恥ずかしくなってしまいます。
ただ、ずっと以前から気になっていた「絶滅危惧種の保護活動」についての謎が解明できたことだけは嬉しかったです。高岡君が「文系」だったことに全く矛盾はありませんでした。
高岡君の考える「絶滅危惧種」は「文学少女」で、保護対象として選ばれたのが「桜井茅乃」だったのです。
――あれ?……そうなると、私は高岡君に「保護」されてることになる?
あの「桜井さんは小説を読む?」から高岡君の活動は始まっていたことになります。
――「保護=大切に守られている」……。都合のいい解釈かもしれないけど、悪くないかな。
そんな思考を巡らせている時に、「どうしたの?」と高岡君から声をかけられてしまい、おそらく真っ赤になっていたと思います。
恋愛感情ではなくて、「絶滅危惧種の保護活動」として始められた関係にはなりますが、これも一つのきっかけです。それからも、髪を伸ばしてメガネをかけることは止めませんでした。
――保護してもらえる対象でいないと!
もっと極端に「文学少女」を意識して、三つ編みに挑戦しようかとも考えましたが、やりすぎは良くないのかもしれません。
学校帰りで一緒に本屋に立ち寄る時間も、書かれていることについて丁寧に説明してくれている時間も優しさに溢れていました。
――高岡君には、今のままでいてほしい。
相手に変わらないでいてもらうことを求めるのなら、変わるために努力する自分がいることも必要だと思ってしまいます。
それでも、別れる時に「サヨナラ、桜井さん。」の挨拶は嫌いだったので、「またね、桜井さん。」に変えてもらったりはしています。
もう一点の「桜井さん」部分の修正は、いずれ時間をかけて実行する予定です。
冬になって、いつものように本屋で話をしていると、高岡君が面白いと言っていた小説が映画化されるポスターを発見しました。
ほんのちょっとだけ欲が出てしまったんだと思いますが、「映画も見てみたいね。」と呟いてしまいます。
「あっ……、ゴメン。……映画はダメなんだ。」
私は、慌てて「ううん、違うの、大丈夫だよ。」とその場をやり過ごしました。映像化されることを好まない人もいるので仕方ないことかもしれません。
それから、高岡君は私のことを見つめていました。目と目が合うと自然に逸らしてしまう彼が、申し訳なさそうな表情で見つめてきたことで心がザワつきます。
週末、文化祭の打ち上げをクラスの子たちとすることになりました。打ち上げと言っても、ちょっと食事をして騒ぐだけのものです。
高岡君や私も参加することになりましたが、会場になるお店を地図で教えてもらっている時に、
「……それで、そのお店ってどこ?」
高岡君が地図を見ながら幹事になっている男子に質問をしました。ただ、お店の場所を聞いただけなんですが、私の鼓動は早くなっています。
「お前な、どこって……。分かり易く赤く塗ってあるだろ?ちゃんと見ろよ。」
そんな言葉で返されてしまいましたが、近くにいた原君が地図の赤く塗られた場所を指さして教えます。
「あっ、あぁ、ここね。……分かった、ありがとう。」
たったこれだけのことだったのに、私の頭から離れなくなりました。高岡君と一緒に過ごすようになって違和感を覚えることはあったんです。
数日後、委員会の用事が終わるまで高岡君は私のことを待っていてくれました。
一緒に帰ることはありましたが、私を待っていてくれるのは初めてのことです。嬉しさと、期待と、ちょっとした不安が湧き上がってきます。
戻ってきた教室には高岡君が一人だけ。「お疲れ様」と優しく声をかけてくれました。
でも、「帰ろうか」とはならずに、高岡君は窓の外の景色を眺めています。何か話をしたそうな気配を感じてしまい、私もソワソワしてしまします。
「……髪伸びたね?……最近は、いつもメガネかけてくれてるし。」
「……うん。」
「ありがと。……僕が言ったからなんでしょ?」
「……うん。」
「僕の中学の同級生から聞いてたんだよね?……どうして、髪型やメガネについてこだわってたのかも。」
文化祭の日にあったことを知っていたことに少し驚きました。
「……小説に出てくるような、懐かしい雰囲気の『文学少女』なんですよね?」
「そうなんだ。絶滅危惧種『文学少女』の保護活動って、ちょっとこだわりがあったんだ。……でも、中学の時は見つけられなくて、高校でもいなかった。それで育てることにしたんだ。……迷惑なこと言って、ゴメン。」
「えっ?……気にしてないよ。」
「……でも、勝手な理想像を押し付けられてるみたいで気持ち悪かったんじゃないか?」
「気持ち悪くはなかった、と思う。……面白い理想像だとは思いましたけど。」
「桜井さんって、変わった人だよね?」
「……高岡君にだけは言われたくありません。」
そう言い合いながら二人で笑いました。笑ってはいましたが、内心は怖くてたまりません。
「でも、やっぱりゴメンね。……酷いことしてたから反省してる。」
「そんな風に謝られる方が嫌です。最初から話してくれれば良かったのに……。」
「えっ!?そんなことお願いしてやってもらうことじゃないよね?……保護対象になってくださいって変じゃない?」
「……たぶん、お願いされても、やってたと思います。……それに、そんなお願いを口にしてなくても高岡君は十分に変です。」
「桜井さんも十分変わってる。」
付き合っていない状況で別れ話にはならないのですが、「ゴメン。」と何度も言われてしまうことは堪らなく不安にさせられてしまいます。
それから高岡君は黙ってしまい夕日を眺めていました。いつも教室の窓から空を見上げている姿と同じです。
「今の時間って、夕焼けなのかな?」
「……うん、綺麗な赤い夕焼け空だね。」
「空なのに青じゃないんだ?」
「えっ?……うん夕焼けだから、赤?……オレンジかも?」
振り返って私を見ている高岡君は、すごく寂しそうな顔をして私を見ていました。
「……赤って、どんな色なのかな?」
「…………え?」
高岡君の質問に困惑させられてしまいました。でも、「やっぱり、そうなんだ」と理解してしまうこともできます。
「生まれつきの色覚異常があってね、僕は色が分からないんだ。」
「…………そん……。」
「子どもの頃からバカにされないように一生懸命に覚えたよ。……空は青で、太陽は赤、木は緑……って。だから、僕にとっての色は言葉でしかなかったんだ。」
――私が泣いちゃダメ!
高岡君は勇気を出して告白してくれているんだから、ちゃんと聞いていないとダメだと思いました。たぶん、泣くのを堪えて不細工な顔になってるかもしれません。
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