第23話 天は悪行を裁かないⅤ

 そんなこんなで馬車に揺れること、しばらく。

 ようやく目的地に到着した。

 

 馬車を下りると、ほんの僅かに……嫌な臭いが鼻についた。

 思わず眉を顰める。


「やっぱり、ここは空気が悪いな……」

「ですねぇ」


 王都アルンディア。

 アールフランド王国及び連合王国の首都、その中心地である。


 ここは大変、空気が悪い。

 それは工場や暖房で燃やされる石炭由来の排気ガスが原因だ。


 カナリッジ魔法校は王都からやや離れた郊外にあるため、それほど臭わないのだが。

  

 とはいえ、少し前まで私ここで生活していたのだ。

 ある意味、懐かしい臭いと言えば間違いではない。

 もっとも、あまり良い思い出もないし、あまり嗅ぎたくはないのだが。


 幸いにも人間の鼻は慣れる。

 すぐに私もジャスティンも、臭いは気にならなくなった。


「演劇が始まるまでまだ時間があるし……丁度昼頃だから、食事に行かないか?」(美味しいと評判のレストランを予約したんだ)


「分かりました」


 私は素直に頷いた。

 奢って貰ってばかりは正直心苦しいが、まあ……私はお金ないし。 

 誘ったのはジャスティンだ。ここは素直に甘えておこう。


 そういうわけで少し移動した先に辿り着いたのは、東洋料理のお店だ。

 東洋、といっても厳密にはいろいろあるわけだが、ここで食べられるのはシルンの料理だ。


 あの饅頭の国だ。


 椅子に座ると、メニュー表が渡される。

 まるで絵みたいな、何が書いてあるのかよく分からないシルナ語表記の横に、アールフランド語で説明書きが書かれている。


 ものすごくどうでも良いことだが、料理名がシルナ語だと何だか本格的な感じがして、思わず期待してしまう。


「一応、コース料理を予約したけれ。単品でも頼むだろう?」(どうせ、コースだけだと足りない……というか俺が食う分がなくなりそうだしな)


 ……相変わらず、クソ失礼なやつだ。 

 確かに私は人よりたくさん食べるかもしれない。まあ、それは認めてやろう。

 だが人の分まで食べたりはしない。


 が、まあ多分足りないのは分かる。

 とはいえ、東洋料理は詳しくない。


「ジャスティンのおすすめを適当にお願いします」

「そうか。じゃあ、これとこれとこれを……」


 ジャスティンの注文を受けて、東洋人と思しき店員が頷く。

 アールフランド語が分かるらしい。


 さて、しばらくジャスティンと雑談をしながら待っていると、続々と料理が運ばれてきた。


 見たこともないような料理ばかりだが、そこは安心と信頼のシルン料理。

 どれも美味しい。

 クソ不味いと評判のアールフランド料理とは大違いである。


「これは何ですか?」

「フカヒレ……サメのヒレだ」

「これは?」

「アワビ……貝だね」

「これは?」

「ツバメの巣……らしいよ」

「……鳥の巣ですか!?」


 そんなもの、食べて良いのか……

 いや、でも美味しいから良いか。


「あ、これ美味しいですね……」

 

 そして食べた料理の中で、個人的に気に入ったのは小籠包という料理だ。

 最初は以前に食べたころがある饅頭(厳密には包子というらしい)の小さいバージョンくらいに思っていたのだが。

 

 食べてびっくり、中にスープが入っていた。

 ちょっと火傷しそうになったけれど、しかし肉の旨味がたっぷりと入っていて、とても美味しい。


「ああ、それは俺も好きだよ。じゃあ、追加で注文しようか」

「そうですね」


 と、そんなこんなで美味しかったので、食べ過ぎてしまった。

 ちょっと苦しい。


「まだ上映まで時間はあるし、少し近くのお店を見てみないか?」

「そうですね……良いですよ。丁度、筆記用具が切れてましたし」


 そういうわけで、私たちは商業エリアへと赴いた。

 取り敢えず、文房具を取り扱うお店に行き、私は必要なものを購入する。


 さて、問題は支払いの時だった。


「それくらい、俺が払ってもいいけど……」


 私が財布を出した時、ジャスティンがそんなことを言い出したのだ。

 しかし、文房具くらい買うお金はある。

 奨学金だけれど。


「文房具くらい、自分のお金で買いますよ」


 私がそう言うとジャスティンは少し複雑そうな顔をした。

 ……ふむ。


 どうやら、ここで私が財布を出して買うとジャスティンの男としての、ウィンチスコット家の面子を潰してしまうらしい。


「……まあ、でも買ってくれるなら、お言葉に甘えます」


 私がそう言うとジャスティンは笑みを浮かべた。

 ……もっとも、実際にお金を取り出したのはジャスティンではなく、ジャスティンの従者だった。


 まあ、お貴族様だし。

 当たり前だが。


 お店を出た後、私はそっとジャスティンに耳打ちした。


「……後で返しますから」

「……お前ならそう言うと、思っていたよ」


 別に気にしなくていいのに。

 と、そんな顔である。


 勿論、ジャスティンに悪いという気持ちはあるのだが……


「一応、あなたのお金ではなくて、ご両親のお金じゃないですか。……あなたがあなたのために使うならともかく、下賤な生まれの女に使うのは、良い顔をしないんじゃないですか?」


 私のせいでジャスティンとジャスティンの両親の関係が、これ以上悪化したら嫌だなと。

 私はそんなことを思っていた。


 友達はもっと選びなさい!

 あんな下賤な女に金を貢ぐような真似はやめろ!


 と、まあそんな感じの説教を受けてジャスティンが怒る……

 というシチュエーションを想像するのはそんなに難しいことではない。


 そんな懸念を私が言うと……


「……俺の両親は、俺が何に、いくら使おうと、気付くことはないよ」(いくら無駄遣いしても、あの人たちが俺を怒ったことは、一度もないからな)


 あ……


「……すみません」

「いや、別にいい」


 変な空気になってしまった。


「そんなことよりも、服を見に行かないか?」

「分かりました」


 気を取り直して、買い物を続行する。

 まず始めに入ったのは、男性向けの衣服を取り扱うお店。


 正直なところ、男性のファッションは分からない。

 いや、女性のファッションも本当は全然、分からないんだけれど。


 なので、感想を求められた時は素直な言葉を口にするようにした。

 

 それはあまり似合ってない。

 色の取り合わせは良くない。

 そっちの方がカッコいいと思う……と、まあそんな感じだ。


 幸いにも私のセンスはそれほどおかしなものでもないようだ。

 私に「カッコいい」と言われて機嫌を良くしたのか、ややにやけた表情でジャスティンは服の購入(厳密には仕立て)を決めた。


 ……カッコいいのは服だからね?


「しかし随分とフォーマルな服を購入したようですが、やはり貴族となると、イベントとかでそういうのが必要なんですか?」

「それは、まあそうだけど。……あれは学年末にある、ダンスパーティー用だぞ」


 ……そう言えばそんなのがあると、どこかで聞いたな。

 卒業パーティーを兼ねていると聞いていたけれど、一年生も参加できるのか。


「……オリヴィアも、参加するだろう?」

「まさか。ドレスなんて持ってないですし、買うお金もないですよ」


 私がそう言うとジャスティンは想定外という表情を浮かべた。

 どうやらこいつは私と踊るつもりだったようだ。


「そ、そうか……うん、そう、だよな。うん」(考えてみれば、そんな物を買う余裕はないのか……)


 カルチャーショックを受けている様子だ。

 ……何だろう、悪いことしたな。


「……今からドレス、買いに行かないか? お金がないなら、俺が、出すからさ」(オリヴィアと踊れないなら、参加する意味ないぞ……)


 少し青い顔でジャスティンは言った。

 彼は女嫌い、というか女性恐怖症なので本当は出席したくないのだろう。


 だが私と踊れるならと思って、出席するつもりだったのだ。


 しかし、うーん……


「……踊るのは嫌いか?」(それとも、俺とは嫌なのだろうか……)


 そんなことはない。

 参加できるなら、したい。

 ジャスティンとも……まあ、きっと、楽しいだろう。


 ダンスも授業でやったから、踊ろうと思えば踊れる。


 しかし、だ。


「ドレスって……良い値段、しますよね?」

「……それは気にしなくていい」(さっきもそう言っただろ)

「私が気になるんです」


 もし私がジャスティンの恋人であれば、きっと私は気になりはしつつも彼の好意に甘えただろう。

 男が女にドレスを贈るというのは、まあおかしな話ではない。


 しかし私はジャスティンの恋人ではない。 

 恋人になるつもりもない。

 

 ……本当はよくないのだ。

 こうして一緒に出掛けて遊ぶのも、料理を食べさせてもらうのも。

 いや、きっと一緒に勉強したり、茶会に出るのだって良くない。


 私は彼の好意に応えられないのに。

 ただただ、甘えてしまっている。

 流されている。


 その気はないのに、物だけは貰う。

 こんなことは本当は……許されない。してはいけない。


 彼の好意に気付いている以上、私はそれを拒絶しなければいけないのだ。


 恋愛するつもりはない。

 私はあなたのことを好きになれない。

 だから恋人になれない。


 そう、伝えなくてはいけない。


「ジャスティン」

「……何だよ」

「私は……」


 あなたの恋人ではありません。

 恋人になるつもりもありません。

 

 そう言おうとした。


「……」


 ……言えなかった。

 

 嫌だった。

 怖かった。


 見返りを得られないと、彼が気付いた瞬間。 


 彼が私と一緒に勉強してくれなくなるのが怖かった。

 お茶会に行こうと誘ってくれなくなるのが怖かった。

 長期休暇の時はうちに来いと、言ってくれなくなるのが怖かった。


「どうしたんだよ……」(途中でやめるなよ。……気になるじゃないか)


 ジャスティンに急かされた。

 私は……


「出世払いです」

「……出世払い?」

「今はお金がないので……貸してください。大人になったら、返します。値段を後で教えてください。……さっきの料理店の値段も」


 私の提案にジャスティンはあまり良い顔をしなかったが……

 「まあ、オリヴィアはそういうやつだしな」と最終的には納得してくれた。


 結果として、ドレスを仕立ててもらうことになった。

 ジャスティンのお金で。



 

 あぁ……全く。

 浅ましい女だ。


 カエルの子はカエルというべきか。

 あの母親にして、この娘だ。


 ……母のことを、笑えないな。

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読心能力者ちゃんは恋愛したくない~同級生の心の声を読んでうっかり“デレ堕ち”しちゃう話~ 桜木桜 @sakuragisakura

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