第22話 天は悪行を裁かないⅣ

 さてさて、時が過ぎること数か月。

 やや暖かくなり始めた三月末頃。


 春期休暇の時期が訪れた。

 

 期間はおよそ十日程度で、復活祭の前後の期間が休みとなる。 


 言うまでもないが、復活祭というのは神の子の“復活”を祝うお祭りである。

 カラフルに色付けした卵を飾り付けたりする。


 また「卵探し大会」的な催しをするところもあるようだ。

 生憎、私は縁がなかったが。


 春期休暇中、生徒の多くは親元に帰る。

 が、“親元”がない私は寮で静かに過ごすことにした。


 実は冬期休暇と同様、ジャスティンに家で過ごそうというお誘いを受けていたのだが、これについてはいろいろと思うところがあり、断った。


 しかし春期休暇中、街で一緒に演劇を見ようというお誘いは断り切れなかった。

 だって、断ろうとすると、捨てられた子犬みたいな目で私を見てくるから……


 と、まあそういうわけでジャスティンと一緒に遊ぶことになったのだ。




「本日は宜しくお願いします」


 約束の日。

 時間通りにやってきたジャスティンに対し、私は軽く頭を下げた。


 気合いを入れてきたのか、中々お洒落な服を着ている。

 ちょっと新鮮だ。

 そしてそんなジャスティンの背後には従者が二名……まあお目付け役兼護衛だろう。


「あ、あぁ……うん……」


 一方、ジャスティンは少し言葉を濁してから……


「そのワンピース、とても似合っているね……可愛いと思う」(よ、よし……練習通りに言えたぞ)


 少しつっかえながらも、ジャスティンは私に対してそんなことを言った。

 背後ではジャスティンの従者が、満面の笑みを浮かべている。


 なるほど……どうやら事前に「女の子の服装を褒めてあげましょう」みたいな指導を受けたようだ。

 

「そう……ですか」


 私は思わず髪を弄る。

 ……まあ、悪い気はしない。


 ただ、その……

 他に気付かないのかな……


「……オリヴィア?」(あ、あれ? 何か、間違えたかな?)


 変な空気になってしまった。

 これは私が悪いのか……うん、私が悪いのだろう。


 勝手に期待して、期待に応えてくれなかったというだけで微妙な態度を示してしまった。


 気にせず、「早く行きましょう」と言うべきか。 

 いや、きっとジャスティンはずっと「何か間違えたのか……」としばらく引きずるだろう。


「他に何か、ないですか?」


 ちょっと恥ずかしい気持ちになりながら、私はジャスティンにそう尋ねた。

 一方、ジャスティンは目を大きく見開き、それから私の体をジロジロと見る。


「え、えっと……」(他に何か? え、えっと……)


 戸惑った様子のジャスティン。

 私は自分の顔が少し熱くなるのを感じた。


 は、恥ずかしい。

 申し訳ない。

 

 やめておけばよかった……


「むむ……」

「あ、あの……ジャスティン?」


 じっと、ジャスティンは私に顔を近づけてきた。

 後悔し始めた私に対して、彼は“間違い探し”に夢中になっている様子だ。


 こいつは天然なのか、たまに距離感がおかしくなるのだ。

 

 翡翠色を覆う金色の睫毛をパチクリさせてから、ジャスティンは口を開いた。


「もしかして、化粧してる?」(これが正解か?)

「え、えぇ……まあ」


 化粧をしているのは、本当だ。

 以前、聖誕祭のプレゼントで頂いた化粧用具を使った。


 だが別にそこは気付いて欲しかったポイントではない。

 というか、気付いていなかったのか……


「……あまり、変化はありませんでしたか?」


 それなりに練習したりもしたのだが。

 あまり上手ではないのだろうか? と思いながら私は尋ねた。


「いや、いつもより大人っぽくなって、綺麗だったから……どうしたのかと思ってたよ。そうか、そうか……化粧か」(無しでも十分可愛いけど、これはこれで綺麗だな)


「そうですか。それは……良かったです」


 別に下手だったわけではないようだ。

 まあ……つまり、あれだな。

 男というのは、きっと女の子のお洒落なんてのは、あまり興味はないのだろう。

 少なくとも、こちら側が思っているよりは。


 ………………

 …………

 ……


 い、いや、まあ、別にジャスティンからの評価なんて、どうだっていいし。 

 ジャスティンに見てもらうために、お洒落したわけじゃないからな。

 お洒落は私自身のためで、そしてそれなりに格式のある場所に行くらしいから、ちゃんとしようと思っただけだ。


「そろそろ……行きましょうか」

「そうだな」


 髪を整えながら私がそう言うと、ジャスティンは頷いた。

 

 二人で馬車に乗り込む。

 結局、気付いて貰えなかったな……


 髪を指で巻き取りながらそんなことを考えていると。


(……さっきから、こいつずっと髪の毛弄ってるな。何でだろう)


 とくん、と。

 心臓が大きく跳ねた。


「……オリヴィア」(そうか、分かったぞ)

「は、はい」

「その髪型……似合っているよ」(これは間違いなく、正解だろう)

「……ありがとう、ございます」


 ……ちょっと、惜しいんだけど。

 そこじゃないんだよ……


 いや、やめよう。

 指摘されるまで待っても仕方がない。ここは私から……


「そう言えば、その髪飾りも……付けてきたんだな」


 何でもなさそうな調子で、ジャスティンはそう言った。


 胸の動機が早くなる。

 体の熱が強くなる。


「え、えぇ……せっかくの、あなたからのプレゼントでしたので」


 ……気付くのが遅い。

 私は髪飾りにそっと触れ、位置を整えながら尋ねる。


「……どう、ですか?」

「え? あ、あぁ……うん、似合っているよ。可愛いと思う」(綺麗だけど、これ前も言わなかったっけ?)


 どうやら、以前いただいた時に褒めたから、今回は特に言及する必要はないと思っていたようだ。

 全く……これだから、ジャスティンは。


「そうですか。それは良かったです」


 私はそう答えてから、プイっと頬を背け、窓の外へと視線を向けた。

 こんなやつ、好きになる女の子の気が知れないな。


(あれ? 怒って……いや、口元が緩んでるから、喜んでるのか?)


 喜んでない!!

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