森の人殺し(またはオリエンタル・スタッフサービスの内紛)
ギヨラリョーコ
森の人殺し(またはオリエンタル・スタッフサービスの内紛)
ドニーが現場にたどり着いたとき、死体はまだ温かった。
「かわいそうに」
脳天と鼻から血を流して地面に倒れているアーシャの胸に手を置く。鼓動は感じられない。耳を寄せてみたが、暗い森のざわめきが聞こえただけだった。ドニーに案内されてきたオリエンタル・スタッフサービスの社長であるオスカーは、アーシャの死体を見て「ああ」とため息を漏らした。
ドニーは身動きが出来ないまま、アーシャの目を閉じてやるオスカーの手の動きをじっと見ていた。
「裏切り者とはいえ、こんな姿を見るのは胸が痛むよ」
ドニーはオスカーとは長い付き合いだったので、それが心からの嘆きではないことがよくわかった。彼は自分の部下を失ったことを悲しんではいるが、それは彼女の死に伴う事業の損失を悲しんでいるだけだ。
まだ年若いアーシャは事業拡大のために最近オリエンタル・スタッフサービスに加わった新人だった。
仕事の覚えは悪かったが、愛嬌が、何より未来があった。
「ターゲットにほだされるなんてな」
実のところアーシャを仲間に引き入れるのは反対だった。ドニーはいい。オスカーが10の頃からの付き合いだ。振り回されるのは慣れている。
しかしアーシャにまでこんな仕事をさせることはなかった。
オスカーが侮っていたほどにはアーシャは愚かではなかった。この利己的な男よりも信用できる人間を見つけてしまったのだ。
「馬鹿な奴だよ」
ドニーに頭を殴られたアーシャは、命からがら逃げだした。それを追わなかったのは、彼女の命がもう長くないだろうことを手ごたえで感じていたからだ。何度も繰り返してきたことだ。
初めて人を殺したのは、この国に来てから2年目のことだった。まだ幼かったオスカーをいじめていた近所の悪がきを、やはり同じように殴り殺した。どんなに威張っても急所を突かれればみな平等だ。ドニーは疑われず、オスカーは喜び、そして味を占めた。
二人目の人殺しはそれから3年後で、利己的で嘘つきで小心者で、ドニー以外に心を開かないオスカーはやはり周囲に邪険にされていた。オスカーは、「あの時みたいにしてくれないか」と泣きながらドニーに頼み込んだ。ドニーは頼みを聞いてやった。
それから15年間の間に8人殺した。みな、オスカーの成功の邪魔をした人間だとオスカーは思いこんでいたが、実際はただ単にオスカーよりも優秀なだけだった。ドニーは一度も疑われることは無かった。
仕事もろくにできないオスカーは、ドニーを使ってビジネスをすることを思いついた。それがオリエンタル・スタッフサービスだ。ドニーとオスカーだけの小さな会社だった。誰かがオスカーに電話をかけ、オスカーは興信所に依頼されたターゲットを調べさせる。その調べをもとにドニーがターゲットを襲撃する。ドニーは一度も失敗しなかった。ドニーがオスカーを儲けさせてやったのだ。
儲けた金で、オスカーはアーシャを買い付けた。
馬鹿な人間だ。ドニー以外のだれが人殺しなんて馬鹿げたことをこいつのためにしてやるだろう。案の定アーシャは逃げた。
ドニーが15年間逃げなかったのは決して、ドニーが賢かったからではない。
「お前は賢いからな、裏切ったらどうなるか分かっているだろう」
その言葉で、突然にドニーは「この男は本当に、本当に愚かなのだ」と気づいた。愚かだとは知ってはいたはずだったが、それを初めて救いがたく思った。
ドニーなしでどうやって、こいつにものの始末がつけられるのだろう。
大体この人間はいつまでひとりでしゃべくっているのだ。思うに人間という生き物はかしましくて愉快であるが、それがときにうるさくもある。
これがこんなに根性が曲がっているのは、あまりに甘やかしたドニーの責任であろう。
ドニーはこの仕方のない人間を育てた責任を取らねばならない。この、自分以外に頼る者の無い、欲深く哀れで愛おしい生き物の責任を取らねばなるまい。
ドニーはすばやく、周囲で一番高い木によじ登った。
「ドニー?」
オスカーは警戒心などみじんも持たずに木の側に寄ってきてドニーの方を見上げた。
10歳のころから何も変わらない、いやに澄んだ目だった。
オスカー、俺が死んでも君は同じように失った金を惜しむだけかね?
ドニーは吠え、そして張り出した枝から飛び降りた。
落下する90キログラムの雄のオランウータンの速度に、オスカーは反応できずにただ目を見開いてその時を迎えた。
もし自分が生き延びてしまったら、この森にオスカーの墓を作ってやろうとドニーは思い、そしてオスカーの顔面に激突した。
森の人殺し(またはオリエンタル・スタッフサービスの内紛) ギヨラリョーコ @sengoku00dr
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