epilogue


「ここに来るときはまさか宇宙生物に焼き餅しながら帰るなんて思わなかったわ」

 全てが終わって何日かが経つ。

 地球への復路の途中、伽君に聞かせるべく私は何度も大きな溜息をついていた。

「気色悪いだのなんだの言ってたくせに、暇さえあればその子たちに構ってるじゃない。伽君たら私のことなんてどうでもいいのね」

「ああもう、だったら久しぶりに聞かせてくださいよ、先生の講義」

 ようやく伽君が私と口を利いた。ただし、顔は有り合わせで作ったフファットの飼育器に向けたままだ。

「嫌よ。私今傷付いてるもの。なにか伽君が面白い話をしてちょうだい」

 伽君はひとしきり考え込むと、何かに納得してくるりと私の方へ振り向いた。

「先生、前に話してくれましたよね。フファットを囲む、祈りの言葉」

 実のところ、大部分は解読された『手紙』にも、未解読の部分が残っている。

 その中のひとつが定型句じみて何度も現れる表現であり、形態学も語形論も結論を出せなかったその定型句群は、フファットの図画を囲むように連ねられたのだが、それに対してそれまでとは別のアプローチをとった解読班が居たらしい。検索エージェントは地球言語に存在するあるものとの共通点を指摘した。聖句。神に捧げる祈りの言葉だ。

「それに関して一つ思いついたんですけど。先生、神様の条件って、なんだと思います?」

 少し捉えどころのない質問だ。とにかくまずは思いついた答えを返す。

「全知全能、かしら?」

「あ、そうですよね。世界そのものを生み出した全知全能の存在がいるとしたら、それは紛れもなく神様と呼べるわけですけれど。そうではなくて、神の必要条件を挙げてほしいんです」

 神と神でないものの境界を示せ、という話か。あごに手を当て、唯一神から順に卑近な存在に考えを広げていく。

 至高神のくせに妻に隠れて他の女の尻を追いかけるゼウス。

 キリスト教勢力に敗れ、神でなく天使の類として扱われるようになった異教の神。

 怪物を祀り上げる内に土地神として定着した祟り神。あるいは同じ筋書きでも通り掛かった高僧や山伏に調伏されたバリエーション。

 百年使い続けた鍋釜算盤は付喪神と呼ばれるが、実際は妖怪の扱いが近い。

 漫画の神様手塚治虫にギターの神様ジミヘン。これらは飛び抜けた技量や業績を讃える比喩表現と言った方が良いが、商売の神の関雲長や受験の神道真公ともなれば明確に信仰の対象だ。彼らが本人の業績とは関係のない分野で祀り上げられているのも気にはなる。

「――そうねえ。実在する存在から、死、時間経過、口伝で歪曲・変質して生じた不可侵性……もっと簡潔に定義できると思うのだけれど、今ここでまとめられるのはその程度だわ。伽君先生の見解は?」


「僕はあの広場で、神様を神様足らしめるのは、神自身の全知全能ではなくて、神に相対する僕ら人間の、無知無能だと思いました。遥か天空の月や太陽。人の生き死にや作物の実り。激しい嵐や雷。どれほど手を尽くしても無力で、僕たち人間が祈ることしかできないとき、そこに神様は現れる」

 なるほど、と我知らず言葉が漏れる。人が神の概念を生み出したのは、たしかにそういう瞬間だったに違いない。

 他の宗教を踏み台に発展した一神教的な考えよりも、より原始的な多神教アニミズム的な思想の方が、神という概念の根源的な部分に近付けるというのは道理だろう。

「でも、それがさっきの祈りの言葉とどう繋がるのかしら?」

 伽君は自信気に、少しもったいぶって最後のピースを私に示した。


「先生、星の海を容易く超える術を知り、遥か未来を見通してなお、巨石構造物は手足を持たない全知無能の存在だったんです」


 全知無能の偉大なる巨石構造物。

 人が無能であるとき、神様は現れる。

 図画の周りに記された祈りの言葉。

 フファット。


「ちょっと待って。まさか、巨石構造物にとってフファットは信仰対象だったってこと?」

「あ、いえ。あくまで可能性の話ですけど。だとすれば筋が通るというだけで」

 たしかに、それが正しいという証拠はない。ただ、それが十分妥当に成立しうる、

というだけで衝撃的なアイデアだった。

「巨石構造物にとってフファットは自分を生み出した存在であり、この世界で唯一自分の声を聞き届けてくれる存在だったわけだものね。そう考えていたとしても、不思議ではないし、辻褄も合う……」

 胸の空気が全部抜けるほど、私は大きなため息を吐いた。フファットたちに目線を合わせて覗き込む。

「この子達が、神にも等しい超越知性の、縋るべき偉大な神……」

「神様仏様フファット様、味噌汁に入れたら伊勢海老みたいで美味しいのかな、とか思ってごめんなさい」

 そんな事を考えていたのかと呆れていると、フファットが急に動き出した。示し合わせたように伽君へ額の一本角を突きつけた。隅の方でもぞもぞしていた個体までそれに倣っている。

「うわっ、じょ、冗談だよ! なんだこれ! さっきの僕の台詞、電波に漏れて伝わっちゃったんですかね?!」

「そんなわけないでしょう。そもそもそれは角じゃなくて触覚、アンテナなんだから、攻撃の意図なんてないはずだし、アンテナを向けられてるのはむしろ伽君が電波を発しないからでしょ。その子たちはあなたが喋るのを待ってるんじゃないの? ああ、でも――」

 ひどく面白いことを思いついてしまった。これを伝えるのは意地悪かも知れないが、構うまい。間違ったことは言っていない。伽君のアイデアと同じく、十分妥当に成立しうる、それだけで興味深いアイデアだ。

「それ、ひょっとするとこの子達、伽君を神様だと思っているのかもってことよね」

 隣で伽君が壊れた。

 そんなバカな、とあからさまに顔に書かれている。

 それはそうだろう。自分が祈りを捧げた巨石構造物にとっての神から、まさか自分が信仰されようとは夢にも思うまい。

「な、何かの間違いでしょう? だって、そんなあべこべな」

「あら、信仰に間違いなんてないわ」

「こんな訳の分からない状況、だったら僕はどうしろっていうんですか」

 どうしろもなにも、他人の信仰の問題など、人間にはどうすることも出来はしない。私は笑って彼に解決策を示した。


「神に祈って、助けでも乞うてみたらどうかしら?」

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大いなるものに捧ぐ 狂フラフープ @berserkhoop

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