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三題噺トレーニング

犬以下のふたり

「オラは馬鹿だかっさ」

ジンがそうやって笑う度に、いつもそう思考停止するからいつまで経っても進歩がないんだという気持ちと、あくまで僕とジンは他人なのであるから彼の考え方に口出しする権利などないのだという考えが不毛に議論する。たまに気持ちの方が勝ってしまって傷つける。

ジンと僕は恋人同士で、恋人同士たるもの互いに尊敬しあうべきだというのが僕の考え。

しかしこのジンという男はどうにも天然というか頭の回転があまりよくない人間で、尊敬しうるかというとかなり怪しかった。

じゃあなんで一緒にいるのかと言われるとそれはそれ、人の魅力は頭の回転だけじゃない。ほら、顔がいいとか笑顔がかわいいとか。

僕は面食いであるし、恋愛関係には性的な相性が重要だとも考えている(笑うところ)。


今日もジンが興味を持つ映画などがないかとプライムビデオを延々とスクロールして、僕が見るに耐えて、ジンが見ても面白いと思えそうな映画を探してきたというのに、ジンは途中でスマホゲームを始め、まもなく夢の世界へと旅立って結局エンドロールは一人で迎えた。

「ラストどうなったのっしゃ?」

起き抜け、根本がプリンになった金髪をごわごわと掻きむしりながらジンが言う。僕が文句を言う。冒頭のセリフへと戻る。


僕と出会う前のジンの生活はまさしく破滅の二文字だった。

貯金はなし、なんなら借金があり、ゴミ屋敷のような部屋でゲーム配信を見てるだけの生活。

ジンがマッチングアプリで出会った男たちは、彼の日常を垣間見てリスクヘッジのために遠ざかっていった。僕以外は。

惚れた弱みから甲斐甲斐しく世話をする僕にジンもなついて、僕らは本格的に恋人同士となったのだった。


恋人となったからには、ジンには少しでも頭がよくなって欲しかった。

けれどジンには映画も本も何もかも響かなかったし、だらしない生活を直すこともできなかった。

それでも僕はジンと一緒にいることをやめなかった。

恋愛とはそういう、許しあうものだと思っているから。

そして、僕がいなくては生きていけない彼を、支配しているような暗い快感がなかったと言えば嘘になる。


***


「キョウちゃん、ちゃんとデートさ行がね?」

金曜日の夜、いつも通りスマホをいじりながらのジンの発言に強い違和感を覚えたけれど、ジンがホレと見せてきたスマホの画面に表示されているのは『同棲カップルのマンネリ予防には、きちんとしたデートをしましょう!』みたいな頭の悪いまとめサイトで、僕は脱力する。

「ペアルックとかしでみっか?」

「やだよ、バカップルみたいだから」

「いやオラは馬鹿だけんどさ」

「そういうこっちゃないです」

こういうとこは嫌いです。


デートらしいデートは確かに言われてみれば久しくしていなかったかもしれない。

めかしこんで出かけるのも久々。

整髪料を冗談のように使ってセットされた髪の毛でバリバリに糊のついたシャツを羽織るジンを見て、どうしてこの男に惹かれたのかを思い出す。

まぁその後ありえないほどの方言と回らない頭で2回も僕を驚かせるのだけど。


映画を見ようという僕の提案は却下されて、街で絶対に要らないものを買い漁って、疲れたらカフェに入って、ちょっといいところでディナー。

確かにマンネリ解消にはいいのかもしれない。

もう同棲を始めて2年になる。日常にアクセントは必要だと思う。


「あのさ、オラ宮城さ帰る」

「は?」

ワイングラスを取り落としかけた。アクセントが必要とは言ったけどそういうことじゃない。

「親父が死んだから、帰って家っこ継ぐ。嫁も決まってる。むがーしっから」

「は?」

「ごめん。キョウちゃん、ごめん」

"自分の方が状況を理解していない"という状況に馴染みが無さすぎて、硬直からなかなか抜け出せない。

昔からってどういうこと?

嫁って女?

僕は必要ないってこと?

なにより。


「今日、こんなふうに出かけてきたのは?」

「最後さなっから、ちゃんとさせてもらいでぇと思って」

「あのまとめサイトは?」

「最近ちゃんとデートしてねぇなと思ったのはほんと」

「お前が、僕をっ、だまっだますっなんて!!」

鼻水が言葉を塞ぐ。

「そればっかしはごめん。どいなくすっかしゃねくて」

「何言ってるかわかんねぇ!!」

両方の意味で。

なんでお前が僕に気を使うんだ。

今までずっと僕が気を遣う側でお前は好き勝手ヘラヘラして何も分かんないような顔をしてるだけの側だったのに。

いつの間にそんなに、頭がよくなってしまったんだ。


「ごめん、こんなに早く親父が死ぬとは思ってねがったし、こんなにキョウちゃんと一緒にいられるとも、思ってねがった」

ジンは見たこともないような優しい笑顔で僕を見た。

「こんなに馬鹿なオラと一緒にいてくれる人なんて、いないと思ってた。オラは馬鹿だかっさ」

そうだよ、お前みたいに馬鹿な奴は僕がいなくちゃダメじゃないか。お前には僕が必要なんだよ。

そして僕にも。僕にもお前が必要だ。

僕がジンを支配してるなんて馬鹿な思い違いで思い上がりだった。

情けなくて、涙が止まらない。


僕はみっともなく声をあげて泣いてしまって、つられてジンも大声で泣き始めて、店の中はザワついて、それでも涙は止まらなくて、二人揃って馬鹿みたいだった。


***


それからものの一ヶ月でジンが帰る日はやってきて、その頃には流石にお互い仕方ないって納得できてるみたいな表面を取り繕えるくらいにはなった。

人が一人減っても家具が半分になるわけじゃない。思っていたよりも片付かなかった部屋を踏み分けてジンが玄関へ向かう。


「じゃ、キョウちゃん、俺行っから」

靴を履いてキャリーケースに手をかけたジンを裸足で見送る。

玄関の段差が僕たちを隔てる。


「キョウちゃん、オラがいねぐなっても大丈夫?」

「馬鹿」

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