第929話 過ちの理屈
「タクトくん、何か言いたそうね?」
「いえ、セラフィエムスご家門のことですから、俺から何かを申し上げることは……」
「構わん。聞かせてくれないかね?」
ううむ……いいのかな。
だけどさ、ずっと不思議だったんだよな。
「その……元従者家門だった方の子供達って、セラフィラント公の血を引いていなかった……ということですよね? どうやってそんな子供を作れたのかなって……」
あ、ふたりが『どう答えたものか』って顔になったぞ。
そーか、俺はこのふたりからしたらまだ『子供扱い』なんだったよな。
大人が子供にどーやって赤ちゃん作るのって聞かれても、コウノトリが運んできたが通じる年齢ではないけど、生々しい表現もちょっと……というところだろうか。
だが、セラフィラント公が若干困りながらも、答えてくれた。
「あー……そ、それはな、浄化水で作った氷の球の中に……その……『種』を入れてだな、それをその……使ったのだということでな?」
「その種ってセラフィラント公のではないんですよね?」
「うむ、同家門の親戚……らしい。であれば、他の家門の魔法が出ないからと考えたようだ。まぁ、その方法だったと思われる『娘だと思っていたふたり』には、家系魔法はなかったから、当時も下位貴族ですらなかったのだが」
「セラフィラント公ご自身は『した』記憶がなかったんでは?」
マリティエラさんがちょっと赤くなって、視線を逸らす。
すんませんー、大事なとこなんでねー。
「そう、だな。情けない話だが……儂はあの女の家系魔法で、記憶が混濁していたのだ……だから、その……『していない』と断言できずにおった」
「ドードエラスって、精神系の魔法もあったのか……」
「【
どうやら近年捕まった同家門の犯罪者達が全く同じ魔法を持っていたとかで、その魔法の正しい効果が解ったのだという。
そもそもは『よく眠れるようになる』とか『リラックス効果』と思われていた魔法だったらしい【睡引魔法】は、時間感覚を誤認させるという催眠効果があったようだ。
その魔法をかけられて時間感覚を狂わされた上に、睡眠導入のような魔法効果まであったとしたら確かに意識は混濁するかもしれない。
しかも……『事後の痕跡』まで用意されていたというのだから……女性の方から『されました』って断言されりゃ、男はそうかもって思うよねぇ。
覚えていませんごめんなさいって訳にもいかないからね、婚約者相手だし。
していない方が不自然っていう状況を作られてしまった上に、他の男は誰も接触できないはずの婚約者が妊娠したら認めざるを得ないし。
だけど、魔法を利用した人工授精ってことになるんだろうか。
それでも、従者家門の家系魔法は出たってこと?
なんか……おかしくない?
だって家系魔法も血統魔法と同じで『正しい交わりで生まれた者』に継がれるはずでは?
この前提が間違っていないとすると……
「こんなことを伺うのは、失礼極まりないと……解っているのですけど……」
「構わん。タクトの言いたいことは『第一子とされた者が家系魔法を持っていたかどうか』であろう?」
お、おっと、そうでした。
俺はあの『ドードエラス自爆審問会』のことは、知らないことになっているんだった。
取り敢えず頷き、もしも家系魔法を持っているのだとしたら『氷のカプセル』を使っているなんて思いにくいと述べる。
うわ……マリティエラさんから表情が消えて、セラフィラント公は厳しい上に侮蔑に満ちた表情に!
「あいつにはドードエラスの家系魔法があった。そのことは間違いはない。だが、セラフィエムスの血は引いていなかった……」
「これはセラフィラント公に対して、もの凄く申し訳ない考えだと思うのですけれど……その方……『予め妊娠してから』婚約者になられた……とか?」
「予め……ではなかったが……最初の子は、あれの同父同母の兄との……子供であったと判明したのだよ」
えええええっ?
斜め上の事態だったぞっ!
まさかの近親での妊娠かよ……
この世界でどれほど近親婚で影響が出るのかは解らないけど、感心したことではないと神々も難色を示していることからよいことではなさそうだ。
貴族の方々も最低でも両親と祖父母の家門からは、婚約者や結婚相手を選ぶことはない。
直系家門であれば、その上の代まで遡ることもある。
だから、婚約後でも両親と兄弟姉妹は『家族だからそのようなことは起こりえない』として、面会ができるのだ。
なのにそれを気にもせず兄妹での子供を作るとは……そんなにしてまで、セラフィエムスにしがみつくなんてどうしてだろう。
「それは……従者家門が色々と『勘違い』をしていたからだと思うわ。十八家門との間に子供ができると、その家門が『下位』ではない貴族になれる……と信じられていたみたいなのよ」
「信じていた根拠はなんだったんでしょう? 昔の誤訳されていた神典にだって、そんなことは書かれていませんでしたよ?」
「彼らが信じていたのはあの頃の神典ではなくて、自分達の間での『言い伝え』があったからだと聞いたわ」
言い伝え……それって本当に『都合のいいことばっかりを信じて伝えられる』っていう典型だよね……
現実逃避とか、思考停止?
「儂らもそう思ったのだが……どうも『文献』を見つけた……とかでなぁ。それは他国で作られたものだったんだが、信じたいと思えるものを信じたということだろう」
「もしや……その中に極大方陣のこととかも?」
「ああ、その文献はいつからあるのか判らないものだったのだが……どうやら、そこそこ古いものだったようでな。元従者達は『それこそがドミナティアが探している正典に違いない』と思ったらしい」
うっわー……ドミナティア家門が見つけられないものを自分達が見つけたって信じて、いい気になっていたのかもねー。
そういえばレトリノさんが、極大方陣のことは『口伝』だった……と言っていたっけ。
臣民達に知らせると危ないから……なんて理由ではないと思っていたけど、自分達が正典を持っていると貴族達に知られたくなかったんだろう。
きっと貴族ですら手に入れていない正典を持っているという、変な優越感をなくしたくなかっただけだろうけど。
そうか、その正典に添っているだから、間違いなく自分達こそが貴族だと信じ込めたんだね。
だとすると、あいつらが変に自信満々だったのも理解できるなー。
心の底では十八家門を嘲笑っていたということだろうし、正典と信じているものを持っている自分達が『特別な存在』だと思っていて当然だよね。
そしてどうやら……まだその『偽書』を『正典』と思っているやつらがいる……ってことかな?
セラフィラント公もそう考えているということは、ビィクティアムさんも当然それを念頭においているはず。
だから『襲撃が確実にあるだろう』と思っているのかも。
今、最も元従者に恨まれている家門はセラフィエムスだから……と言っていたが、それだけではあるまい。
もしや……ロウェルテアにも、何かあるのかな?
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次話の更新は11/18(月)8:00の予定です
カリグラファーの美文字異世界生活 〜コレクションと文字魔法で日常生活無双?〜 磯風 @nekonana51
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