第928話 真実の一部分

 小瓶を見つめるマリティエラさんは唇を噛み、瞳に怒りの色をうかばせる。

 俺も神眼さんで視てみましたら……こいつは毒物のようですなぁ。

 だけど、なんの毒かはよく解らないな。


「……お父さま、これ、お兄さまに使われた魔毒……?」


 えええっ?

 全く予想もしていなかった言葉が出てきて、俺が聞いてていいのかなーと思いつつも……興味本位の好奇心を抑えられずにそのまま座って聴いていた。


 どうやら、かつて被害にあったと思われる人がいたものの、今まで全く皇国内では見つかったことない毒であり、データだけが残っていたがずっと出所が解らなかったのだという。


 ガイエスが持ち込んだ魔物の一部から採取された魔毒が、そのデータと一致して……それが、ビィクティアムさんとマリティエラさんの母アシェレイナ様に使われたものと判明した。


「この魔毒が……お母様に?」

「そうだ。だが、アシェレイナから毒物が見つけられたのは、亡くなった後だったからな。当時は、ビィクティアムに使われていたものとは『違う毒』と思っておった」


 被害者って……アシェレイナ様だったのか。

 ますます俺が口出しどころか、聞いててもいけない話になってきちゃったのでは?

 しかし、おいとまするという訳にも……


「この魔毒は、人や動物の体内に入ると『生きている時』と『死した後』では、変化があるのだ。生きている時は魔力の流れを阻害し、死後に中から肉を毒に変えていくようでな。皮膚に着くと火傷のように爛れるのだが、その時も死後に体内にあるものとは違うもののように鑑定されてしまっていたのだ」

「……でも……どうやって、お母さまやお兄さまに?」

「川魚だ」


 ……!

 そうか、魚が死なない程度に薄め、摂取させることで魚の中に包膜魔毒として存在させて……!

 元々包膜魔毒のことを知っていたというのではなく、そのようなやり方で『すぐにばれない毒入り魚』が作れるということが、昔から知られていたのかもしれない。


 だとすると……これは、他国の知識だろう。

 毒と言えば、ミューラかタルフだよねぇぇぇ。


 だが、包膜魔毒があるのはセラフィラントで主に食べられている『海の魚』ではなく、あまりメジャーとは言えない『川魚』だけだ。

 皇国で川魚を多く食べるのは、川沿いの一部地域など、限られた場所。

 全て川沿いのその町だけの料理で、川魚はどこかに運ばれてまで食べられるものではない。


「川魚……よく、あの女の侍女が『カストルの料理』を持ってきていたと……お婆さまが仰有っていたわ」

「そうか。ならば当然毒味をされていただろうから、即座に死に至るような毒を使わなかったというのも解るな……ビィクティアムは……ユーファトウルから食べさせられたのだろう」

「あの頃のお兄さま、あの男のことをいい兄だと思っていて、これっぽっちも疑っていませんでしたものね。」


 あの女……?

 あの男というのがユーファトウルで、ビィクティアムさんの兄……ということは

 そうか、あの長兄の母親……ドードエラスのことか。

 カストルという町が、ドードエラス家門の多くが暮らしていた町らしい。


 やつらの関係者が、その方法でビィクティアムさん妊娠前くらいから少しずつ……アシェレイナ様に毒を摂取させていたのか。

 だから毒そのものではなく、包膜魔毒として体内に入り込んでいたから『体外で採取されたものと違う』と判断されてしまったのかもしれない。


 なるほど……それもあって、ビィクティアムさんはアレルギー反応があったのか。

 そうなると、マリティエラさんにアレルギーがないのはどうしてだ?


 だけど、どうやらマリティエラさんを身籠もった頃にはかなりアシェレイナ様は弱っていたようで、別の療養施設に移ったので食事が完全に管理されるようになったのだとか。


 そんな状態だったアシェレイナ様からの母乳ではなく、乳母がいたのだろうな、マリティエラさんには。

 包膜魔毒がビィクティアムさんより少なかった上に、その後は女性だからセラフィエムスを継ぐことはない……ということで、毒を盛られることもなかったんだろう。


 それでアレルギーが出ることもなかったし、あの魔毒を浴びてしまった皇宮での事件で俺が使った【文字魔法】が、マリティエラさんの身体から僅かに残っていた体内の魔毒全部を取り除けたのかもしれない。


 だけど、ミューラやマイウリアはそんなに昔から魔毒由来の毒物を作っていたってことか?

 ガイエスが見つけてきた魔毒は、いったいどこのものだ?

 思わず呟いてしまった俺に、セラフィラント公が答えてくれた。


「オルフェルエル諸島のものだ。それも『人肉を喰らう魔鳥』で、ヘストレスティアなどで見つかっている魔鳥の亜種だった。だから、一切の記録がなかったのだよ」


 ああー……それは資料もデータもない訳だ……

 皇国での魔獣データのほぼ全ては、ヘストレスティアだけだろうからなぁ。

 ガイエスが来てくれて、あいつがぽんぽんと気軽にあちこち行くからデータが集まってきたんだもんな。


 ……てか、あいつ、表彰ものだよな?

 ふっ、流石だぜ、親友。


「お兄さまにもこれが使われていたのだとしたら、オルフェルエル諸島の魔鳥の毒をどうやって手に入れていたのかしら……」

「これは粉末にしても同じような効果があった。おそらく冒険者か行商人、もしくは移民を装った者が入り込み、元従者家門などに接触していたのだろう。タクトがビィクティアムに言うておった『緑の瞳の者達を自国に招いた』と思われる時に、渡していたとも考えられる」


 おや、妄想エクスプレスは、セラフィラントまで辿りついていたか。

 どうやら、当代の皆様に共有されているようだ。

 ま、撮影されていたからね、当然みんなに見せますよね。


「でもお父さま、昔のスサルオーラ神信者達は、なんのためにそんな毒を必要としていたの?」

「どうも……致死毒と思っていた者達は、ドードエラス以外にはいなかったようだ。実際、その毒で体調を崩したり寝込む者がいても『摂り続けなければ』命にまではかかわらん。元従者たちは自分達に異を唱える者達に、王都の馬鹿な傍流達は互いの足の引っ張り合いに……使っていたようだったからの」

「なんて馬鹿馬鹿しい……」


 まぁ……閉じた社会では、そこまで過激なものは少ないかもしれないけど、そういうケースがゼロってんじゃないからねぇ。

 相手を貶めるためになんでもするって人も、どこにでも一定数いるものだよ。


 きっと『毒』ではなくて『薬』として取引していたのだろう。

 あ、そういえば以前サラーエレさんが言っていたな……『ミューラは毒を盛った事件の濡れ衣を着せられた』って……時事記紙情報だったけども。


 あの時は確か植物毒で、三百年以上も見つかっていないものだったから材料が、タルフから持ち込まれたって言われたって言ってたな。


 毒を作るのが得意って言われていたのは……ドムエスタ。

 ふぅむ……擦り寄ってきたディルムトリエンの吸収はおいておくとしても、アイソルに拘ったりするというのなら、ドムエスタって東の小大陸の血筋の人達が創った国かも?


 だとしたら、大元は……海の大陸リューシィグールってのが濃厚?

 もしもその線だとすると、リューシィグール的には毒じゃないものだから作っていたけど、シィリータヴェリル大陸の人達にはめっちゃ毒ってのも……ありそうー。


 人を喰う亜種の魔鳥は、もしかしたら『リューシィグール由来の何か』を体内に入れたことで……変化したとか?

 もしもこの仮説が正しいなら、人喰いの魔鳥はオルフェルエル諸島だけでなくドムエスタとか東の小大陸にもいる可能性がある。

 そうなると……毒の入手はぐっとハードルが下がるな。


 毒物って、一概に『全てが悪いもの』っていう扱いができないから……誰かに飲ませたりしても、そのやり方次第では『咎の徴』が入らないってことなのかな?

 そうだとすると、毒殺や毒物使用の妨害などが多いのも、解らなくはないなぁ。

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