第927話 団欒

「ほっほほー、かーわいいのーーぅ!」

「ふぁっふぁーーきゃぁははぁっ!」


 超ご機嫌のファロアーナちゃんを高い高いしつつ、くるりと回るセラフィラント公……この光景は、なかなか見られるものではないだろう。

 応接室に通された俺達は、ジジ馬鹿全開でファロアーナちゃんをあやし続けるセラフィラント公に少々呆れつつ、紅茶をいただいている。


 侍従の方々もほんわかと見守っているから、もしかしたらレドヴィエート様にも同じようにしているのかも。

 孫の威力、恐るべし。


 はしゃぎ過ぎたのか越領で疲れていたのか、ファロアーナちゃんはおめめを擦ってうとうと。

 すると、どこからかさささっとベビーベッドが用意され、あっという間にすやすやと寝息を立てるファロアーナちゃんにこれまたセラフィラント公はによによ。


 きっとレド様用なのだろう……セラフィラント公、孫に会う度にクルクル回っているのかも。

 面白過ぎる……

 なーんて思っていたのですが、ひとつ咳払いをして正面に腰掛けたセラフィラント公は……厳格な感じの『ご当主様』の顔に戻った。


「タクト、よく来てくれた」

「お招きありがとうございます。それと、新しい礼服も……ちょっと身体に合わせて直させていただいてしまいましたが」

「うむ……以前より明らかに細くなっとるのぅ……」


 う、自分でもこの間改めてまじまじと鏡を見て、衝撃を受けたんですよ。

 真横から見た時のぺらぺら具合の衝撃たるや。


「ふぅむ、タクトの映像はなかったから、手間を掛けさせてしまったのぅ」

「え、映像……って?」


 吃驚したのは俺だけではなく、マリティエラさんも同じだったようだ。

 なんと、既にセラフィラント公はマリティエラさんとファロアーナちゃんの『礼服』まで完璧に用意していたのである。

 まぁ……ファロアーナちゃんは、式典とかには出られないんだけど。

 折角だから綺麗なおべべを作りたかった、ってことかな、お爺ちゃん。


 どうやら俺が渡した『見守りカメラ』で撮影された、マリティエラさんがファロアーナちゃんと一緒に映っているものの幾つかを、ライリクスさんが送ってきていたそうだ。

 なんだよー、妻の実家にまでこんな配慮をするとは流石ですなぁ、ライリクスさん。


「あやつ、昔からマメに手紙も寄越しての。おまえは元気だとか……まぁ、そういうことを、な」


 ちょっと忌々しげに、だけど心から感謝しているというニュアンスも感じられるセラフィラント公の言葉にマリティエラさんも感激している様子だ。

 そうだよなぁ、いくらビィクティアムさんが『いつでも結婚できるように準備していた』としても、あんなに完璧にシュリィイーレにいながらにして揃えられるなんて……思えなかったよね。


 昔のビィクティアムさん、本当に服装なんてまったく気を遣っていなかったんだし、女性の服……それも、婚姻用の礼服の『最新デザイン』を考えて、毎年のように準備し続けるなんてシュリィイーレではできなかっただろう。


 それに反対していたのがセインさんだけだったというのなら、ライリクスさんがマリティエラさんと一緒にセラフィラントにいたってよかったはずだ。

 だけどふたり共が故郷を捨てるようにシュリィイーレに来ているし、在籍地もすぐに変えてしまっている。


 俺がふたりの身分証の隠蔽をする時には既に、マリティエラさんの在籍地もシュリィイーレだったからね。

 ということは……やっぱり当初は、セラフィラント側も表立って反対はしてなかったとしても、良く思ってはいなかったということだろう。


 だが、ライリクスさんは『昔から』手紙を送っていた……つまり、マリティエラさんの無事を報せ、日々のことを連絡していたとしたら……それは大きな信頼になっていったのだろう。


 これって、ライリクスさんの戦略勝ちなのでは。

 まずは自分のことではなく、心配しているであろうマリティエラさんのことを報せてあげるというのも、完璧だよな。

 お手紙で心を相手の開いていくというのは、今も昔も大変有効な手立てなのだろう。


 ……そうか、セラフィラント公宛てに『マリティエラさんの報告書』を書き続けていることもあって、ライリクスさんは文官ではないのに最高評価の事務能力が……?

 いや、元々文書作成能力が高かったから、心を開かせる報告ができた?

 ま、それは卵が先か鶏が先かってことだな。


 なんにしても、ライリクスさんとしては自分がドミナティアからどう思われても関係ないけど、マリティエラさんがセラフィエムスと切れてしまうことをつらいと感じていたから……その絆を断たないで済むように頑張ったってことだろう。


 ライリクスさんとしても、大好きなマリティエラさんのことを書き綴っているのは楽しかっただろうけどなー。

 そして映像を欲しがったのは自分のためというのもあるかもしれないけど、本当はセラフィラント公に見せてあげたかったのかもね。


「ライが……そんなことを……」

「うむ。あいつはまぁ……腹が立たん訳ではないが、良いやつではある……うむ……ビィクティアムも言うておったしな」


 愛娘の夫になる男なんて、そりゃそんな顔にもなっちゃいますよね。

 きっと、ビィクティアムさんがシュリィイーレに来てライリクスさんを副官にした時も、ライリクスさんはビィクティアムさんとマリティエラさんの様子を、ビィクティアムさんは……ライリクスさんの様子をセラフィラント公に報せていたのかもねぇ。


「それについては、もうよかろう。それより、タクトには礼を言いたくてな」

「いえ、撮影機とかでしたらちゃんと対価もいただきましたし、簡易調理魔具も料理本も『商品』ですし……」

「ははは、確かにそれらも非常に感謝しておるが……それだけではない」


 はて?

 他になんかあっただろうか……

 翻訳でもないし、ファロアーナちゃんやレドヴィエート様の離乳食でもない……?

 んんんんんー?


「一番は……魔獣の資料だな」


 あ、そっか、ガイエスに渡しているのと同じ本、毒物研究所にも魔獣研究所にもどうぞってビィクティアムさんに渡したんだっけ。


「ああ、ガイエスにも近々礼を言いたいと思っているのだが……あいつ、なかなかセラフィラントに留まっておらんから」

「ガイエスくんは、タクトくんの所にはよく行くわよね?」


「ええ、秋祭りも来るって言ってましたし。でもその後は多分、コレイル経由でカタエレリエラに行くと思います」

「本当にひと所におらんやつだのぅ」


 セラフィラント公は『やれやれ』という感じで、危ない国に行かなければ良いのだがなぁ、と呟く。

 危ない国……?


「うむ……ディルムトリエンが完全にドムエスタに吸収されたようだ。それに……アイソルも、な。あの辺に行くと、ガイエスの『赤い瞳』はかなり危険だろうからの」

「タルフですか? それとも、マイウリア?」

「どちらも、だ」


 なるほど……うちに来た時に、注意するように言っておくか。

 今は俺の部屋の『転送の方陣』は使えないからな。

 通信するほど急ぐことでもないし。


「それと、マリティエラ」

「はい?」

「これをちょっと鑑定してみてくれんか? できれば、蓋を開けずに」


 セラフィラント公がテーブルの上に置いたのは、液体の入った小瓶。

 蓋を開けるな……ってことは、危険物?

 瓶に中身を見つめていたマリティエラさんの表情が急に険しくなり、青ざめる。


 え、いったい何?

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