第926話 セラフィラントへ
暫くして俺の礼服もできあがり、俺も結婚祝いを作り終わり演出の練習も進んで参りました。
ロンデェエストの方でもアクエルド教会の修繕が完了したので、据え置きタイプのカメラは全て設置済み。
できあがった演出映像もロンデェエスト公とロウェルテア卿にご覧いただき大満足をいただいた。
プロジェクターごとお預けしたのだが……この
ロンデェエストの方は、俺が現場に行くことはできない。
だって今は、シュリィイーレにロンデェエスト行きの越領門がないし、まだロンデェエストとセラフィラントは繋がっていない。
婚姻式と同時に越領門の『開門式』が行われるが、それは新郎新婦がアクエルド教会からロートレア教会に移動する時に初めて開かれる。
その越領門を通るには、ロンデェエスト在籍の金証の方だけでなくセラフィラントの金証の方がいなければ開かれることはない。
要は、ビィクティアムさんやレティ様のご家族が行き来するためだけの専用越領門なのだ。
俺が午前中にロンデェエストに行ってしまったら、セラフィラントに入れなくなってしまうのである。
……ま、飛んでいけばいいんだけどさー。
できないっしょ、流石にそれは。
だけど、式場にいてもリアタイで映像確認はしたい思っているんだけど……手元で見られるタブレットみたいなもの、作っちゃおっかなー。
これは多分、ティエルロードさんには言えないもの……かなぁ……
そして、今日はセラフィラントへと前乗りする日。
マリティエラさんとファロアーナちゃんを、教会のセラフィラント越領門前で待っているところである。
どうして、レイエルス神司祭がそわそわなさっているのかな?
「実は私も明日、王都へと向かうのですよ。ロンデェエストとセラフィラントの式の後に、王都での『婚姻報告』となる『奏上』があります。それで……緊張しておりまして」
「そうだったんですか! あれ、ロンデェエストの方は?」
「アクエルド教会での式は、レティエレーナ様の父君がリンディエン家門の方ですからリンディエン神司祭が取り仕切られます。開門式もリンディエン神司祭がなさいますから、リンディエン神司祭と一緒にセラフィエムス卿達と護衛で入ったふたりがロートレア教会に移動します」
そうか……越領門開通と一緒にセラフィラントに来る聖神司祭様は、リンディエン神司祭おひとりだけということらしい。
セラフィラントの聖神司祭様であるカルティオラ神司祭は、ロートレアに前日に入られるそうだ。
もうセラフィラントではお祭りが始まっているから、越領門以外でロートレアに入る手立てはないらしい。
凄いよね、婚姻式の当日だけでなくその前から馬車方陣も方陣札の使用も禁止で、ロートレア教会も一般人は立ち入り禁止になっちゃうんだよ。
婚姻式後には、ビィクティアムさん達がロートレア教会の『特設お立ち台』から、集まったみんなに手を振ったり挨拶をする『披露』がある。
一般参賀みたいな感じだろうか?
セラフィラントに行けば解るよな。
「お待たせ、タクトくん。遅れちゃってごめんなさいね」
「いえ、大丈夫ですよ。俺が少し早めに来ただけなので……おはよう、ファロアーナちゃん」
「だぁーぅっ」
おおっ、抱きついてきてくれるとは、珍しいーー!
ふわふわだな……可愛いぃぃーー……!
「ふふふっ、ファロったらお父様がいないからって、タクトくんに甘えてるのよ」
「え、ライリクスさん?」
「ライがいる時だと、この子ったら男性には触らないの。あの人が不機嫌になるからだろうけど……ねぇ?」
「はぃぅ!」
お返事できるんですね。
しかも父親を気遣うことができるなんて、侮れないぞ一歳児!
まぁ……ライリクスさんはあからさまに不機嫌オーラを出すから、感じ取っちゃうのかもねぇ……
萎縮したり怖がったりしないならいいけど、あまりお子様の精神衛生上はよろしくなさそうだから、溺愛もほどほどにしておいた方がいいのではないだろうか。
でも、こんなにしがみつくように抱きついてくれるのは、なんだか嬉しいなぁ。
俺に聖魔法があるからなのかなー。
「……タクトくんが細いから、心配しているのかしら……?」
「え、そっち?」
「だって、お兄さまには腕にしがみつくっていうより、頬を押しつける感じなのよね……タクトくん、ちゃんと食べなさいね?」
「だだぅっ!」
……その通り、と言われているような気がする。
離される時、ぺちぺちっと腕を叩かれてしまった。
こんな幼子にまでダメ出しされてしまうとは……
ああっ、レイエルス神司祭、そんな呆れたような目にならないでくださいっ!
今、一所懸命に改善している途中なのですからっ!
そんなこんなでマリティエラさん、ファロアーナちゃんと一緒にセラフィラントロートレア教会へ。
越領門での移動は大丈夫とビィクティアムさんから言われてはいたけど、マリティエラさんもちょっと不安だったのだろう。
ロートレア司祭様がめっちゃくちゃ驚いていらしたが、マリティエラさん達のことは伝わっていなかったのかな?
「いえ……若様から伺っておりましたが……」
司祭様はそう言って、声をつまらせる。
目には涙が浮かんでいて、懐かしい……というだけの感情ではないと解る。
そして一刻も早くお屋敷へと、用意されていた馬車に乗り込む。
教会の表門に以前俺がちょこちょこっと書かせていただいた『転移目標』は、まだちゃんと記されていたので門扉と門柱の取替はしていなかったようだ。
よかったー、これでここへはサクッと来られそうだぞ。
馬車の中での短い道程の間、マリティエラさんがもの凄く緊張しているのが伝わる。
いつもよりしっかりとファロアーナちゃんを抱く腕が、少しだけ震えている。
ファロアーナちゃんも察しているのか、その腕の中で寄り添うようにぴったりと身体をくっつけている。
随分と久し振りなんだろうなぁ、セラフィラント公……お父さんと会うこと自体が。
いや、久し振り、なんてものじゃないのかもなぁ。
「……ええ……そうね。相当前だし……」
相当……と言うからには、本気で三十年くらい会っていないのかもしれん。
そうだよなぁ……以前ライリクスさんが『硝子の竜胆』をプレゼントしていた時に、もう二度と帰れないかもしれないって思っていたくらいなんだから。
セラフィラント公、温かく迎えてくれるといいなぁ。
なーんてね、心配して損したよね。
セラフィエムス公邸に着いた途端、馬車の前にだらららーーっとレッドカーペット……ではなく、紫紺のカーペットでの絨毯ロードが広げられた。
俺とマリティエラさんは呆気にとられたが、その絨毯の両サイドにはずらりと並んだ侍従さん達。
こんなにいらっしゃったのか……以前見た方々の五倍以上の人数だろう。
そっか、この婚姻式後の晩餐会準備ために、別邸からも呼び寄せられたのかもしれない。
……一応、俺がエスコートする形でマリティエラさんとファロアーナちゃんを馬車から降ろすと、皆さん一斉にばっと腰が四十五度に!
おおお……壮観……
本邸に常勤している方々だけでなく、その他の別邸管理の方々も全員いらしているのか、以前にお訪ねした時とは比べものにならない人数。
全員が男性だからか、濃紺の制服が美しいですなぁ。
きっと、玄関扉の前に辿り着いたマリティエラさんの心臓は、ばっくばくだろう。
さて……セラフィラント公は……?
大きな重々しい玄関扉が、ゆっくりと開かれる。
真正面で待っているセラフィラント公まで、十数歩くらいだろうか。
マリティエラさんの瞳が潤むとファロアーナちゃんを抱く腕が少し緩み、一歩、ゆっくりと歩き出す。
その時、ファロアーナちゃんが隣にいた俺に抱きついてきたので、そのまま預かるように抱きかかえる。
マリティエラさんの視線がまた前を向くと、優しく微笑みながらも何も言えないのか少しだけ両手を開くセラフィラント公の姿。
そこへ真っ直ぐ歩くマリティエラさんの足が、少しだけ……重くなる。
まだ、
するとマリティエラさんの背中に、ぽんっ、と手が当たり、まるでその背を押しているかのようだ。
マリティエラさんの足が一歩踏み出される前に、近付いてきていたセラフィラント公の方から迎え入れるように抱き寄せる。
その時のマリティエラさんの表情は俺には見えなかったのだが、きっと泣いているに違いない。
セラフィラント公は……めっちゃ頑張って我慢しているみたいだけど、ほぼ泣いているのバレバレだし。
「だ」
ファロアーナちゃんに両頬を抑えられ『おかーさまが、ないてるとこ、みちゃだめ』って感じに顔を逸らされてしまう。
はいはい、見ませんよー。
「……よく戻った、マリティエラ」
セラフィラント公の声が聞こえて俺はちょっとだけ、によっとしてしまった。
ファロアーナちゃんも、超にっこにこになったんで……やっぱり色々解っているっぽいぞ、一歳児。
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