みんな大っ嫌い

 わたしの家の裏の空き地には、ひっそり井戸がある。今時珍しい。

 本来何に使われようとしていたのか分からない、砂利の敷かれた小さな一角に、年季の入った茶色い井戸。

 ここに越そうと決めた当初、不動産屋から、この井戸の水は飲めなくはないが、あんまり飲まない方がいいですよ、と言われた。確かに。三LDKの寝室の窓から見下ろせる井戸は、正しい使われ方をしたためしがないようだった。

 ある時はオッサンが痰壺代わりにし、ある時は悪ガキが点数の悪いテスト用紙を沈める。きっとあの水は不味い。


 土曜の昼下がりだった。

 図書館に、借りた本を返しに行こうと化粧をして、髪も整えて、ちゃんとした服にも着替えて──……気がついたら缶チューハイを手に、井戸の前で胡坐をかいていた。

 もうすぐ十月なのに、太陽は高く、メラメラしていた。

 近所の子供たちのはしゃぐ声が響いてきたけれど、わたしは井戸に寄り掛かって、九パーセントのアルコールをちびちびしていた。情けないと思った。

 五百缶の四分の一を飲み切ったあたりから、いよいよ死にたい気持ちでいっぱいになっていたけど、ふと、頭上に見知った顔があるのに気がついた。わたしのアパートの大家さんだった。隣には、小さな息子さんもいた。不細工で可哀想だと思っていた子。


 清潔な身なりをした、真昼間っから酒を飲んでいる独身女。

 大家さんは「秋なのに暑いねえ」と言い、畑仕事の大変さについて延々と語って聞かせてきた。

 わたしは元来、愛想の良い方なので、ニヤニヤしながら、「へえ」とか、「すごいですねえ」とか、「あーあー」とか、適当に相槌しながら、液体を口に注ぐ手は止まらなかった。

 ブスな息子が、話の流れを無視して、「ねえ、お姉ちゃん、何飲んでんの? 」と尋ねてきた。

「酒」

 わたしが簡潔に答えると、大家さんは、「随分強いお酒を飲むんだねえ」と呑気だ。

「これじゃないとだめなんですよ」

 って、わたしは答えた気がするけど、定かではない。


 何時の間にか冷蔵庫に入っていた茄子を素揚げにして、めんつゆで食べた。うまく油をきり切れなくって、勿体ない食べ方をした。

 今度は衣をつけて揚げよう。そして、やっぱり、アルコールは九パーセントに限った。

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