みしおくん

 同じクラスに見潮くんという人がいた。大きい目が特徴的な、ふにゃふにゃしててゆっくり喋る男の子。見潮くんは善意の塊のくせして平気で人は殴るし、警察のお世話になるような人と常に友達だった。いつも穏やかに話す子。

 私は何故だか、見潮くんといつも隣同士だった。見潮くんは無邪気だから、いつも「紗子ちゃん、紗子ちゃん、聞いて聞いて! 」と、私にについて語って聞かせた。私は素直に、いいお友達だと思った。

 当時は衰退しきっている。中学生なんて、人生のゴミ溜めみたいなもんだって。

 それでも見潮くんは毎日学校に来たし、私は毎日学校を早退しては、見潮くんに叱られた。

 私はそしていつの間にか見潮くんのお友達とも知り合いになっていた。

 同い年のくせしてバイクを乗り回してるどうしようもない連中だったけど、彼らは、見潮くんの心配ばかりしていた。

「みっちゃん教室? 」

「反省文書いてるよ」

「みっちゃん学校行かなきゃいいのに」

「私もほんと、そう思う」

「学校、どう? 楽しいの? 」

「まあまあ。私には私の友達がいるし」

「みっちゃん、心配だな」

「見て来ようか? 」

「お願い」

 見潮くんは毎回くそ真面目に反省文を書く。授業中はポテチ食べて、携帯開いて、「紗子ちゃんも食べなよ、ポテチ! お腹空かない? 」って不真面目なのに、反省文だけは、ちゃんと書く。

「反省文って、どんなこと書くの? 」って聞いたら、「課題が出される」とのこと。

「今回は、将来の夢について、原稿用紙三枚書けってさ」

「友達が迎えに来てるよ」

「バイク? 」

「うん」

「バイクはやばいって言っといて」

「分かった」

「なあ、原稿用紙、埋まんないんだけど」

「知らないよ」

「紗子ちゃんって、将来の夢、ある?  」

「あるけど、見潮には言わないよ」

「俺はさ、学校の先生になりたいんだよね」


「は? 」


 私は笑ってしまったけど、見潮くんは酷く真剣な顔で、原稿用紙を見下ろしていた。

「俺さ、学校の先生になりたい。なってさ、俺みたいな落ちこぼれでもさ、ちゃんと見ていてやりたいんだよ。ちゃんとさ。だからさ、紗子ちゃん、応援しててくんない? 」

「見潮じゃ無理だよ。頭悪いじゃん」

「だよねえ」

「勉強しなよ。勉強すりゃ、成れるよ」

「勉強、俺、嫌いだからな。勉強しなくてもなれる教科とかないかなあ」


 結局、見潮くんは、高校生にも成れなかった。「俺、高校全部落ちちゃった」

「そう」

「紗子ちゃんは? 受かった? 」

「まあ」

「紗子ちゃんでも受かるとこあるんだ。いいなあ。俺、これからどうしよ」

「どうにでもなるよ」

 数年後、作業着を着た見潮くんが私のバイト先に現れた。「俺、今、紗子ちゃんより金持ってるよ。奢ってあげようか? 」

「いらない。中卒の給料でしょ」


 今でも考えるのは、見潮くんが、本当に学校の先生になっていたらってこと。彼は、本当に生徒を守ってあげられたんだろうか? 自らと同じ、落ちこぼれたちを。彼は、本当は誰を救おうとしてたんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る