第32話

「――疲れた」




 ぼやくようにシアラ。




「そうだな」




 鴉がそれに同意する。




「結局、万事解決ってことでいいのかな」




「いいんじゃないのか?」




 鴉の言葉に「よかった」とつぶやき、シアラはステッキを触る。


 これを無くしたせいで、飛んだ目にあった。




「魔女」




 鴉はいった。




「お前がいいなら、俺はお前の使い魔のままでいてやるぞ」




「………」




 偉そうな言葉に笑いそうになる。なんていおうか。シアラがためらっている間に、再びドアが開いた。




「お二人ともありがとうございました。お茶とお菓子持ってきましたよ」




 そういいながら入ってきたいりせは、シアラと鴉の前にお茶とお菓子を並べ、自分もソファーに座った。シアラは「ありがとう」といって、カップを手にした時、一つ確認していなかったことがあることに気づいた。




「――その、いりせさんに聞きたかったんだけど」




「なんでしょう?」




 いりせが首をかしげる。




「その、いりせさんって、いったい何者なの?すごい魔法使いというか、魔法が使える鳥というか、そんなんでいいの?由加賀――藤峰さんの外見とかなんかごちゃごちゃいってたけど」




 異世界はこの世界の常識ではくくることができない。だからこそ、何がどうなるのか、対策を立てることが難しい。




 だからこそ、一つの例として知っておきたい――というのはわがままなのだろうか。




「……わ、私は前の世界ではその……」




 ごくりと唾をのむように、彼女は体を固くし、それから口を開いた。




「神、と呼ばれていました」




「神」




「ゴッドな神です」




「ゴッドな神」




 いりせが神。


 なるほど、ステッキが使えた理由がわかった。魔女のかけた安全策なんて神に対して意味をなすわけがない。いりせは苦悩する表情でつづけた。




「ただ、そのコントロールが苦手で……信者の願いを叶えようとしては、その人の『力』を奪いすぎてしまっていてその……半分くらい追放的な感じで……この世界に来てしまいまして……。来たら来たで、ご主人様が待ち構えていたのを混乱して巻き込んでしまって……。気づいたら私はこの姿になっていて、ご主人様は十五年くらい年齢を失っていました……」




「若返るんだ……普通年を取るほうがありそうだけど……」




「なんでなのかはちょっとわからないんですけど、はい。なので、ご主人様があの姿なのは私が原因です……」




「なるほど。ありがとうございます。納得できました」




 不安そうにこちらを見てくるいりせに、シアラは軽く答えた。その答えに彼女は目を丸くした。




「え、それだけで大丈夫ですか!?私結構危険ですよ?ご主人様は若返りに結構ショック受けて、だいぶ落ち込みましたし、お二人にも、あぶないことしましたし。シアラさんの魔力勝手に使ったし⁉」




「そうだっけ?」




 見当がつかず、鴉を見た。




「あの爆撃のことじゃないか?本当はお前たちがどこにいるか探し当てるだけのつもりだったらしいんだが」




「あああ、あれはその……近すぎて、うっかり、力の込め方間違えちゃって!」




「じゃあ、今後、魔法は使わない、もしくは魔法の練習をすることにしましょうか。藤峰さんが文句さえ言わなければだけど」




「いいんですか⁉」




「うん」




「私、危険度Sなんですよ?」




「でも、ここにいれば大丈夫なんですよね?」




 だから、この屋敷には結界が張ってあるのだろう。うっかりいりせが魔法を使ってしまわないように。


 確かに、いりせの能力は大変だ。自分の『力』で魔法を使うのでなく、他人の『力』を勝手に使うことができるなんて。シアラのステッキを使ってシアラの魔力を勝手に使うこともできるし、やりようによっては世界を危うくする力にもなりうるだろう。それでも。




(一緒に住んでて、どう見てもそういう人じゃないってわかるしなぁ……、しかし、神……神……神に世話されていたんだ……でも、いりせさん世話したい方の人だから……、断るのは逆に府警なのかな……)




 そう考えながらいりせを見ると、目をゆがめて、眉尻を下げ、ぼろぼろと涙をこぼしていた。




「ううう……みんな優しい……こんなの、夢みたい……」




(いったいもとの世界でどんな目に合ってきたんだ……)




 神なのに。いや、神ゆえなのか。


 シアラは鴉と目を合わせた。鴉が静かに顔を横に振る。




(やっぱり、異世界ってわからないな……)




 わかりようがないこととは思いつつ。


 そのとき、鴉の携帯が鳴った。ワンフレーズで終わる。メールのようだった。


 鴉が画面を見てから、シアラにも見せてきた。




「藤峰から。御厨だか、明日あたりから、お見舞いOKだそうだ。意識も戻ったと。記憶は混乱しているが、それ以外は大丈夫そうだと。お見舞いに行くなら、病院には立花が待機してるから、ついたら連絡しろって。明日お見舞いに行くか?」




「行く……!って、なんであんたに連絡が……いや、私の携帯が壊れたからか」




 シアラは肩を落とした。シアラの携帯電話は帰り際の工場で、破壊された状態で見つかった。


 もらって一日の儚い命だった携帯に想いを馳せていると、いりせがシアラに言った。




「それならシアラさん!髪の毛!整えさせてもらってもいいですか?」




「え?あ、そうか……」




 シアラは頭を触った。そういえば、髪の毛のことを忘れていた。


 魔力をためるためにずっと伸ばしていたので、これだけ短いと違和感がある。




(魔力がたまったら夏休み中に魔法で伸ばしちゃおうと思ったけど)




 さすがに今はザンバラすぎる。整えるくらいはした方が良さそうだ。


 神と判明したばかりのいりせに整えてもらってもいいのだろうかと思わないでもないが、まぁ、拒否する方が彼女は嫌なはずだし。――結局これまで通りということになりそうだ。




「いりせさんお願いします。明日の朝あたりでお願いできますか?」




「了解しました!準備しておきますね」




「じゃあ、それが終わったら病院に行くか。俺もついてく。病院たしかそんな遠くないだろ」




 明日の予定が決まると、いりせは嬉しそうに微笑んだ。




「それじゃあ私、夕飯作ってきますね!なんか、お腹、空いてきましたし。茶菓子では足りない感じになってきちゃいました」




「手伝い――」




「大丈夫ですよ、今日はもう、温めるだけのものにするので。シアラさんは少し休んでいてください」




「じゃあ、お言葉に甘えて」




「俺が手伝う」




「お願いします」




 シアラはソファーに身を預けた。彼女の代わりに鴉が立ち上がる。


 二人はそろって談話室を出て行った。ドアが閉まる音にシアラは耳を澄ませる。




 これでいいか。これでいいんだよね。


 一緒に歩いてくれる人がいて、帰りを待っててくれる人がいて、会いに行く人がいる。


 方法はともかく、見守ってくれる人もいる。




 ふと、思い立って、屋敷の庭へ出た。もう外は暗く、長い一日だったな。と笑いがこみ上げてくる。シアラは魔法で腕輪の形に変えたステッキを触りながら歩く。ステッキの感触はやはり安心する。


 門を越えると、結界がなくなり、シアラの魔法が自由になる。




 ――お母さま、私はステッキを取り戻しました。これから、調整者との協力関係を結びます。




 母に端的なメッセージだけ送ろうとして、気まぐれで最後に一文加える。




 ――私は無事です。




 魔力は枯渇しかけていたが、少し休んだので言葉を贈る程度の魔力はある。


 返事は明日か、明後日か。そう思って、送ったことだけ満足した。しかし、返事はすぐにきた。




 ――シアラちゃんが無事でよかった。自由研究、楽しみにしてるね。




(なんだかかんだか)




 母の考えていることはいまいちわからない。それでも。


 一陣の風が吹く。


 今年の夏休みは、今までの夏休みとは全然違った。


 まだまだやることはいっぱいある。引っ越しもだし、大家さんにもいろいろ説明しないといけない。


 魔法少女はあきらめた。


 でも、やることは変わらない。


 誰かを救う魔女になるのだ。その一歩は、もう踏み出している。




「おーい魔女、何してんだ。もう夕飯食えるぞ」




「はいはい」




 鴉の声に、シアラは屋敷に足を向けた。




「そろそろ、名前、呼ばせようかな」




 そういえば、まだ鴉に返事を返していない。名前をつけるのは本契約になってしまうので、ずっと鴉と呼んでいたし、鴉にも自分の名前を呼ばないように言っていたのだ。




 使い魔にするなら、名前をつけないといけない。




(名前ねぇ……)




 良い名前、あんまり浮かばないな。もう鴉でいいんじゃないかな。そんなことを思いつつ。




「早くしろ、お腹がすいてるんだ」




「今行くってば!」




 シアラは食堂に向かった。

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魔法少女は諦めました。代わりに魔女になろうと思います。 宮明 @myhl

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