娼館の聖女

月ノみんと@成長革命2巻発売

第1話


私はフランドル・フランボワーゼ。

この国に、聖女として生まれました。

だけれども、私にはその素質がありませんでした。


「フランドル! いったいいつになったらあなたは聖女の力に覚醒するのです!?」


「すみませんお母さま……ですがわたくしも、これで精一杯なのです!」


「黙りなさい! この出来損ないが!」


――バシ!


私の頬が赤く腫れあがります。

いつもこの調子です。

お母さまは私のチカラを覚醒させるためだと言いますが……正直もううんざりです。


「ほら! もう一回です! 私の指を治してみなさい!」


お母さまは自分の指をナイフで傷つけ、それを私に差し出します。

こうして練習をすれば、いつか聖女の力に覚醒する、そう信じているのです。

ですが私はそんなことしたくありません。


「は、はい……」


私はお母さまの血まみれの指に向かって、祈りをささげます。

ですがその祈りは一向に届くことなく、血はだらだらと流れ続けます。

やはり、私には才能がないのでしょうか。


「ふん……! もういいです。あなたには期待しません。ラサボア! フランドルの代わりに、こちらへ来て治してください」


「はい、お母さま! 今行きますわ!」


お母さまはとうとう私を諦め、妹のラサボアに傷を治すよう指示します。

ラサボアは私と違って、生まれながらに優秀でした。

幼いころから、聖女の力を使えたのです。


――しゅううう……。


「はい、これで治りましたわ!」


「ありがとうラサボア。やはりあなたは優秀ね。それに比べて……フランドル、あなたには失望しました!」


「そうですわお姉様! 聖女の家系の名を穢しているのは、お姉様なのですよ!?」


ラサボアは耳障りな声で喚き散らします。

私はヒステリックな母と妹に囲まれ、悲惨な暮らしをしていました。

ですがそんなある日、ついに私はそんな檻から解放されます。

もっとも、望まぬ形で、ですが――。


「フランドル・フランボワーゼ! 貴方はこの家を去ることになりました。残念です……」


「はい? どういうことでしょうか、お母さま」


「いつまでもあなたのような出来損ないを、置いておけないのです。聖女の家系に、聖女でないものが居ては、おかしいでしょう?」


「はぁ……」


「明日の朝に迎えが来ます。支度しなさい。大丈夫、住むところも職も、用意してありますから」


聖女の力に目覚めなかったからといって追い出すなんて……。

わが母親ながら、ひどすぎます……。





私は翌日、馬車に乗ってある場所へ連れてこられました。

今日からここが私の住まいだそうです。


「……って、これって……!?」


そう、そこは娼館でした。

つまり、まあ……捨てられ、売られた、ということですね。

いったいいくら儲けたのでしょう……。

子供を売り飛ばすだなんて……。

まあ、私は私なりに生きていくまでです。


「フランドル・フランボワーゼと申します。今日からこのお店でお世話になります」


支配人らしき人物に、とりあえず挨拶をすませます。


「フランドル・フランボワーゼだって? 長ったらしい名前だねぇ……。今日からお前はフランだよ! いいかい?」


「は、はい……」


聖女の家系フランボワーゼ家――もうその名前を名乗ることすら許されないなんて……。


「それじゃあ最初のお客さんを相手してもらおうか……。彼は常連さんだから、ちょうどいいだろう」


「はい……」


私はVIP用の個室に通されます。

そこにいたのは、筋骨隆々のたくましい男性でした。


「あの……」


「ああ、緊張しなくていいよ。君は今日が初めてなんだってね?」


「フランと申します」


「そうか。俺はここの常連の、ギルっていうんだ。兵士長をしている」


兵士長……。

それでこの肉体なのですね。

納得です……。

鍛えあげられた肉体からは、ものすごい努力と自信がにじみ出ています。


「それでは、よろしく頼むよ」


「は、はい……」


こういう場所でどういうふうに振舞えばいいかわかりません……。

まあ、だからこその常連さん相手なのでしょうが。

とりあえず、ギルさんの上着を脱がせます。


「!? こ、これは……!? ひどい……」


「ん? ああ、これか? これは……ちょっとな……。まあ、兵士長をしていればこのくらいの傷、よくあることさ」


ギルさんの身体には、深い傷がつけられていて、一部が抉れてました。

いくら兵士だからといっても、こんな傷……。

とても痛いに違いありません。


「兵士長ってのもなかなか辛くてね。だからこそ、いつもこの店で癒してもらってるんだ。それでまた頑張れるってもんだ」


「そうなんですか……」


私もなにか、この人の力になりたい……そう思いました。

もしも私にも聖女の力があれば、彼の傷を癒せるのに……。

ですがそれは不可能です。

ならせめて、普段通りに、彼の心と体を癒してあげたい。

私はそう思い、彼の胸筋に触れます。


――ビク!


抱きしめられ、私の身体に緊張が走ります。


「どうしたんだい……? 震えてるじゃないか! そうか、初めてだもんな……。無理しないでいい」


彼はそのまま優しく、私の肩に手を置きました。

私はいつも、出来ないことを、それでもやれと言われてきました。

ですが彼は、出来なくていい、無理をしないでいいと、言ってくれました。

そんな彼を、私は癒したい!


「ギルさん……動かないでくださいね」


「ちょっ……無理しないで!」


私はギルさんの傷に、優しく触れます。


「……っつ! そ、そこは……!」


「動かないでください!」


ギルさんのことを癒したい。

そう本気で思い、念じます。

今まではお母さまに無理やり祈らされてきました。

ですが、今回は私の気持ちで、彼に祈りを捧げます。

すると――。


――しゅううう……。


「こ、この力は……!?」


「やった! 成功しました!」


なんと祈りは通じ、私の聖女の力が覚醒しました。

今まであれだけ頑張っても無理だったのに……。

どういうことなのでしょうか。

やはり、本気で思えば、叶うのでしょうか。


「す、すごい……! き、君は……何者なんだ……?」


私はギルさんに事の顛末を話します。


「そ、そうか……君は聖女の家系……。そうだ! 聖女の力に目覚めたのなら、もうここにいる必要はない。家に帰ろう!」


ギルさんは親身になって聴いてくださいました。

ですが――。


「それは無理です……。家族は私のことを嫌っています。それに、私も、今更自分を売りに出した家などに帰りたくありません」


「だとしても、どうする気だ。娼館できみがやっていけるのか? 君のような箱入り娘が」


「……そうですね……」


「そうだ。俺に任せてくれ。ここの支配人には顔が効くんだ。君の客はすべて、俺を通すようにしてもらおう」


「……? それがどう繋がるのですか?」


「俺の部下の兵士たちに、君のことを教える。それで、けがをしたやつらを連れてくるよ。君はそれを癒して、金をとればいい。通常の接客は、やらなくてもいいさ。みんなそれで納得してくれるはずだよ」


「ギルさん……。私のために、ありがとうございます」


こうして、ギルさんのはからいで、私は娼館で働きながらも、その実際の仕事内容は聖女という、おかしな立場を得ました。


翌日から、戦いで傷ついた兵士たちが次々とやってきました。


「いやぁフランさんの癒しはすごいなぁ!」


「助かりますよ……我々程度だと、なかなか聖女さんの癒しを受けられないので」


「フランさん美人だから、あっちのほうも頼めたらなぁ……」


「こらこら抜け駆けはだめだぞ。それはしない約束じゃないか」


こんな感じで、毎日賑やかです。

いつしか私は「娼館の聖女」と呼ばれるようになっていました。





【side : ギル】


「おう、ザークじゃねえか。また一人でいるのかよ」


「ギル……」


俺が話しかけたのは、俺の幼なじみであるザーク・フェルディナンド。

なにを隠そう、こいつはこの国の王子だ。

だけど俺とは旧知の仲で、気の置けない関係だ。


「なんの用だ……俺に」


「相変わらずつれねえな」


「そりゃ暗くもなるよ……。俺は第一王子であるのに、持病のせいで後を継げない。それに、第二王妃からは目の敵にされ、使用人からも厄介者あつかいだ……」


そう、こいつザーク・フェルディナンドは、この国の第一王位継承権を持っていたのに、持病のせいで継承不可能だと判断された。

そして腹違いの弟、ロランスが祭り上げられ、こいつはもはやいないことにされている。

暗殺こそされないでいるが、それも過激派が活発になれば、どうなるか分からない。


「今日はそんなお前に朗報だ」


「は? なんだよ、いいことなんかありゃしないだろ……この国に」


まったく、可愛げのない幼なじみだ。

ツラは高貴できれいな整ったツラをしているのに、こう暗い顔ばかりしていちゃ、もったいない。

ここは幼なじみである俺さまの出番というわけだ。


「ザーク、ついてこい。娼館に行くぞ」


「はぁ!? お、俺は女なんかに興味ねえよ……」


「なに言ってんだ。いいから来い」


「あ! ちょっ……! 待てよ……!」


もしかしたら、あの子なら、こいつのネガティブな内面すらも、癒してくれるかもしれない。

俺はそう思い、ザークを娼館まで無理やり引きずっていった。





【side : フラン】


あれからしばらく、月日が経ち。


「フランさん、いるか……?」


「ギルさん……」


その日は、私の恩人である兵士長のギルさんが、久しぶりにやってきました。

ですが不思議なことに、ギルさんの身体には傷一つありません。

彼がいつもここに来るときは、決まってけがをしたときだけなのに……。


「どうされたんですか……?」


「ちょっとな……」


見るとギルさんの後ろに、誰か隠れています。

ギルさんはその人の袖を引っ張り、私の前に差し出します。


「だから俺はいいって言ってるだろ……」


その男性は、紫の髪に、青緑の瞳――まるで絵画に描かれる英雄そのものでした。


「きれい……」


「は?」


睨まれてしまいました。


「す、すみません……」


「い、いや……べつに……」


なぜだか私たちはお互いに顔をそらし、顔を赤らめてしまいます。

まるでお見合いみたいです。


「おいおいお前さんたち、ここはお見合いパーティーじゃないんだが?」


ギルさんにからかわれてしまいました。


「それで、この方は?」


「おう、コイツは俺の幼なじみで、ザークっていうんだ」


「はぁ、ザーク……さんですか。よろしくお願いします」


どこかで聞いたことがあるような名前ですね……。


「お、おう……」


ザークさんは恥ずかしそうに会釈します。


「今日はこいつの病気を診てもらいたいんだ。もしかしたら、フランさんの聖女の力で治せるかもしれない」


なるほど、そう言うことでしたか……。

それならお安い御用です。

でも、見たところザークさんは普通に聖女に頼めそうなくらい、高貴な格好をされています。

わざわざ私のところに来なくても、よかったのではないでしょうか。


「せ、聖女!? なんでこんなところに聖女がいる!?」


ザークさんの反応ももっともです。


「まあ、それにはいろいろ事情があってだな」


「ふん……この女の事情などどうでもいいが……。聖女にならもう見てもらったことがあるぞ! ぜんぜん効き目がなかった」


たぶん、ザークさんが言っているのはうちの母か妹のことでしょうね。

彼女たちで治せないのなら、私が治せるはずもありません。


「残念ですが……私にもどうすることもできないと思います……」


「やっぱりそうなのか……?」


ギルさんは残念そうにため息をもらします。

私も残念ですが、仕方のないことです。


「でも、やらせてください! やれるだけ、やってみます!」


私はザークさんに向けて、祈り始めます。

ザークさん上半身にもたれかかり、彼の体全体に意識を集中させます。


「や、やめろ! くっつくな! こんなことしても無駄だ」


「いえ、やめません。少しでも可能性があるのなら、試してみたいんです」


「っち……面倒な女だ」


私は祈り続けました。

ですが、ザークさんに身体に変化はありません。


「ふん……時間の無駄だったようだな……」


「あ、おい! ザーク、待てよ! ごめんなフランさん、またくるよ」


ギルさんはザークさんを追って出ていってしまいました。

それにしてもあのザークさん、とっても綺麗なお顔をされていました。

あんな美しい殿方は、見たことがありません。

きっと、私なんかでは手の届かないほどの高貴な家のお方なのでしょうね……。





【side : ザーク】


俺は娼館を出てから、ずっと動悸がおさまらなかった。

な、なんなんだあの女は……!


「ふっふーん、さてはお前、フランさんに惚れたな?」


ギルが見透かしたような顔で俺を笑う。


「な!? ば、バカを言え! この俺がそう簡単に惚れたりするものか! それに、相手は娼館の女だぞ!? 俺は仮にも王子だ」


「フランさんは娼婦じゃないよ。あそこでお世話になってるだけで、れっきとした聖女だ」


「そ、そうなのか……?」


でも、ダメだ……。

異性にあんなに密着されたのは初めてだ……。

心臓の鼓動が治まらない。


それに、あの女。

無駄だとわかっていながら、それでも俺を治そうとしてくれた。

聖女とはああいう人をいうのだな……本当に。


「フランさんに会いたいがために、怪我したりするんじゃねーぞ。仮にも、王子なんだからな」


「ば、バカをいえ! そんなアホなこと、俺がするわけないだろ……」


っく……少し考えていた自分が憎い。


とにかく、俺は近いうちにまたあの娼館を訪れるだろう。

理由はもちろん……ち、治療のためだ。

一回では効果がなくとも、続ければなにか変わるかもしれないのだ!





【side : フラン】


はぁ……私では力になれませんでした。

また、会えるでしょうか……。

彼の力になれるほどの、聖女になって、彼を助けられればいいのに……。


そう言えば、昔聞いたことがあります。

聖女の力は、思いやりの力だと。

相手を思いやる気持ちが、そのまま力になると……。


だから私のチカラは、お母さまには効かなかったのかもしれませんね。

母はずっと私を、妹より冷遇していました。

それに、母は自分で指を切って私に差し出してきます。

私はずっと、それがいやでした。

心のどこかで、聖女になることを拒んでいたのかもしれません。

あれは、私なりの反抗心の現れだったのかもしれませんね。


だからこそ、最初にギルさんを治療したときに聖女の力に目覚めたのかもしれません。

あのとき私は、戦いで傷ついたギルさんを本気で癒したいと思いました。


だったら、もっとザークさんのことを思えば……。

……って、なにを考えてるんでしょうか私は……。

思うって、そういう意味の思うじゃないですから!


とにかく、もっとザークさんのことを良く知って、彼のことを考えるようにしましょう。

そうすれば、いつか実を結ぶかもしれません。

そうとなれば、さっそくギルさんを通じて、ザークさんにまた来てもらえるように頼まなければ!





「フランさん……こ、こんにちは……」


「ザークさん、お久しぶりです」


今度はザークさんお一人で来てくれました。

ですが、ギルさんがいないとまだぎこちないです……。


「では、今日も治療を試してみましょう……」


「た、頼む……」


私はザークさんの胸に手を当て、祈りを込めます。

ですが、また治療は失敗に終わりました。


その次も、その次も……。


いつしか月日は流れ。


「フランさん、もういいよ……あきらめよう。俺の病気は治らないんだ」


「そんなことありません! 私が必ず治してみせます!」


私はずっと、ザークさんのことを考えて、治るように治るように祈り続けていました。

それなのに、思いが届かないなんて……。


「フランさんはよくやってくれた……。俺はもういいから」


「ダメです!」


「どうして、俺のためにそこまで……」


「だって……!」


だって――。


「あきらめたら……もう、ザークさんに会えなくなるじゃないですか!」


「フランさん……」


ついに、言ってしまいました。

私は毎日ザークさんのことを考えているうちに、いつしか彼との時間が楽しみなものになっていました。

私は所詮、捨てられた聖女。

行く当てもないし、やりたいこともない。

毎日娼館にやってくる兵士さんたちの傷をいやすだけの毎日。

それはそれでやりがいもありましたが、どこか満たされないものを感じていました。

そんな中で、ザークさんとのこの時間だけは、特別なものだったのです。


「俺も、フランさんに会えなくなるのはいやだ!」


「ザークさん……」


「お、俺と……結婚してくれ! もう病気は治らなくてもいい。ただ、俺と一緒に居てくれるだけでいいんだ!」


「はい……。ザークさん!」


その時でした――。


――パアアアアアアアアアア!


「この光は!?」


「さあ……」


――しゅううううううううん!


私の手から放たれた光が、一瞬にしてザークさんの身体を包みます。

そして、光が消えたころには――。


「すごい……! 治ってる!? すごい! やったぞ!」


「ほんとですか! よかったです、本当に!」


私たちはその場で大喜びしました。

あれほど無理だった治療が、こうもあっけなく済むなんて……。

いったいどういう仕組みなのでしょう。


聖女の力とは、思いの強さ……。

ということはつまり……。

思い・・というのに恋心も含まれるのだとすれば。

それが燃え上がったときに、最大の効果を発揮するのかもしれません……。

後に私は、そう結論付けました。





「いやーしかし、愛のパワーだねぇ……」


「もう、ギルさん……からかわないでください」


このことをギルさんにまっさきに伝えた私たちは、ギルさんにお祝いの食事をおごってもらいました。


「だがこれで、王位継承権は戻ってくるな! 王子!」


――バシ!


「いてっ」


ギルさんがザークさんの背中を叩きます。


……って、えぇ!?


「は? 王子!?」


「ん? なんだまだ知らなかったのか? こいつはザーク・フェルディナンド。この国の王子だ」


「ええええええええええええええええ!?」


私はギルさんから衝撃の真実を知らされ、気絶しかけます。

っていうことは私……王子と婚約してしまったってこと!?


「あ、あのー本当なんですか……ザークさん?」


恐る恐る、本人に確認をとります。

ザークさんはばつが悪そうに、


「ほんとうだ……」


「はぁ……」


これは、私の人生もつくづく波乱万丈です……。

でも、ザークさんが元気になって本当によかった。





その後、ザークさんは無事王位継承権を取り戻し、第一王子の座をとりもどすことに成功しました。

そして、私たちの婚礼パレードが、大々的に執り行われました。

王都に用意した式場まで、豪華な馬車でパレードをします。


来賓の席にはそうそうたる人物たち。

勇者や、他国の王、さらには賢者まで。

そして……。


「いた……お母さまとラサボアです」


「ほう、あれが君のご家族か……君を捨てたという……」


馬車の上から、来賓席の母と妹を確認します。

もちろん彼女たちは聖女として呼ばれただけで、私の家族として呼ばれたわけではありません。

彼女たちは私が娼婦をやっていると思っているはずです。


私の近況など一切知らせていませんし、王子の婚約者が誰であるかも、一般にはまだ公開されていません。

これは、それを喧伝するパレードでもあるのです。


「お母さまとラサボアの驚く顔が楽しみです」


「そうだな。俺もぜひ見てみたいよ。捨てたはずの娘が、王子の婚礼パレードに、王子の婚約者として現れたら、いったいどんな顔をするんだろうなぁ?」


私とザークさんは、馬車の上で顔を見合わせ、意地悪な笑みを突き合わせます。

母や妹に、もはや恨みはありませんが、これはみものです。

いったいどんなマヌケ面を拝めるのでしょうか。





「あ、見て下さいお母さま! あれが王子様の婚約者さまですわ!」


来賓席のラサボアが、馬車の上の私を指さし、母に伝えます。


「どれどれ……? あれは……!? まさか!?」


どうやらお母さまのほうが先に気づいたみたいですね。

ふっふっふ……面白くなってきました。


「ど、どうされたのですかお母さま!?」


ラサボアはまだ気づいていないようす。


「ら、ラサボア! あれをみなさい! あれは……棄てたはずのフラン……!」


「そ、そんな……!? まさか……!? お姉様あああああああ!?」


そうですよ?

私です。


私は馬車の上から、顔がもっと良く見えるように身を乗り出し、来賓席の方を向きます。


「おお! 婚約者殿がこちらに顔を見せてくださっているぞ!」


「お綺麗なお方だ……。王子さまは幸せだな……」


他の来賓席の客たちが、そんな言葉を交わす中……。

聖女である母と妹だけが、大口を開けて放心していました。


「あががががががががが……」


「くぅ…………………………!」


アッハッハッハ!

心の中で笑います。

でも、正直吹き出しそうです。

横ではザークさんがこらえきれずに吹き出してしまってます。


面白い顔ですねぇ……我が肉親ながら。

滑稽です。

今の顔を、肖像画にして飾りたいくらいです。


そうです!

ここらで少し、手でも振ってやりましょうか。


「おお! 婚約者どのがこちらに手を!」


「来賓への気配りもできる方なんだなぁ……」


「アレ……? 聖女さま、どうかされましたか!?」


来賓席では、母と妹が地団駄を踏んでくやしがっていました。

それを見た他の来賓客たちは、不審な目を向けています。


「くううううううううう! なんで! なんで!」


「お姉様が王子様と……!? どういうことですのぉおおおおおお!」


いい気味ですね。

私を散々いたぶってくれた末路です。


やがて、パレードが進み、馬車の上からは彼女たちの姿が見えなくなりました。


馬車の上で、私とザークさんは思い出し笑いをしながら、顔を向き合わせて語り合います。


「あっはっは、さっきのはほんと、見ものだったよなぁ!」


「もう、一応私の元家族なんですからね!」


「そんなこといって、君も笑ってるじゃないか!」


「だって……あまりにも滑稽で!」


私たちはずっと、笑いが止まりませんでした。

この話だけで数十年は話のタネがもちそうですね……。


さて、そんなこんなで私はザークさんと結婚をし、この国をともに支えていくことになりました。

今でも、傷ついた人がいれば、私の聖女の力で救っています。


その後、母は老化が原因で聖女の力を失ったそうです。

風のうわさに聞きました。


妹のラサボアは、結婚した相手がひどい男だったそうで……。

結婚相手からの暴力がトラウマで、聖女の力が使えなくなったそうな。


ま、私を娼館に平気で売り飛ばすような人たちなので、仕方ありませんね。

もう私には関係のないことですし……。


私とザークさんにはたくさんの子供が生まれ、平和に暮らしました。

国は栄え、いつしか元家族のことなど忘れて暮らしていました。

王族の方々も、まるで本当の家族のように温かく……。

そしてなにより、ザークさん。

ザークさんは私を一番に考え、大切にしてくれています。

それは私も一緒。

彼のことをあれだけ一生懸命に考えたからこそ、幸せを掴めました。



――――――――――――――――――――――

【あとがき】《新連載》を始めました!


この作品が気に入っていただけている読者さんなら、こちらも気に入っていただけると思います!ぜひよろしくお願いいたします!


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