テキサスの攻防

たとえ負けようとこの一戦が終わりではない。

我々が送り出した石油、そしてそれによって得られた外貨などによって、我々はまだ10年は戦える!

-ジョセフ・スタンレイ、テキサス戦役に際して(後世の創作という説が濃厚)-


1943年の夏、全面攻撃を開始した合衆国陸軍テキサス方面部隊は大規模に進撃した。

これに対し連合国陸軍は温存してきたテキサス方面軍を投入。

全ての予備戦力を叩き込んで、志願兵が6割を超え完全機械化されたテキサス方面軍は間違いなく戦前から”最強”を誇る彼らは遂に前線へ投入された。

合衆国軍にとって、狙いは地上戦に於けるミリタリーバランスを覆す事であった為、かき集めた兵力は合衆国も最強の戦力を集める。

作戦名「オデッサ」が始まった。


1943年8月、テキサス州


27号線道路を最終抵抗線と定めた連合国陸軍は縦深150キロにわたる島嶼陣地を各所に設営した。

ラボックに司令部を構えた連合国陸軍テキサス方面軍は、徹底的に掘られた重徹甲爆弾に耐えうるべトンバンカーの中にいた。

各所で爆音が轟いており、連合国国鉄秘蔵のD51四重連で牽引された特大型装甲列車<ダブデ>――試製四十一糎榴弾砲のライセンス生産型――も展開しつつある。


「呆れた砲火力だ……」


アイゼンハワーは火力主義者だった、しかしこのテキサス方面軍の秘密兵器が使われるとはあまり信じていなかったので、茫然と言うべきであった。

かつて後方幕僚だったころ、これの納入騒ぎを見た事がある、あの当時はやり過ぎだと思ったし、何なら今もダブデ納入には疑問を持っている。

無論このダブデの大火力を見ると心が揺らぐ気持ちは分かる。


「観的弾だーんちゃく、効力射要請来ました!」

「斉射開始!斉射開始ィ!」

「敵合衆国軍全域で躍進機動に移りつつあり!」

「敵航空機大規模に戦域に侵入!」

「<ガウ>編隊と接触」

「敵部隊ダブデ弾着により1個装甲中隊が消滅!」


本部指揮所では各所との交信記録が叫び続いている、前線域はほぼ交戦状態だ。

合衆国軍も対抗してドーラ列車砲のコピーである<ビッグトレー>を投入、列車砲同士の対砲兵戦が開始され、巨弾のキャッチボールでクレーターが大量生成された。

上空では連合と合衆国軍の航空隊が統計上で毎分6機撃墜される戦いを繰り広げ続け、前線諸部隊は落ちてくる航空機や砲弾の中白兵戦を開始している。

もはや勝ちも負けという次元じゃない、男の意地の戦いである。

石器時代の原始人がほかの原始人と殴り合う時代から続く身体が求める闘争本能の赴くまま、彼らは戦い続けた。


5日後


鉄道輸送と自走を挟んで輸送されてきたスタンレイ戦闘団は、テキサス戦線への第3次増援部隊として到着し、総軍予備として最後の戦いへ参加することになった。

合衆国軍の2軸の進撃路、その片割れが包囲出来るまで前進する事。


ダッグインしたM3リーは各所を履帯の増加装甲を--アテになるかはさておき--施し、テキサスの砂の海に身を隠していた。

合衆国軍の攻撃針路が自身の方面である事はスタンレイもよく理解している、合衆国陸軍がこと攻撃に関して頑固で執拗かということも理解している。

畜生、パットンの奴は正しく理解しているのか。

俺は敵の総攻撃を受け止める肉壁か?野郎俺を殺す気か。

答えはよく知っている、「スタンド オア ダイ!」の鉄則だ、連合国とは攻めるにあたって強い敵を回避し、強い敵とは常に守勢の利を活かすしかない所である。

そこら辺で言うとクロパトキン相手に正面決戦で二回打ち負かした明治の帝国陸軍のがまだ威勢がいいと言える、事実秋山戦隊にしても乃木第三軍にしても戦力の運動を良く認識している、産まれる時代が遅ければ蒙古族でもやっていけたかもしれない。

だがスタンレイがいるのは連合国である、既に第二次世界大戦と呼ばれるようになったこの群発する紛争に生きている。


《こちらミミズク08。こちらミミズク08。スターレット。連隊規模の敵戦闘団警戒線を越境。後続に主力らしき隊列確認。》

「スターレット了解。ミミズク各隊は後退戦に入れ。」


スタンレイは別の野戦電話を手に取る。


「敵機械化旅団多数我が陣地へ前進中、スターレットこれより交戦に入る。速やかなる火力及び航空支援を要請。」

《スターレット。こちらクロススター。了解した。武運長久を祈る。》


どえらい轟音を鳴り立てながら幾本も空が線を描いている。

ネーベルヴェルファーとか言うドイツ製ロケット砲、南北両アメリカの兵士は「スクリーミング・ミーミー」と俗称しているロケットの掃射だ。


「ウチじゃない、何処を撃ってるんだ。」


戦闘団本部を通り過ぎたロケット弾幕は、よりにもよって陣地変換中の砲兵陣地を吹き飛ばした。

轟音と黒煙の大きさが事態が最悪になった事を教えている。


「畜生、本当にえらいことになっちまった。方面軍司令部に砲兵のアテをもっと増やせと言え」

「不可能です、電話線が吹っ飛んだようです。走ってきます」


通信兵が工兵に紙を渡し、バイクに跨る。


畜生、全て滅茶苦茶だ。

神の存在をやはり否定するしかあるまい、いるならきっとサディストだ。



方面軍司令部には最悪の瞬間が訪れていた。

合衆国空挺軍団による右翼攻撃針路確保、続く元カナダ方面警戒部隊を転用した機甲軍団の攻撃が開始されている。

左翼でもスタンレイ戦闘団を含む戦闘団5個が各所で抗戦を継続しているが、連絡不能になって状況不明になっている、少なくとも最悪に違いないだろう。

此処に来てメキシコ人の参戦が尾を引いた、北部から抽出されていた精鋭が連合国の精鋭と会敵した訳である。

戦域はテキサスのちょっとした小高い高地を巡る戦いにその焦点を移していた、そしてその焦点にスタンレイはいた。


「パットンの野郎、死ねと言ってるのか」


と痛罵したいのをスタンレイは堪える、敵は機械化旅団1個歩兵師団2個がその圧力をますます加えている。

既に歩兵や戦車の波状突撃も度々受けており、両軍が制空戦闘に熱中してる隙をぬって、双方が爆撃を加えているがお互い焼石に水だった。

損害が出るには出るが陣地化されたり、圧倒的な数的優勢であまり効果がない。

野戦砲は航空攻撃よりは火力がある、ここ一年で両軍は155mm野戦砲を投入したりネーベルヴェルファーやらをぶつけあっているが、そもそも高地を巡って戦う一番の理由は砲兵観測が其処からするしか無さそうであるからだ。

名前もない丘、いや丘というには物足りない、まるでミナツキの胸部みたいな土地を巡って何人もの兵士が肉挽きにされていった。

午前と午後の60分間の間、双方の白旗を持った衛生兵と非武装の歩兵達が何人か互いの負傷兵の捜索と回収を行い、決められた車両のルートと塗装をして双方の部隊は後送している。

理屈ではなくそうでもしないと彼らは耐えられないのだ、死ななければもしかしたら仲間が拾ってくれると信じない限り兵隊は意欲を何処かに抱き続ける。

生きてさえいれば、生きてさえいればと。

それに少なくともラテンの報復戦争を叫ぶトロツキー一行よりは国際法が通じる相手のがマシだと考えていたし、少なくともスタンレイは北部に於いては「まだ理屈と常識はある方」扱いだからマシであった。

無論彼からすればたまったもんじゃない。


「変わらず内容は死守てすか」


スタンレイは回復した有線通信で、アイゼンハウワーの命令を聞いた。

パットンはいま別の案件中だ、そこで部隊全滅させても守り切れと言われて、スタンレイは本気で降伏しようか頭をよぎった。

実のところアイゼンハウワーにしてもパットンにしても、テキサス方面軍にしても、全員スタンレイが戦死する可能性が高いと理解しているが、後退を命令する気はなかった。

国家は必要である限り犠牲を命じる権限を有している、最終的選択権は個人の尊厳にあるが、それが出来る人間ではないだろうとも理解している。

特にアイゼンハウワーはある意味良く理解していた、部下の言う事を理解し聞く事を恥ではないとする将校は、部下の事をよく理解出来ると言う意味だ、決して傀儡ではないのだから。

そして彼の幾らか倒錯的な個人の精神をある程度は知っているので、彼に降伏という道がない事を理解していた。


「了解・・・。切ります。敵が聞き耳立ててるでしょうから」


受話器を置いて、薄く広がる戦線を睨む。

パットンは恐らく反撃作戦なり撤退作戦なりをやってる、アイゼンハウワーも他でかかり切り、他にアテなし・・・。

降伏という選択肢が頭を再びよぎる、やはり無理だ、ミナツキやアルベマールはどうなる?南部が崩壊した後の日本人の妻がいる元連合国の将軍、間違いなく生きるに不適切。

表向きはともかくとしても北部が庇護を与えると思えない、連中監獄船の管理を雑にして大量に捕虜を死なせる信じられないバカをするのだ、意図的でないバカのせいで死んでたまるか。

スタンレイの脳裏に昔雇ったユダヤ人が過ぎる、強制収用とジェノサイド、夜に連れて行かれた人々は2度と帰らない。

くそッ!俺はセイラム魔女裁判の時代より後に生まれてるはずなんだ、何でこうなる!


「連合国の安危かかってこの一戦にあると心に決めろ。持ち場が墓穴だ。」

「あのオヤジ相当キレてるぞ……」


司令部の幕僚が顰めた顔をしたスタンレイを見て隣につぶやく。

あの人ハト派じゃなかったか?やっぱ防衛戦争と愛国心って人間を変えるのかな、嫌だなあ、ああ言うふうに俺もなるのかな。



側面攻撃が上手く行かない事に合衆国の軍人達は地団駄を踏んで憤慨はしたが、それでも納得や理解に近いものはあった。

自分なら死んでも守れと命じるし、それはそういうもんであるからだ。

だがマッカーサーには別の理屈があった、彼には決断力があり、軍事ロマンチズムとは違う何かを考えていた。

大統領一行が正規軍野戦決戦という死者数のチキンレースに色を失くし、大西洋艦隊は「英国海軍が本格的に出師準備に入りつつある」と慌て出したのも要因だった。

大統領は「早くなんとかならんのか?」と言うのをキッカケに彼は言った。


「貴方の言うとおりにするとDixieどもが合衆国本土に侵攻しますよ、我々はどんな犠牲を払おうと此処で膝を折ってはいけません。

 我々は此処で敵機動戦力を擦り減らさねばならないのです」


大統領の沈黙にマッカーサーは内心は荒れていたが、士官学校時代と同じく黙っていた。

戦死者数の増加と国内統制への反動が出始めた合衆国はファシスト国家ではあっても民意を無視出来ない良い例であった。

責任を他者に負わせる事を好む事この上ないポテトとは違う、無論この場合のポテトはアイダホ州の州民ではない、彼らはジャガイモを輸出しても頭までジャガイモ野郎じゃない。


「しかしながらこの、海軍情報部のイギリス本格参戦準備はかなり……」

「だから此処で陸上決戦をしたんです、南部の敵を動けなくさせるために。

 そうすれば連合国の機動決戦兵力は完全に機能不全となり、相手はガードが精々です、我々はその後で後ろにいるカナダ陸軍とイギリス派遣軍をワンツーフィニッシュすれば良い。」


要するに内線戦術であった。

発想の根幹そのものは正しかった、実際問題、これくらいしか打つ手が無い。

日本から「単独降伏したらお前をイギリスと組んで禁輸する」とまで言われている以上、南部に降伏や停戦は難しい。

対日戦に至っては後方の補給部隊に長躯硫黄島や大宮島から飛んできた陸攻やらが、水無月島建設隊を日干しにしようとしている。

メキシコは論外。


「だがどうにかならんのか?ガスでも何でも使っては……」

「近代陸戦で化学兵器生物兵器はなんらの効果も上げませんよ」

「メキシコ相手のネヴァダ防衛戦ではそうは言わんかったじゃないか」


大統領の言ったのは数ヶ月前に中共がまた攻勢を仕掛けた際の攻撃だった。

浸透突破を図る人民解放軍は合衆国軍の化学砲弾で瞬く間に瓦解してしまった。


「状況が違います、メキシコやプエルトリカンが逆立ちしても自立経済を維持出来ないでしょうが、南部の連中は欧州派遣などで近代陸戦を全て見てきています。

 特に装備人員に優れるテキサス方面では奇襲効果も意味もありません」

「君の口ぶりからすると我々は南部の関係を見直すべきだと思えてくる」


最初からそう言うふうに言ってましたよ。

マッカーサーの無言の眼光が大統領の心胆を寒からしめる。

その日、軍部との打ち合わせを終えた大統領は副大統領にそれとなく話しかけた。


「彼を更迭する必要があると思う。我々は戦争だけすれば良い訳じゃなかろう?」

「ですが、今の彼は五総裁政府時代のナポレオンのようなものですよ。

 それに停戦が結べるとも……」

「対英戦線まで抱えては合衆国全土が戦場になるぞ、フランス大使館辺りを経由して、ちとその気があると漏らしてみてはどうか?」


そう上手くいくかよ……と言いたいのを堪えつつ、彼は了承した。

後世の歴史家にとっては恐らく、合衆国のその後を考えると最後のチャンスだと言うのが定説である。

そして後世の歴史はこの戦争がまだ続くと書かれている……。


3日後、ISAFは連邦同盟条約の全会一致をもって対合衆国宣戦布告を叩きつけた。

同時に、南米大陸の友邦であり、長きにわたる公私問わない友好を結んできたアメリカ連合国への共同戦線を彼らは告げた。

……戦争は完全に後戻り出来なくなった。



オデッサ作戦最大の失敗原因は南米の宣戦と言うのが後世20年にわたる定説であったが、戦後30年を過ぎる頃にある事実が判明した。

最高司令部の混乱が実のところ別の理由で齎されていたのだ。


「将軍……貴様……!」

「大統領。貴方を国家反逆と反愛国活動容疑で拘束する。」


合衆国から真実民主主義というものが消えたのである。

こうなると事態はややこしくなり始める、兵站は混乱し、ちょうど遠征軍が来るというから純軍事的に混乱してる最中大統領府が指揮機能を麻痺させた。

その結果はオデッサ作戦部隊の機能不全である。

しまいにゃ、スタンレイ将軍が『我々も負けたくないのでね、此処で退いてくれなければ油田を爆破するぞ』と脅しつけた。

冗談ではなかった、そんな事されては戦後合衆国は食糧や環境問題をより深刻化させてしまう。

マッカーサーなどは「爆破される前に奴の首をとれ」と手を振って指示したが、ここにきて州軍や州兵に連邦兵の一部が渋り出した。


「そんな事になると俺の地元はどうなる?」


合衆国の広すぎる国土が悪影響を齎していた。

西海岸、中部、東海岸と三分割しても三つである。

日本のように「元々山がちで代々住んでる」と言えるし、イギリスなら「拝啓国王陛下様」で上手く誤魔化すのも出来た。

だがしかし合衆国内部で渦巻く無言の不満、居ないも同然扱いの地方部の不満が出てきた。

災害に遭おうと東のキャピトルヒルの役人も西のボヘミアンクラブ大好きのリベラルも知ろうとしない地域が確かに存在している。

それが爆発し出した。


無論それを知らない連合国はテキサスの決戦に全力を注いでいたし、合衆国は全力を注いでおり、彼我兵力の格差は3:1であった。

両軍のビッグトレーとダブデの砲打撃戦や、突撃歩兵たちの戦いも、全て夢の轍がごとくに終わる。

戦闘開始から9日、遂に開戦以来押されていた連合国陸軍は勝利を成し遂げた。

スタンレイへの攻撃針路をとった別働隊が事実上遊兵になり、パットンの本隊が放胆な総進撃を作りあげた。

さらにスタンレイの支援にアイゼンハウワーの予備隊をぶつけて、金床とハンマーをもちい、敵の戦列を崩したのだ。


「終わった……」


スタンレイがアイゼンハウワー部隊の到着を見てつぶやいた言葉であった。

ある意味、双方の全将兵の意見でもあった。

彼の視界には、第六次総攻撃で司令部バンカー近くに乗り込んだ合衆国の戦車の残骸が視界の大半を埋め尽くしていた。

塹壕を出る、掃討作戦は事実上終了した。

勝機を逸した合衆国の兵士たちは後退戦へ移り、逃げきれないと覚悟したものは降伏したのだ。

無論諦め悪く逃げ切ろうとしているものもいる、だが彼らの大半は夜を待たねばならない。


「あーあ、みーんなしんじまいやがった。」


スタンレイは煙草を吸うかまた思案し、やめた。

何もかもに疲れていた。

地平の向こうまで両軍の陣地や戦車や装甲車が炎上し、テキサスの砂漠の大地が真っ黒に見える。

こんなことはもうやめねばならんのではないか、そんなことすら思い出している。

彼は未だ正確な損害を知らない。

<ガウ>は投入した8割を失い、両軍合わせて70万近くを死傷させ、損耗車両は1万を超えると言う事。

パットンの反撃作戦「スピアヘッド」と「アローヘッド」で窮地を救われたが、テキサス方面軍は事実上半壊した事。


純軍事的見地からすれば、連合国陸軍は崩壊していた。

それを見計らって介入したISAF、不気味に動くイギリスの手も知らない。




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Dixie Too Arms! 南部連合のメスガキ @DixietooArms

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