嵐の目

冗談はよしてくれ!

-NOAA職員、ハリケーン観測時の機体トラブルに際して-



1942年7月10日、多くの兵士たちに突然の知らせがあった。

南北アメリカが7月11日に12時間停戦と、捕虜交換を行うと言うニュースであった。

この突然の臨時的停戦は両国が冷静になったというより、むしろお互い切羽詰まる様相を呈しているがために実現したものである。

連合国が事実上の全成人動員を踏み切った頃、合衆国も拡大動員に踏み切っていた。

欧州派遣軍だけでいまや兵員は陸海空合わせて40万を超えつつあるのに、さらに合衆国陸上国境のほぼ全てで殴り合いを繰り広げているのだ、到底人が足りない。

しきりに兵力増強と英国空軍が着々と北部で蠢動し、ケベック地域にもフランス陸軍の派遣計画が公然と噂が出てくる中、急速に総力戦体制に突き進むしかなかった。

両国にとって再訓練するにしろ、後方で働かせるにしろ、何十万かの人々と言うのはダイヤモンドで出来たアルプス山脈より高価に思える。

拡大動員にあたってマッカーサーとフォードの間でかなり激論が交わされ、支持率というグラフに不安を感じている大統領が国民感情を気にして動員数を減らしたせいもあるのだが。


無論兵士たちにとって大事なことは、少なくとも12時間は死神が休業するという事だった。

前線地域では久々に炊事や洗濯を済ませる事ができた。


1942年7月22日、スイス


ベルンの某山荘がその場に選ばれたのは会合が目立たないという点であった。

本当はドゥーチェが「是非、我が自慢のグラン・サッソで」といつも通り派手好きなことを言ったが、フランスからの白眼視で根負けし、じゃあスイスでやるかと決められた。

かくして交渉は16日目に突入している、なんの交渉か?

日・米連と合衆国の停戦または終戦に関しての予備交渉である。

しかしながら戦争を終えるというのは極めて難しい、現状の戦線を国境として是認しろと言って通じるはずもなし、さりとて戻して済む訳もない。

そのため一時的にその議題を棚上げして、取り敢えず捕虜交換という形で話を進めてきたのは良いのだが、それが終わった為また交渉は振り出しに戻った。

イタリアとフランスの仲介のもと行われているこの停戦予備交渉であるが、進捗無しでは仲介者も困る、無論イギリスは一応無関係のこの件について聞き耳を立てており大体を察している。

日本側がイギリス領土を経由する電話線で東京と度々話しており、外交暗号は大概イギリスには読めている。

最近、ポーランド人の協力でエニグマすら解読出来つつあったのとチューリングが仕事をしているのでほぼ解けない暗号は存在していない。

だが交渉が進むにつれて変化があった、日本側にしても連合国側にしても、合衆国に焦りがあるように見えてきたのだ。

連合国全権代表であるアルバン・W・バークリー氏はものはためしと、日本を抱き込んで強気の揺さぶりに出てみることにした。


結果、交渉はデッドヒートに突入した。

合衆国側にとっては最悪極まる状況である、農業調整局が「耕作放棄地域の観点から見て食糧統制を実行する事を推奨」し始め、穀物統制価格の制定が急激に国民の悪感情を誘い、ここにきて南米からの全面禁輸措置が効いてきた。

北アメリカ大陸は豊かな大陸に見えるが食糧に関してはかなり悪い、英国経済圏からも締め出されつつあり、数少ない友好国との通商線を連合国海軍の蠢動により脅かされている中では安定的供給は望み辛い。

遂に7月27日、徹夜で続く会談に日本側代表の激烈な声が飛んだ。


「即時かつ全面的停戦と国境回復、イエスかノーかだ!」


合衆国は最早停戦ありえぬと確信を得た。

合衆国としての国体を護持するにはこの敵対諸国を軒並み滅ぼす以外道はない。

停戦予備交渉は終了した。

この報告を以て合衆国は、テキサス油田を目的とする大攻勢を決断した。


1942年8月2日、ネブラスカ州


"それ"が何故始まったか、あまり正確な資料や証人はいない。

多くの人々は「突然にして、前触れもなかった」と言う、無論意識して無い数々の事柄を別にすれば。

元々アメリカ合衆国というのは連邦である、各州が事実上自治国と言っても良く、国家への帰属意識と州への帰属意識を持つもの達で構成されているのだ。

今次戦争が合衆国にとっての初の本格的な対外大戦争であるとしても、意識は変わらない。

無論最初の1年や2年までは戦時下!という新しい状態に気分が染まる、しかし戦争というものの身近さは基本的に銃後の市民には感じられない。

多くの市民にとって忘れた頃にそれが訪れる、最初それに熱狂したか無関心だったかを忘れさせるその日まで。

確かなことは、それはネブラスカ州のとある市場から始まったと言う事である。


戦闘地域に程近いネブラスカ州では州政府が農産物の各自増産を推奨していた、ある意味それがネブラスカ州に於ける戦時下の娯楽の一つだった。

「自身の食い扶持を自身で防衛せよ!」とスローガンが作られ、家庭菜園が行われ、必然的に物々交換が始まる。

この余剰農作物に頭を悩ませていた組織があった、州を超えた農作物の転売や規制逃れを摘発しているFBIである。

余剰が生まれるということは商売の余地がある、資本主義の国に生きた市民達は必然商業活動を行う、ネブラスカ州警察は知らん顔、そりゃそうだ警察官だって生活があるしここは地元!

最大の市場では最早食糧のみならずあらゆる種類の物が売り買いされていた、中には禁書指定されたりした書籍など混じっている。


「これより余剰農作物接収及び取り締まりを開始する!」


何度か手入れと取り締まりが行われたが、全く事態は改善しなかった。

ある若者は「これはちょっとしたゲームさ」と笑い、ある中年は「政府が個人の商取引を規制する権利は憲法には無いね!」と公然と罵倒している。

そりゃそうだ商いをして悪い法があるとすれば法のほうが悪いと言ってなんで悪い?

まして、連邦政府がそれをいう権利を有しているのか?

小さな悪徳と利益の話は、いつの間にか本格的な連邦政府の存在意義に変容するまで時間をかけなかった。

1942年8月1日、そんな情勢下で大通りの露天市場での摘発が開始された時、騒乱が始まった。


「FBIだ!全員その場で動くな!」


ホイッスルの音と共に現れるFBI捜査員10名ばかしが現れた時、ネブラスカ州オマハの市民達は「また来たぞそれ逃げろ」といつも通りに逃げにかかった。

そんな中で事件は起こった、逃げ道を塞ぐように別のFBI捜査員達が展開し、検挙に掛かったが、乱闘が巻き起こった。

屋台がひっくり返され、木箱が飛び狂う。

秩序回復で送られた州軍の留守番部隊の中隊が慌てて展開してきた頃、銃声が轟いた。

数名に包囲された捜査員の1人が威嚇射撃したのだ。

ルガーの弾丸は煉瓦造りの壁に当たると、跳ね返って別の方向へ、別の市民へ飛んでいった。


「このクソ野郎ども撃ちやがった!」


市民の中から声が轟いた時、捜査員達は慌てて拳銃を抜いた。

州軍部隊が整列して待機していたのも市民の火を煽り、単純明快な解決策を示させた。

やられる前にやってしまえ!

群衆が完全にレミングスに走った場合止めようは無い、専門の知識と装備を有する警官隊を投入し、時間をかけてゆっくりと取り組むしか無い。


投石が火炎瓶になり、散弾銃に化けるまでに時間は掛からなかった。

各所で連邦施設が襲撃され、州警察や州軍は包囲下に置かれるか、彼らと同調して消滅していた。

一週間しないうちに全米にこの事実が知られ始めると、漫然的だった連邦政府への不満が具現化され出した。

中道的市民は「連邦政府にそんな権利があるか」と疑問を感じ、右派の市民は「政府が軟弱の腑抜けだからこんなザマになる!」と感じ始めた。

連邦軍歩兵師団2個によるオマハ市への反乱鎮圧は何とか8月19日には成功したが、武力鎮圧というのは当然苦い物である。

ブラッディオマハはある意味反連邦運動のイコンになった。

合衆国中西部スウィートウォーター群で組織化された反連邦運動組織の結成によって、合衆国は欧州戦線、本土戦線、太平洋戦線のほかに銃後に於ける市民戦争と言う最悪極まる様相を呈し始めていた。

より最悪だったのはこの時期マッカーサーによって結成された軍内グループの<もう一つの選択肢ニューディサイズ>であった。

法務官僚と軍内部の大きな政府論を有する者たちによる事実上の秘密警察どころか政府内政府と化しつつあるグループ、タイタンズ--すなわち実務官僚クラス達--を吸収した彼らは、完全に先鋭化と急進化を見せつつある。

巨人は未だ巨人であったが、臓器に致命的不具合を呈していた。



ただ、急進化と先鋭化はナチズムだけを意味するものでは無いというのも事実である。

愛国者にはいろいろな形態がある。


1942年8月22日、アトランタ


スタンレイ戦闘団は統合の末、502独立混成旅団へ昇格した。

最新型のM3A3リーが配備され、かつてあれほどちょこまかと走り回っていたボーレガードも今やもう無い。

ISAFでも生産されるようになったM3リーは前線正規部隊を事実上更新させていた、ボーレガード自体がほとんど戦争で失われた為である。


「どうしてこうもなってしまったか・・・」

「人徳じゃないですか?」


そう笑みを浮かべるミナツキにスタンレイはぶんむくれようか考えた。

アトランタでの再編と聞いてスタンレイは内心で大きく喜んだ、家族の顔くらい見る権利がある、その分の仕事はしてると彼は思っている。

本質的に祖国が滅ぶにしても自身の家族の安寧があるならそれも良しとしているスタンレイにとってこれが一番大事な事であった。

娘が大きくなっているのも、彼にとって大事にしたい理由であった。

たとえこの娘が遊んでいる途中で顔をペチペチと叩く誰かに似たふてぶてしさがあるとしても、いやむしろだからこそ大事にしたい時間であった。


《続いては緊迫続く欧州の戦況です。ソ連軍は3日前の会見にて第二次モスクワ総攻撃を撃退したと公式に宣言しました。》


ラジオ放送が告げる独ソ戦の戦況はソ連軍がある程度戦線を立て直しつつある事を伝えていた。

各所でパルチザン攻撃を受けている為、全域で補給線が停止したり破断させられたりしているとドイツ軍は攻撃失敗を認め、今後も国防軍と親衛隊は共同してパルチザン狩りを進めると宣言している。

体の良い、いや良くもない大量虐殺の正当化だ、当然だが収まるわけもなく過激化するだろう。

合衆国軍が未だに大量虐殺の手段に手を染めてる様子が無いのは、恐らく戦後を考える必要性からだろう。

不必要な刺激をして英国やフランスからの投資の引き上げまでされては彼の国は立ち行かない危険が大きすぎる。

事実、イギリスはゆっくりと段階的引き上げをしているがフランスはまだ傍観の構えだ、フランスの経済的状況もあるからフランスが悪いと言うわけでもない。

そのフランスが北米介入の政策を検討しているのは恐らくソ連からドイツの聖域たるアメリカを望まないからだろうけど、右派が納得したのはよく分からない。

ナポレオン1世よりロシア侵攻で成功しそうなのが怒りをかったのだろうか?

無論スタンレイとしては嬉しい話だ、大国が介入して停戦してくれるのならそれもまた良い、勝って終わるならなお素晴らしい!


「次に帰れるのはいつになるかな・・・」

「それでも私の居場所はここで、貴方の居場所はここなんです、ここで待っています」


ミナツキの言葉に、アルベマールは頬をぺちと叩いた。


「アルベマールの居場所もですね」


頬を撫でながらミナツキは嬉しげに微笑む。

戦前のうちに南米にでも行くべきだった、スタンレイは深く痛感した。

アルゼンチンあたりで牛を育てながら平和に暮らすべきだったのだ、畜生そうすれば適当に月一くらい国債の協力とかするくらいで済んだんだ。

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Dixie Too Arms! 南部連合のメスガキ @DixietooArms

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