卒業

未来に光を

「卒業おめでとう、代表!」

 空中に花が咲き、水で出来た龍が輪を描いて飛ぶ。

 その下に、多くの人々の笑顔があった。

 今回卒業するのは三十名。けして多くはないが、卒業式はユウケイが初めて見るくらいの賑わいを見せた。

 毎回そう人数が多くないこともあり、見栄えのために卒業生は半強制的に出席させられるが、在籍生の出席は任意である。故に、卒業生と職員以外の出席者の大半は、卒業する生徒と親交のあった人物だ。

 それが多いということは、卒業生の人望の厚さを意味する。

 まあつまり、ユウケイにはそれなりに人望があったということだ。

 今日くらいはそんな風に自惚れてもいいだろうと、ユウケイは生徒や教師から多くの祝辞を受け取りながら、考えていた。

 実際には、卒業後に魔術研究院に行くことを知らない生徒が、最後の機会だと思ってお礼参りに来たり、普段通りに雑用を押しつけに来たりもしていたのだが、それを差し引いてもユウケイの元には多くの人々が訪れた。学舎内だけでなく、とうの昔に卒業した友人たちも、遠路遥々やって来てくれた。

 卒業式が終わってもひっきりなしに人が来て、そのうち、人が集まると商売や取材を始める者共も湧いて来た。

 今や、会場の外は二次会めいた騒ぎとなっている。

 花束を六個もらって、どうするかと頭を悩ませる。そういうことがあったくらいには馬鹿騒ぎで、幸せな門出だった。

 その騒ぎに終止符を打ったのは、「能天気だなぁ」と馬鹿にするように笑いながら現れた、黒白の人物。付き従うように歩く二人。

「ユウケイ、おめでー! お祝い来たよ!」

「ヒヒッ。シーンつッて。やっぱ来るもんじゃねッな、こんなとこ」

 露悪的な態度を取るが、割と三人とも気を遣う性質だ。いつもは人の多いところには出て来ない。少し驚いたが、笑って迎え入れる。

「どうも、ありがとうございます! 花配ってるんですけど、いります?」

「いらねぇ」

「もらうー。花つけたオレかっこよくない? どう?」

「うッせ。お前ごと枯らすぞ」

 集まり続けていた人が少しずつ減っていく。残るのは悪性研究會を恐れない人や、慣れている人だ。何となく空気が悪くなる。

「テメェら、よくのこのこ俺の前に出て来られたな」

「司書長! 何か怪我したって聞いたけど、元気そうじゃん。良かったね」

「テメェ……」

 ヘルメスの書斎への侵入の件は、シャラクが完全に証拠を隠滅したことと、学舎から圧力があったとかで、結果的にお咎めなしとなった。そのせいで、かえって司書長は鬱憤を溜め込んでいるようだ。

 しかし、自分が元凶なので仲裁もしにくい。

 苦笑いしていると、腕章をつけたチルエルが割って入った。

「はい、そこまでです。祝いの席ですし、僕の前で喧嘩しないでください。今日は水芸同好会じゃなくて、司令部部長として出てるので、見逃したくても見逃してあげられませんから」

 チルエルは、すぐにでも喧嘩を始めかねない司書長と悪性研究會の二人を引き離す。実に頼りになる後輩である。前途有望。

 その隙にユウケイは、さっと話を済ませてしまおうとシャラクに向き直る。しかし、当のシャラクの顔はあらぬ方向に向いていた。

「シャラクさん? どこ見て……」

 その視線を追いかけた先には、人が立っていた。

 普通。平凡。長く話していても、少ししたら忘れてしまいそうな、無個性な顔。

 しかし、奇妙な存在感がある。

「こんにちは、ユウケイ君」

 自然と襟を正してしまう声。

「こんにちは、ヘルメス学長」

 かつてこの地に住んでいた魔法使いの名を連綿と受け継ぐ、魔術研究院附属第一学舎学長、魔術師ヘルメス。

「卒業おめでとう。そして、生徒代表の役、ご苦労さまでした」

「恐縮です」

「君のおかげで、学舎は今日まで存続することが出来ました。心から感謝します」

 入学式の時、この人に白羽の矢を立てられた時から受難の日々は始まった。それ自体に不満は最早ないが、感謝の言葉を素直に受け取るのは複雑だ。

「こちらこそ、ヘルメス学長に分不相応の大任を授かったおかげで、起伏に富んだ学生生活を送ることが出来ました。ありがとうございます」

 意訳すると「無茶振りしやがってこの野郎」だが、学長は印象に残らない笑みを浮かべて流す。

「これからも、よろしく」

 それは、何のことを言っているのか。

「……尽力いたします」

 頭を下げると、学長は学舎の方へと歩いていく。ふと気づくと、その背は見えなくなっていた。

「食えねぇ爺だ」

「……ですね」

 あの人には色々と、聞きたいことがある。だが、今日はその時ではない。

 あらためてシャラクに向き直る。

「それで、何です?」

「何ってこたねぇだろう、親友?」

「親友だからこそ、単に祝いになんて来ねえだろうなと……えっ今親友って言いました? やったー!」

「うるせぇ。今日だけだ」

 鼻をつままれて黙らされる。文句を言おうとしたが、シャラクの口が耳元に寄った。

 了解、とユウケイがうなずくと、シャラクはさっさと踵を返す。それを慌てて追いかけながら、悪性研究會の二人が手を振って来る。それに手を振り返しながら、チルエルに声をかけて、少しの間、この場を抜ける旨を伝えた。

「分かりました。二次会の案内は僕がやっておきます。最後に挨拶だけお願いしても?」

「もちろん」

 その場に残っている人々を見渡す。

「皆さん、ありがとうございました! これからも御指導御鞭撻の程、よろしくお願いいたします! 少し用事が出来たので、俺は一旦失礼します! このあと時間のある方は、二次会でお会いしましょう」

 温い雰囲気で皆に見送られる。ユウケイは深々と頭を下げてから駆け出し、ちょうど停留所にやって来ていた運搬機に、慌ただしく乗り込んだ。


 ついさっきまで卒業式をしていたとは思えないくらいに、食堂はいつも通りだ。昼時からは外れているため人は多くない。

 見渡すまでもなく、一見して、目当ての人物はいないと分かった。シャラクが嘘をついたとも考えられないから、伝言を頼んだくせに、その後移動したのだろう。

 呆れながらも周囲にいた人に話を聞いて、学庭側の扉から出て行ったという目撃情報をつかむ。食堂を出て行って辺りを探すと、木陰の長椅子に腰かける背中を見つけた。

「トウカさん」

 振り向いて立ち上がったトウカの、少し機嫌悪そうな顔に、木漏れ日がうつる。

「遅い。浮かれおって」

「食堂で待ってるって言ったくせに、食堂にいない人のせいです」

「違うわ。お前が遅いせいで、面倒な奴に見つかったから……」

 うんざりとした顔をしているが、お、とユウケイは笑った。

「友達ですか」

「言うとらんわ。単なる顔見知りじゃ」

 トウカが入学してから、面倒を見るのは悪性研究會に任せていた。

 研究についての話をするために、定期的に会うようにはしていたが、学業以外、日常生活についてはあまり聞けていない。

 基本的に少人数講義を受けているので、出会う人の数も少なく、中々仲良く出来る相手を見つけるのが大変ではないかと、心配していたのだが、この調子なら無用な心配だったようだ。

「顔見知りでも何でも、トウカさんが馴染めてるみたいで良かったですよ。研究ばかりじゃ息が詰まりますし」

「……」

 トウカは罰が悪そうに目を逸らした。

「呑気な奴じゃのう……」

 五つの街が火の海となるまで、もう三年を切っている。場所の特定などは進んでいるが、肝心の未来を変える方法については、まだ何も分かっていない。

 メルの行方も、あれからシャラクの手も借りて捜索しているが、全く消息がつかめていない。

 以前ほどではないにしろ、トウカは今も刻々と近づく未来に、神経をすり減らしている。

「研究は、不眠不休でやれば成果が出るってものではないですよ。焦らない焦らない」

「言われなくても、分かっておる」

 そうは言うが、顔色は晴れない。

「大丈夫。俺もシャラクさんもいるし、ここには他にもたくさん、トウカさんに協力してくれる人がいます。……まあ最悪どうにもならなかったとしても、皆のせいになりますから。背負い込まない」

「ろくでなしめ」

 トウカは少し笑って、すぐ、気まずそうに顔をしかめた。

「そ……それはともかく。あの、あれ。用があって……」

 シャラクに聞いた伝言でも、用事の内容までは知らされていなかった。トウカの言葉を待つが、中々言おうとしない。

 卒業祝いなら嬉しいが、てらいなく期待出来る程の自信はなかった。触れることすら恐ろしい負い目がある。

 しばらく無言でにらまれた。シャラクと付き合いがあるせいかだんだんと迫力を増している気がするが、ユウケイの方でも慣れている。何となくその目を見返して。

「トウカさんの目、綺麗ですよね」

「あぁ?」

「柄悪っ。悪い影響受けてません? いや、言われたくないことだったら、俺が悪かったですけど……」

 様子を見て、嫌がってはいないだろうと判断し続ける。

「気持ちが、分かるなと思って」

 トウカを入学させるに当たって、トウカの目をどうするかについては少し悩んだ。

 目を覆い隠してしまうのが簡単な方法ではあったが、結局少人数授業を受けることや、薬の使用などで抑えている。完全に抑え込める訳ではなく、また薬の副作用もあるため苦しむこともある。ユウケイとしては苦しまなくて済む方法をと思うのだが、トウカ自身が頑として受け付けなかった。

 しかし、あらためてその目を見ると、大勢が忌まわしく思って、本人もそれに苦しんでいるとしても、この美しさが遮られてしまうのは惜しいとも思ってしまう。

 月に花にトウカを重ねたメルが感じていたのも、たぶん今のユウケイと、同じ気持ちだったのだろう。

「……そうじゃろう。儂もこの目が、嫌いではないのじゃ」

 誇らしげな笑みを浮かべて、トウカはひょいと長椅子を飛び超えた。

「だから、頑張るから……これからもよろしく!」

「うおっ」

 頭に軽い何かがぶつけられて、首をすくめる。文句を言おうと口を開くが、目の前にある光景に言葉は吸い込まれて消えた。

 風に乗って舞う花冠。日差しを反射する水飛沫。

 トウカが朗らかに笑っている。

「――何度見ても、笑える阿呆面じゃのう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様の未来法則 早瀬史田 @gya_suke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ