成れの果て

 また学舎の隠蔽かとも思い始めていたが、メルが答えた。しかし、意味が分からない。

「じゃあ、どこにあるんです? 中じゃないなら、外?」

「うぅん……。何と言うのかな。あれは主が創ったものではなくて、他の世界が創ったのを間借りさせてもらっているだけだから、私は説明する言葉を持たないんだよねぇ。だから余計に、君たちにも見つからないんだと思うけれど。頑張って人間語で言うなら、影かなぁ」

 メルは貝になった。色々と引っかかるところがあったが、ユウケイが聞き返したのは。

「……他の、世界。あるんですか」

「あるだろう? ないのかな。ないのかも知れないね」

「今、他の世界が、と言ったでしょうが」

「他の世界製という触れ込みで使っているだけで、私はそれを見たことがないから。私にはどうとも。大体、他の世界を認識しているのなら、それはこの世界の内ということにならないかい?」

「……えぇ、はい」

「でも、つまり、あるということだね。私はそれを見たことがないことがあるから。見たことがない、と言えるということは、見たことがある、という状態があるということだ。そうだろう?」

 矛盾した事象が両立し、同語反復が偽となり、非存在が存在する世界だ。多少理解出来ないくらいはいつも通り。それくらい受け止められなければ、魔術の研究者など出来ない。

 だから、ユウケイは。

 奥本悠がいた世界は、果たしてどこにあるのだろうと思いながら。

「……そうですね。そして、それこそが、その世界の在り方なんでしょう?」

 探求し続けるしかない。

「よく分かったね」

「影に表象されるのは、よくあることですから。まあ、これも言葉で説明されている以上、違うものなんでしょうけど」

 バベルの塔が崩壊するのは、いつのことになるやら。

 シャラクがため息をつく。

「もういいか。あらかた、俺が知ったことは話した」

「あ、ありがとうございます。助かりました」

 今は自分ごとより、メルの引き止めだ。行動原理は分かった。

「メルさん。真の悪を見つけるのなら、方方を探し回るより、魔術学舎にいた方がいいです。魔術に関する知識の集積地なんですから、真の悪どころか、その新たな生成方法も見つけられる可能性がある」

「そうかもねぇ。君たちなら出来るような気がするよ」

「移動が本懐だと言うのなら、それを禁止することもありませんよ。居場所さえ分かっていればいいので。居場所が把握出来るように、準備だけさせてください」

「ほう。そんなことも出来るんだ」

 何となく、手応えが悪い。言葉が素通りしていっている。全く買う気のない相手に売り込みをしているようだ。

「あと気になっていたんですが、仮に真の悪が見つかったとしても、消費してしまったら、そこで終わりでは?」

「あぁ、そうだね」

「それでは根本的な状況解決にならない。だから、俺たちと協力体制を作っておくのはどうですか。あとからでは間に合わなったり、どちらかの都合が悪くなるかも知れませんから、何の障害もない、今のうちに」

「都合は、既に悪いんじゃないかな」

 メルはふわりと浮いた。

「私は悪の世界に生じた魔物だからね。誰にとっても、良くはない生命だ。主に比べれば不完全だから、上手くいかない時もあるけれど」

 次の言葉を探すが、見つける前に、メルは宣言する。

「そろそろ私は行くよ。あんまり長引くと、お別れが辛くなってしまうから」

「待ってください、メルさん。他にも……」

「あいにくと、私は自由が好きでね」

 山羊は魚になり、箱になり、人になり、霧散する。捕まえられる者は、この場にはいない。

「今は、帰る場所もいらない気分なんだ」

 あ、と言葉にならない声がする。振り返ると、トウカが途方に暮れている。

 状況を受け止めきれない間にも、時間は進む。

「トウカ。トウカといた時間は、私が私でいられなくなるくらい、輝かしいものだった。君はきっと、大丈夫だから」

「メル」

「いい子でいるんだよ。……ごめんね」

 その言葉を最後に、メルの声は途絶えた。

「メル」

 誰も応えることはない。

 呆然と見開かれた目から、大粒の涙が頬を伝う。

 じきにトウカは、親を失った子供のように、大声を上げて泣き出した。

 少しの間その声を、たたじっと聞いていた。

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