サヨナラセカイ

白河マナ

サヨナラセカイ

 誰かが地球を蹴飛ばした。

 ぽーんと飛んでいった地球は、何度かどこかにバウンドして止まった。でもそのせいで地球は太陽系の惑星軌道から外れ、宇宙を漂いはじめた。

 最初の衝撃で地球はひどく損傷した。高いところからコップに水を注いだように、ざぷんざぷんと海面は波打ち、ワイングラスを回すように、とぷんとぷんと海面は隆起と沈降を交互に繰り返した。

 多くの都市が水没してはまた陸地になるという悲劇に見舞われ、サハラ砂漠が潤い、カスピ海が干からび、巨大なクジラがヒマラヤで凍りついた。

 奇跡的にそれを回避した地域がある、僕の住む日本だ。

 たまたま転がった向きが良かったのか、バウンドした時の位置が良かったのか、とにかく僕たちは助かった。とはいえ、事態は深刻だった。

 太陽はどんどん小さくなり、月は見えなくなり、日出から日没までの時間が5時間に短縮され、地球全体で急激な気候変動が発生した。日本は平均気温がマイナス50度というとんでもない状況になった。

 これが本当の宇宙船地球号だとテレビ番組で得意げに言ったアナウンサーは生放送中に凍結し、お茶の間は凍りつき、まもなくテレビも映らなくなった。それが放送スタジオの問題なのか電波障害なのか基地局の事故なのかは全くわからなかった。とにかく終わってしまった。

 僕はタンスからできるだけ暖かそうな服や靴下を出して何重にも着こみ、押し入れにあった布団――夏用のタオルケットも冬用の毛布も掛け布団も敷布団も全部引っ張り出して、ミノムシのように自分を包み隠した。

 圏外。僕はスマホでニュースサイトを見ようとしたができなかった。まったくスマートじゃない。で使えなくなるなんて。

 スマホもテレビも使えない。あらゆる情報を遮断された僕は、布団ダンゴのまま一階に降りて家族の様子を確認しに向かう。おそらく全員冷蔵庫の中だと思った。うちには料理好きの父親のこだわりで業務用の冷蔵庫がある。普段は邪魔で仕方がなかったがまさかシェルターの代わりとして役に立つとは。案の定、全員そこにいた。

「一体、どうなっちゃったの」

 姉が震える声で言う。

 僕は去年の冬に使って残っていた使い捨てカイロのことを思い出し、のそのそと室内を移動し、見つかった5つのカイロのうち4つを家族に手渡した。僕はまだ寒さに耐えることができたのでカイロを開けずにポケットにねじ込んだ。それから何日か、僕たちは冷蔵庫の中にあった食べ物を少しずつ食べて飢えをしのいだ。マイナス50度ともなると冷凍食品も温かく感じられた。

 一体何日、極寒の中を過ごしただろうか。

 僕たち家族はきっと長く生き延びた日本人だ、そう父親が言い、母親と姉は体を寄せながら頷いた。食料は底をつきかけていた。


 誰かが地球を蹴飛ばした。

 ぽーんと飛んでった地球は、何度か地面にバウンドして止まった。しかしその誰かはただ地球を蹴飛ばした訳ではなかった。

 バックスピン。

 地球はもう一度、今度は逆方向に回転しながら転がり、元に位置に戻って今度はピタリと完全に停止した。再び地球は大変な災害に見舞われたが、それでも日本の被害は他国に比べて極小だった。

 こうして地球規模の大災害は終焉し、いがみ合っていた各国は今だけかもしれないが手を取り合って復興に向けて歩み出した。

 これは神の裁きだと、増えすぎた人類の淘汰なのかもしれませんと、新しいテレビ番組の新しいアナウンサーが得意げに言った。そのアナウンサーは翌日も得意げに、宇宙船地球号は尊い犠牲を払いながらも無事帰還しました、と言っていた。僕はテレビを消し、電源コードを引き抜いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サヨナラセカイ 白河マナ @n_tana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ